6-5 過去 ―記憶―

 「その通り、名探偵。」


 突然後ろから声が聞こえてきた。振り返ると、エメインがそこにいた。本を落とし、いつでも召喚サモンできるよう胸に手を入れる。

 「『名探偵』だなんて、こんな所でも物語本は読めるのね。」

 「おおっと、止めるんだ、エレノラ。いや、シャーリー・ドロップス。」

 本名を呼ばれ、召喚サモンしようとしていた手が止まる。

 「どうして名前を?」

 「簡単な話だろう?ここで君の名前を知っているのは、自分自身と、ただもう一人。」

 エメインの後ろから姿を現したレナを見て、力が抜ける。いや、本当に力が入らなくなってきた。召喚士レナに魔力を止められているんだ。

 「なん、で?レナ。」

 そう言うと、エメインが鼻で笑って床に落ちた本を見る。

 「君はそれを読んだのだろう?ならば、もう分かっているはずだ。」

 言葉が出ない。喉が張り付いてしまっているかのようだ。私が何も話さないのを見て、エメインが続ける。

 「そうとも。私がレナを召喚し、そして君の元へと送ってやったのだ。コレはキミのマスターらしいが、私こそ、コレのマスターだ。私の命令なら何でもする。私が命じれば、媚も売るし命も奪う。」

 そうか、この感覚、この屋敷に来てから感じていた『疲れ』と同じだ。

 でも疲れなんかじゃなかった。レナに魔力を止められていたんだ。

 「何で、記憶を奪ったの?」

 ようやく、息が言葉になって出てきた。

 「正確には、奪ったのは魔力だ。」

 エメインは棚に飾られていた魔石を一目見る。そして続ける。

 「魔女というものは、大別すれば三つに分けられる。すなわち、富を求める者と、名誉を求める者、そして、生命を求める者だ。あるいは魂と言ってもいい。そして、これらを司るものこそ、魔力だ。魔力の総てを知り、死を超越することこそが、私の目的である。」

 「そのために、どうして記憶を奪う必要があるの。」

 エメインは鼻で笑ってきた。

 「どうしてもそこに拘るんだな。まあいい。記憶を奪ったのには二つの目的がある。一つは、魔力の加工許容性を調べるためだ。もう一つは、言うなれば躾だ。実験人形に手を噛まれるのは御免だからな。彼らには従順になるよう細工を施してある。その時に、記憶があると邪魔になるから、消しているんだよ。君だって、絵を書く時には白紙の紙に書くだろう?そうして綺麗にかけたら、こうなるんだよ、シャーリー。」

 レナが私に向かって手を伸ばす。さらに体が重くなる。どうやら止められただけでなく、魔力が奪われてきているようだ。

 「レ、ナ。」

 レナは、エメインの記憶を見た時と同じ目をしていた。ただ体液があふれ出るのをそのままにしたような、うつろな目だ。涙が出ても、トウゴやヒトロと同じ、無機質な目だ。

 「エレノラ。ずっと、ずっと、一緒ですよ。」

 無感情な声が聞こえてくる。いつものレナの声とはまるで違う、まるで、そう。

 「人形。」

 と、突然エメインがレナに裏拳を当てた。レナは勢いのまま吹き飛ぶ。

 「床を汚すなと言っているだろうが!」

 「はい、申し訳ありません。」

 それで、レナの目から体液が出るのは止まった。しかし、エメインはまたレナを殴りつける。

 「人形の分際で、人の言葉を話すんじゃない!全く、要らぬ魔術など受けおって。」

 倒れているレナにエメインは手を当て、詠唱を始めた。

 「人形は何も語らず。何も考えず。ただ、与えられるものを受け入れるのみ。」

 「あ、あ、ああ、ああああ!」

 魔法を受けている間、レナはひたすらに声を上げ、やがて少しも動かずにただ息をするだけになった。すると、エメインが突然に笑い出した。

 「それにしてもコレと接するキミは実に滑稽だったよ。媚びられればそのまま受け入れ、大事にされていると勘違いして。ハッ。すべて私が命じたことだというのに。楽しかったかい?自分を必要とされるのは。」

 何も言い返せない。

 なぜ屋敷に何日も留まるよう言い出したのか。なぜ不快な感情の記憶がありながらこの男に出会うことを望んでいたのか。なぜ急にこの場所を思い出したのか。なぜ出会って間もない私と一緒にいることを病的なまでに望んでいたのか。

 うかつなんてものじゃない。考えれば、おかしなところなんていくつもあったじゃないか。なんて間の抜けた、いや、今はそれどころじゃない。

 代わりに歯を食いしばって最後の力を振り絞り、腰のナイフを抜く。

 エメインに突き立ててやろうとすると、即座にレナが飛び出してきてエメインの盾となった。うつろな目で、こちらを見てくる。

 その目を見て、ついにナイフさえも落としてしまった。

 エメインはそれでまた笑い出した。

 「ほら、私が命じればこうだ。君がコレのことをどう思っているのかは知らないが、その想いは永遠に届くことはない。……しかし案ずることはない。君もすぐ同じようにしてやるよ。召喚サモンの時は魔力体になるわけだから、実質的に召喚術と同じことができる。それを立証するために、君を使ってやる。おい、〇七。」

 レナは声をかけられると私に向かって手を向けた。力が抜ける速度が上がっていく。もう、身体を起こす力もない。

 「そういえば君には妹がいたんだってな、シャーリー。コレと似ていたか?もう会えない妹の代わりには十分だったろう?そのために、コレの召喚獣サモニーなどになったのだろう?」

 違う。私が、コレの召喚獣サモニーになったのは、そんなことのためじゃない。

 別の理由があったんだ。

 そう、もっと別の。


 そこで、私の意識は途切れた。


*****


 次に目が覚めた時、私の目の前にあったのは崩れた木の壁。下敷きになっているエメイン。そして、それらを踏む細い足だった。

 いつかの記憶が頭の中に鳴り響いて、また頭が痛くなる。でもそれ以上に、憎たらしい奴が目の前で倒れているのが少し気分をよくさせる。

 周囲の魔力を読むと、エメインのものがない。どうやら死んでいるようだ。

 と、私は全身の毛が逆立つのを感じた。

 この魔力、忘れもしない。

 「『最強』……!」

 同時に、私はすべてを取り戻した。

 十年前の隙間を埋める記憶。

 『最強』を追うと決めた時の感情。

 そして、レナを召喚士サモナーにした理由。

 死ぬためなんてとんでもない。すべては、こいつを殺すために。

 私は顔をあげた。『最強』の顔を睨みつけるために。

 しかし、そこにあったのは予想もしない、知った顔だった。腕についていたブレスレットに魔力を込めると、その少女の胸元に揺れるペンダントが赤く輝き出した。

 「やっぱり、メイド長さんだ。」

 「どうして、貴方が。サイカ。」

 目の前に立っていたのはソコングロで出逢った、『最後のラストスタンド妖精フェアリー』、サイカだった。しかし、その魔力は何度読んでも『最強』のそれだった。

 「ちょーっとこの辺を飛んでたら、ペンダントが光り出したから、ここに居るんじゃないかって思ってね。」

 サイカは足元に転がる魔石を拾いながらそう言った。そして私のことを見たところで、私の質問の意図を読み取ったようだ。

 「そっか。そういえば魔力を隠し忘れてたっけ。」

 サイカは魔石をのぞき込みながら、何てこともないことを言うようにつづけた。

 「そう。本当は私は『最強』なの。ただ、あそこで『最強』の名前でいると目立っちゃうから、ちょっと隠してたんだ。」

 もう一度魔力を読むと、『最後のラストスタンド妖精フェアリー』になってすぐに『最強』に戻る。魔法で二つ名ウィッチネームを偽装していたんだ。

 今にも掴みかかりそうになっている両手をきつく握りしめて堪える。

 「十年間。貴方を探し続けたわ。ようやく、会えた。」

 「十年?」

 サイカは魔石から目を離して考えるそぶりを見せる。

 「ああ、そっか。メイド長さんはあの時に生き残った人だったんだ。それじゃ、物語を終わらせてあげないとね。……でも、今日はダメ。」

 と、後ろからレナのうめき声が聞こえてきた。

 「私のこと気にするよりも、レミの事気にしてあげた方がいいんじゃない?」

 「そんなこと!」

 言葉を『最強』に止められる。

 「メイド長さんは、レミのメイド長なんでしょ?」

 確かに、魔力源を無くしては、今の私では『最強』には勝てない。

 レナの体に触れると、どうやら魔力酔いを起こしているようだ。こんな時に限って役にたたないなんて。

 前にやったように、レナの体を私の魔力で覆う。

 レナの手当てをしているところを見て、サイカは魔石を持ちながら頷いて、指を一本立ててきた。

 「一か月。月が一回りした後に、べスボグ平野にやって来て。場所は分かるよね?」

 私は何も返さない。ただ、レナに手を当てながらサイカをにらみ続ける。

 「それと、これ、何かわかる?」

 サイカが手に持っていた魔石を見せてくる。と、唐突に女の子が映りだした。

 鏡越しに楽しそうに笑っている、よく見た顔の女の子。今、手の下で呻いているものと同じ顔をしている。

 「これって……。」

 「そう。レミの記憶。これも、預かっておくから。ちゃんと来てね。」

 そこまで言ったところでサイカは飛び上がった。

 「待ちなさい!」

 「またね・・・。」

 どこかで聞いた響きの言葉を残して去って行くサイカに向かって手を伸ばす。レナから離れられないのが本当に口惜しい。

 そのまま、サイカはどんどん小さくなって、ついには見えなくなった。


 伸ばしていた手のブレスレットに目が行く。一緒に、ソコングロでのことを思い出す。『最強』と一緒に居て楽しそうにしていた自分が本当に憎らしい。

 どれだけ私は間抜けだったか。憎むべき相手と、自分で考えることのない人形に挟まれて楽しそうにしていた自分がいかに滑稽だったか。

 私はブレスレットに手をかけ、そのまま引きちぎった。こんなもの、いつまでも付けているべきじゃない。

 と、レナが声を出した。

 「エレノラ。ごめんなさい。」

 私はその声に何も返さず、魔力を流すのを止めた。意識が戻ったのならもう大丈夫だろう。

 「サイカの、最後の、言葉。私と、同じ、でした。」

 レナはまたたどたどしい言葉で続ける。そういえば、前にクルルに話していたのと似ていた。

 でも、そんなことはどうでもいい。私は自分の杖を取り出す。こんな所にはいつまでも居たくはない。

 「さあ、行くわよ。」

 「でも、まだ、飛べません。」

 レナは立ち上がろうとして、まだふらついている様子だった。仕方がない。

 「私の後ろに乗りなさい。どうせ、そんなには飛ばないわ。」

 「あ、待って、下さい。」

 レナはふらりと地面にへたり込んだ。

 「早くして。こんなところ、もう一瞬も居たくない。」

 箒の先をレナに向ける。レナは箒にしがみついて、ようやく座り込んだ。

 「すみま、せん。お待たせ、しました。」

 そうして私たちは飛び上がった。動き月ラクシャルーンは完全に灯りを失い、留まり月ヤシャルーンだけが輝く空の下を。


 *****


 レナは駒だ。『最強』の牙城を突き崩すための。でも、まだ足りない。もう一つ、別の駒が必要だ。

 この一月で、その駒を用意しよう。

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