6-4 過去 ―研究―

 レナの頼みでもう一日となったエメインの屋敷だけど、今日は特に何もしなかった。

 それでも、食事を終えた後、また私は妙な倦怠感に襲われた。

 何か盛られているのかもしれないとも思うが、今日は大皿の料理だったし、ひそかに自分のものと食器を変えていた。それなのに私だけがこんな風に疲れている感じがするのだから、やっぱり単純に疲労が溜まっているのだろう。

 「ごめんなさい。今日も先に休ませてもらうわ。」

 食後の水を飲み干そうとしてグラスを掴んだが、手を滑らせてしまった。

 「あ、ごめんなさい。」

 「どうぞお気になさらずに。」

 ヒトロがすぐさま後始末をしに来てくれた。

 「じゃあ、ごめんなさい。先に戻ってるわ。」

 「あ、少しお待ちを。」

 「大丈夫よ。もう部屋も覚えたし。」

 ヒトロが止めようとするのを気にせずに私は階段を上った。


 *****


 階段を上がると、ドアが六つ。

 私たちが寝室に使ってるのは、右手側の一番手前。だけど、その正反対の左奥のドアから灯りが漏れているのが見えた。

 寝室が近いと体が分かったからか少し元気が出てきて、このまま戻るとまた暇な時間を過ごすことになると思うと、今度は好奇心がわいてきた。


 私は手前のドアを通り過ぎ、虫が灯りに誘われるように、左奥のドアを開いた。

 そこは、どうやら書斎のようだった。本棚と机、それに魔法陣のスケッチが壁の色んな所に貼ってあった。棚には、魔石のような、独特の光を放つ石がいくつも置かれてある。机の上にはさっきまで何かを書いていたような跡があった。多分、エメインが夕食の前に何かを書いていて、そのまま明かりも消さずに下に降りたのだろう。

 とりあえず机の書き物を見るが、案の定暗号文で書かれていて、何を書いているのかわからない。

 どうもすぐには解読できそうになかったので、諦めて本棚の方を見る。大体のものはやはり背表紙から暗号文で書かれているようで、ほとんど分からない。

 しかし、その中のものでもいくつか分かるものがあったので、その中の一つを取って読んでみることにした。どうやら研究日誌のようだ。


 『今日もまた失敗した。召喚術の各プロセスに問題はないようだが、どうしても魔力が固着しない。やはり一部を失うと全体としても意味消失してしまうのかもしれない。別の方策を考えるべきか。』


 彼は、確かテレポートの研究をしているんだったか。異世界とこの世界を繋げる召喚術は、確かに一種のテレポートと言えるだろうし、悪くないアプローチなのかもしれない。

 まあ、そもそもこの時は別の研究をしているのかもしれないけど。


 『失敗、失敗、また失敗。流石の私もこれほどまでに失敗を重ねていると、罪悪感すら生まれてくる。やはりアプローチが良くなかったのかもしれない。何か別の形を考えるべきだろう。一度、魔力のマッピングを行ってみよう。』


 動物相手の実験でもしているのだろうか。さっきも『魔力の意味消失』なんて出てきたけど、それは「体を構成していた魔力が意味を失い、魔素に戻った」ってことで、要するに死んだってことだろうし。


 『マッピングを行った結果、どうやら魔力には核に当たる部分と、各種情報を司る部分があるようだった。逆に言えば、そこを傷つけないようにすることで意味消失を防げるかもしれない。』


 しかし、なぜ召喚魔術において魔力に傷をつけることになるのだろうか。詳しくは知らないが、そんなことが起きるようなものではないと思っていたんだけど。


 『ついに成功した。やはり核さえ傷つけなければ、魔力は形を取り戻すことができるようだ。この成功体を○一と呼ぶことにした。記念すべき、最初の成功体だ。

 『〇一の様子は悪くはない。私の命令もよく聞くし、性格も調整通りのようだ。ただ、少し体力の無さが気になる。

 『今日、〇一は死んだ。衰弱の様子を見る限り、魔力の不足によるもののようだった。どうやらもっと調整が必要のようだ。新たに〇二、〇三を作り出す。〇三は〇二よりも魔力を多めに調節している。』


 どうもテレポートというよりも人造生物の話のようになってきた。あるいは合成生物キメラかもしれない。

 ふとヒトロのことが頭をよぎった。人のような見た目で、実のところ人でないもの。

 ともあれ、なんとなくきな臭くなってきたな。


 『〇三が死んだ。〇二が死ぬよりもずっと長命だったところを見るに、やはり魔力量が鍵のようだ。それならば自ら魔力供給ができるようにしてみよう。〇四を生み出し、魔女にしてみる。』


 魔女ってことは、ひょっとすると生み出しているのは人造人間ホムンクルスなのか?

 そうだとしたら、凄い話だ。魔法都市ソコングロでも聞いたことはない。読み進める手がはやる。


 『〇四は処分することとなった。〇三をはるかに超える長命さだったが、次第に私のコントロールを外れていった。魔力を呼吸させることが、このような弊害を招くとは。

 『処分のついでにより精細な魔力マップを作成することにする。呼吸しても、魔力に刻まれた記憶は変わることはない。そこに突破口があるはずだ。

 『〇五を作成してから一年が過ぎた。魔力減衰の兆候も見られない。どうやら調整の方が先にうまく行ったようだ。実験はひとまず成功と言えるだろう。しかし、記憶の継承のメカニズムは今後も調べる必要があるだろう。〇四の魔力は意味消失してしまったし、傷ついてもいる。次のサンプルを、今度は傷のつかない形で呼び出すことにしよう。

 『実験の中で幾つか分かったことがある。魔力にはある種の波のようなパターンがあること。そのパターンによって生命力、あるいは寿命が決定しているように思われる。〇六に対しこのパターンの書き換えも行ったが、少しずつ元のパターンに戻っていくようだ。しかし、継続的に書き換えが行えるならば、状況は変わるかもしれない。

 『どうやら実験を次の段階に進める時が来たようだ。〇五はいまだ健在である。〇六も度重なる実験の中でも安定している。次は、召喚術を回さない形を探さなければならない。そのためにはこの世界の人間が必要だ。そこで、これらを利用することにした。二体に加えて、もう一体を召喚し、むろん〇七となるわけだが、三体を野に放つことにした。これらには人を連れてきてもらわねばならない。人に好かれることを行動の第一原則とし、自らの生命を脅かすもの、恐怖を感じる事柄は孤独のみであるように設定する。

 『また、人として生きる為に、名前も与えてやった。それぞれ、レイゴ、ゼローム、』


 「そして、レナと。」

 日付を見ると、三年前、いや、もう四年前だ。師匠ジジイがレナを見つけた頃。

 テレポートでも、ましてや人造人間ホムンクルスの研究なんかでもない。

 召喚魔術でやってきた人間を研究材料にしていたんだ。

 もう、間違いない。

 「あいつが、レナを召喚したんだ。」

 言葉も与えず。

 記憶さえ奪って。

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