6-3 過去 ―遊惰―

 翌朝。部屋で朝の準備をしていると、ノックの音が響いた。

 「どうぞー。」

 中に入ってきたのはヒトロだった。

 「お客様、朝食の準備ができました。どうぞ、下でお待ちしております。」

 「ああ、ありがと。」

 ブレスレットを付けてレナの方を見ると、レナもイヤリングを付けているところだった。もう完全に目覚めているようだ。

 「それじゃあ、行こっか。」

 「はい。」


 下に降りると、すでにエメインは食事をとり始めていた。

 「おはよう。悪いが、先に食事をとらせてもらっているよ。」

 「構いません。お邪魔している身なので、お気遣いなく。」

 レナを先に座らせ、隣に私も座る。同時にトウゴが食事を持ってきてくれた。

 「それで、お二人は今日は何を?」

 自分の食器を下げさせながらエメインが尋ねてきた。

 「そうですね……。」

 ご飯を食べながら考える。

 結局のところレナの記憶、特に元の世界の記憶については、ここにも手がかりはないようだし、『最強』のうわさがこんなところで聞けるとは思えない。

 「いつまでもお世話になるのも申し訳ありませんし、旅に戻ろうかと。」

 と、レナが私の手を引いた。

 「あの、もう一日だけ、ここにいてはダメですか?」

 上目遣いでこっちを見ながら聞いてくる。

 うう。その視線を避けるようにエメインの方を見た。

 「私としてはどちらでも構わない。まあ、もう少しレナと過ごせると私としてもうれしいのだが。」

 うーん、まあ、行く当てがないのも確かだし、少し落ち着いて考えを巡らすのも悪くはないかもしれない。

 「それじゃあ、もう少しお言葉に甘えさせてもらいます。」

 「エレノラ、ありがとうございます。」

 レナが満面の笑みを私に向けてくれた。まあ、急ぐ旅ではないし、良しとしよう。


 *****


 朝食を済ませた私たちはエメインに薦められるまま、湖のほとりにシートを引いて、そこに寝転んでゆっくりとしていた。

 湖のそばは昼間でもそれほど暑くはなってはいない。まあ、砂漠にしては、という程度だけれど。

 「れなー。」

 「はい?」

 「暑いわねー。」

 「はい……。」

 こう暑いと、思考もまとまらない。借りた帽子でパタパタとあおぐ。と、後ろに座っていたヒトロが飲み物を渡してくれた。

 「どうぞ。」

 「ありがとう。……ねぇ、ヒトロさん。」

 「はい。」

 正直、返事が返ってくるとはあまり思ってなかったので少し驚いた。けど、気にせず続ける。

 「暑くないの?」

 ヒトロの格好は、砂漠には似合わないエプロンドレスをぴっちりと着て、それでいながら顔色一つ変えず、汗一つ流さずにいる。

 「そういうものは感じないようになっていますので。」

 「ふぅん、便利なものね。」

 そういう魔術が掛けられているのか、そもそも実はヒトロは、ヒトのようなものでしかないのかもしれない。

 そう思わせるほど、ヒトロは無機質だった。

 「れなー。」

 空を見ながら声を出す。

 「はい?」

 「これからどうする?」

 返事はなかなか帰ってこなかった。

 「エレノラと、一緒に居たいです。」

 「そういうことじゃなくて……ま、いいか。」

 一度また魔法都市ソコングロに戻るのもいいし、当て無き旅に戻るのもいい。そうやっていつか目的を果たせたらいい。

 魔女の一生は長いんだし、異世界人はそれよりも長いと聞いたことがある。短気になることもないだろう。

 「そうだ、レナ。水浴びしよっか。」

 「え?でも……。」

 レナは自分の着ている服を見た。私と同じでローブも付けていない、普通の服。

 「大丈夫よ。濡れたってこの暑さだし、乾かなくっても魔法で乾かせばいいし。それに、どうせヒトロさんしか見てないし。ね?」

 レナは少し間を置いた後、がばっと上体を起こした。そしてそのまま湖に駆け出して行った。

 「あ、ちょっと待って!」

 慌てて追いかけたところで、顔面に思いきり水をかけられた。水をぬぐうと、笑っているレナが目に映った。

 「先手必勝です。」

 「やったわね。後悔しないでよ。」

 そうして私たちはしばらく水浴び、というか水の掛け合いをした。砂漠の暑さを忘れられて、我ながらなかなかに良い思い付きだったと思う。


 *****


 夜。食事も取り終えて部屋でゆっくりとしていた。今日もレナは居残りで、私は昼にはしゃぎ過ぎたのか、ちょっと目まいがして先にベッドで休ませてもらうことになった。

 綺麗にメイキングされたベッドに横たわり、ブレスレットを眺める。

 「そういえば、大声なんて出さなくても、これを光らせてもらえばよかったんだった。」

 まあ、別にどっちでも構わないけど。

 しかし、本当に思っていたようなことは何も起こらない。良いことも、悪いことも。

 レナの記憶にあったあの感情はいったい何だったんだろう。何か混ざってしまっていたのか、あるいはエメインと出逢った時のものだったのかもしれない。

 異世界からの召喚術を使う奴なんて、どうせろくなもんじゃない。そこで酷いことをされて、エメインがそんなレナを拾ったのかもしれない。

 とりとめのないことを考えていると、ドアの開く音がした。そっちの方を見ると、レナだった。

 「お帰り。どうだった?」

 「昨日と同じです。いろいろとお話ししました。」

 どんな話をしているのかを聞くと、はぐらかされてしまった。まあ、変なことをされている様子もないし、大丈夫だろう。

 「それじゃあ、今日はもう寝ましょうか。」

 「はい。お休みなさい。」

 レナが電気を消してくれた。私はブレスレットを外してそのまま眠りについた。


 *****


 明朝、トウゴが出してくれた朝食を食べていると、先に済ませていたエメインが今日の予定を聞いてきた。

 「流石にもうここを発たせてもらうつもりです。」

 と、レナが私の手を掴んできた。まんま昨日の繰り返しのようだ。が、一応聞いてみる。

 「どうしたの?」

 「あの、エレノラ。もう一日だけ、ここに居てはいけませんか?」

 思わず眉をひそめる。昼に短気は良くないと思ったところだけど、正直こんなところに居続けたってしょうがないとも思う。

 「駄目じゃないけど……いつまでもいてもたぶんエメインさんの迷惑になるだろうし。」

 「私はいつまで居て持っても構わない。食料も問題ないだろう?」

 エメインがトウゴの方を見ると、トウゴはゆっくりと頷いた。なるほど。こっちの逃げ道は塞がれていたわけか。

 「そろそろ動かないと、こんな所じゃ『最強』の姿どころか噂だって耳に入らないだろうし、レナの記憶だって手掛かり無しなんでしょ?」

 「でも、旅を始めても、当てがないのは同じですし……。」

 まあ、確かにそうだ。レナが言葉を続ける。

 「あと一日だけでいいんです。それで、なにも思い出せなかったら、諦めますから。」

 そう言われると、何も言い返せなかった。正直な所、『最強』探しにしたってもう単なる旅の言い訳になり始めてる。

 「分かったわ。あと一日。それで、ここを出ましょう。」

 そしてエメインの方に向き直す。

 「そういうわけで、今日だけよろしくお願いします。」

 「構わない。」

 まあ、こうなったら今日はゆっくりとしよう。昨日や一昨日の疲れだって、これまでの疲れが出たのかもしれないし。

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