6-EX トウゴとヒトロ

 レナとエレノラが飛び立った後の朝。

 トウゴとヒトロは家の残骸から顔を出した。二人の着ていた衣服は汚れ、所々破れている。

 二人は立ち上がり、周囲を見渡して、自分の置かれた状況を理解した。住んでいた家が無くなったこと。これからは二人で生きて行かなければならない事。主人がいなくなったこと。

 もう、自分たちを縛るものはなにもないこと。


 とりあえず、食事にすることにした。が、これまでの貯蔵はどれも埋まっていて使えそうにない。釣りをしようにも、釣り竿も見当たらなかった。

 とりあえず、草を取ることにした。幸い、食べられる草の知識はもらっていた。

 火を起こすこともできないので、取ってきたものをそのまま食べるか、せいぜい水にしばらくつけてから食べた。

 二人は、しばらくそれで過ごした。しかし、このままだと衰弱してしまうのは目に見えている。

 彼らは家の残骸を掘り起こすことに決めた。


 毎日、朝と夕。食事をとった後、少しずつ家を掘った。

 家が木造であったのは彼らにとって幸いであった。木板はよく折れており、それも彼らの発掘の助けとなった。

 まず出てきたのは主人だった。

 もはやピクリとも動かなくなったその体を、彼らは捨てた。

 感傷など感じる心を彼らは与えられておらず、明らかにそれは食べられそうになかった。

 次に出てきたのは、淡く輝く石だった。記憶が魔力と共に封じられたその石を、彼らは捨てた。彼らにはその中身を知ることも、ましてそれを取り込むこともできなかった。

 次に出てきたのは、ローブ二着と折れた釣り竿だった。ローブは役に立ちそうだが、釣り竿は使えそうになかった。

 トウゴは捨てようとしたが、ヒトロは止めた。釣り竿としては使えずとも、魚を取るには使えるかもしれない。

 残念ながら、折れた釣り竿では魚は取れなかった。しかし、ローブを使って取ることはできた。これで、彼らの命は少し伸びた。

 次に出てきたのは、破れた布団だった。破れてはいるが、何もないよりはましだった。

 オアシスとはいえ夜は良く冷え、確実に彼らの体力を奪ってしまっていたのだ。これで、彼らの命は少し伸びた。

 次に出てきたのは、木箱だった。これこそが、彼らの求めていたものだった。

 木箱を開けると、貯蔵していた食料と、調味料が出てきた。これでまた、彼らの命は伸びた。


 *****


 このままではいつかは全てが無くなって死ぬ。それは二人とも分かっていた。

 しかし、砂漠を越える知恵も力も与えられていない二人には、どうすることもできなかった。


 *****


 まず、布団が無くなった。風で吹き飛ばされてしまったのだ。代わりに木板を敷き、ローブを着込んで身を寄せ合って眠った。少しはマシだったが、それでもやはり、夜は冷えた。

 次に無くなったのは、食料、特に調味料だった。彼らは、特別なことはしなかった。できることがあったとしても、彼らにはそれを知るすべは無かった。

 やがてトウゴが倒れた。より良いモノをヒトロに渡していた分、より早く体が弱ってしまったのだ。

 ヒトロは、トウゴを見捨てることはしなかった。一人で二人分の食料を取り、トウゴと同じことをした。


 そして、やがてヒトロも倒れた。


 *****


 倒れた二人の元に残ったのは、客の残したローブ二着と、淡く輝く石だけであった。

 日光が干からびた彼らの肌を刺し、砂塵が濁り始めた彼らの目を埋めようとする。

 このまま死ぬのだと、霞がかる思考の中で、二人は思った。恐れは無かった。そのような心は与えられていなかった。

 ただ、生きたいと思った。それだけは、与えられていた。


 そんな時である。彼らの顔に影が落ちた。

 初めは、何かが飛んできたのだと思った。しかし、顔に何かが当たっている感覚は無かった。だから、瞼を開くことすらできなくなったのだと、あるいはもはや視覚すら失われたのだと、彼らは思った。

 しかし、彼らの感覚は正常であり、また、彼らの予想は当たっていた。実際、それは飛んできたのだ。

 「もしもーし、生きていますかぁ?」

 まず声が聞こえてきた。しかし、反応することはできなかった。それほどまでに力は失われていた。せいぜい、瞼を動かそうとするくらいしかできなかった。

 次に、顔に冷たいものを当てられたように感じた。水をかけられたようだった。それで、ようやく光が色を取り戻した。顔に影を落としていたのは、長い銀髪の女性だった。手には水筒を持ち、背中からは翼が生えていた。

 ヒトロが、この砂漠の砂のように乾いた喉を震わせた。

 「てん、し、さ、ま。」

 久しぶりに出したその声は皺枯れ、たった四音を出すのに喉は切れ、唇からは血が見えた。

 目の前の女性はしゃがみこんで翼を消し、彼らに向かって手を伸ばした。

 「私は天使なんかじゃないよ?でも、選ばせてあげる。あなた達は、生きたい?それとも、死にたい?」

 トウゴはもう話すことはできそうにない。ヒトロは、身体に残るすべての力と、さっきもらった水分をすべてを一言に乗せるつもりで言った。

 「ふ、た、り……い、き、たい。」

 それでヒトロも動けなくなった。代わりに銀髪の手が輝き出した。そして、声が聞こえた。

 優しい響きで、しかし誰もが従いたくなるような、芯の通った声だった。

 「生を選び取った者達に告げる。生きなさい。それこそが貴方の選択であり、その責任もすべて貴方のもの。生を、命を、受け入れなさい。」

 その声が聞こえなくなったところで、ヒトロとトウゴは安らかな寝息を立て始めた。その様子を見て、銀髪は手を下げた。

 「これで大丈夫そうね。さて、次は。」

 銀髪は残骸の方を見る。そして、魔法を唱えた。


 *****


 三日後、ヒトロとトウゴは目を覚ました。二人並んで、以前と同じベッドの中に寝かされていたようだ。

 「ここは……?」

 「あ、起きたんだね。良かった良かった。」

 声をかけてきたのは、二人を助けた、長い銀髪を蓄えた女性だった。銀髪はベッドの隣の椅子に座り、果物の皮を剥いていた。

 優雅なその手つきは、長い時間を生きたことを感じさせるが、その容姿はそれを感じさせない。そのことが彼女をこの世と隔絶された人であると思わせる。

 銀髪は果物をふたりに手渡す。

 「はい、これ。美味しいよ?」

 二人は素直に果物を受け入れた。果汁を多く含んでおり、よく二人の喉を潤した。手元の果物はすぐに種だけとなった。


 ヒトロとトウゴがそれぞれの足で立つことができるようになった日、銀髪は部屋で二人に別れの挨拶をした。

 「もう、大丈夫みたい。それじゃあ、私は行くから。」

  と、ヒトロが銀髪の手をとって引き留めた。トウゴが銀髪に話す。

 「連れて行ってください。」

 銀髪は頭をかく。

 「困ったなぁ。そこまで面倒は見切れないんだけど。」

 ヒトロは部屋を飛び出して、しばらくして部屋に戻って来た。両手に光る石をたくさん抱えて。

 「これを差し上げます。私達、何でも致します。どうか、お供を。」

 必死だった。ここで置いていかれれば、またいつか死を迎えることになる。与えられた恐怖だけではなく、一つの事実として、二人はそう思っていた。

 銀髪は石を一つ手に取って眺める。

 「ふぅん。貴方、これが何か知っているの?」

 ヒトロは首を振った。

 銀髪は石をヒトロの手に戻し、二人の両肩に手を乗せた。瞬間、二人は肌の内側を撫でられたような気分がして、体を震わせた。特にヒトロは、抱えていた石を落としてしまうほどの反応だった。その様子を見て、銀髪は深くうなづいた。

 「分かった。石を貰う代わりに二人を連れて行きましょう。でも。」

 銀髪は落ちた石から二つを選び取り、ヒトロとトウゴに1つずつ渡した。

 「これは、あなた達が持っていなさい。とても大切なものだから、絶対に無くしてはいけないよ。」

 二人は、石を受け取って、大事に持った。

 「あの、トウゴとお呼びください。」

 「私はヒトロと。何なりとお申し付けください。」

 二人の名乗りを受けて、銀髪も返す。

 「私は『高潔』なんて呼ばれることもあるけれど、アイルスって呼んで。その方がお気に入りだから。それじゃあ、これからよろしく。」

 その言葉で、二人は『高潔』に対して傅いた。儀礼的なものではなく、心から、そうせねばならぬと、そうしたいと思ったからだ。


 彼らの旅は、また、別のお話。

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