6-2 過去 ―屋敷―

 さて、日が沈み始めたというところ。私たちはまた外に出て、空を飛ぶ準備をする。

 「レナはどうする?私の後ろ?それとも誰か出す?」

 自分の杖を出しながらレナに尋ねる。

 「あの、自分で飛んではダメですか?」

 言われて、アカデミアでの様子を思い出す。あれは空を飛ぶというより、宙に浮くといった風だったな。あるいは空を歩くとか。

 「うーん……。駄目じゃないけど、あなたの飛び方だと高度を稼ぐのが少し大変じゃない?小回りは聞きそうだけど。」

 「また別の方法です。。」

 レナがつぶやくと、レナの杖から翼が生え、そのまま飛び上がった。前みたいに羽ばたくわけでなく、滑空するように飛んでいる。

 よく見ると翼はドラゴンの時に私が生やしたものと同じようだ。

 「どうですかぁー?」

 レナは止まることなく少し上でぐるぐる回っている。どうも止まれないようだ。

 まぁ、いいか。これも練習だ。自分の杖に魔力を込めて、レナの後ろを追いかける。

 「もうちょっと速度を落として……そう。それくらいでいいわ。でも、この次は止まれるようにね。」

 レナと並走してそれだけ伝え、もう少し上空へ飛ぶ。


 下を見ると大小さまざまなエメラルドグリーンが見える。まるで絨毯の上に宝石をばらまいたかのようだ。

 「砂漠って、意外と悪くないかもね。」

 「なんですか?」

 風で聞こえなかったのか、レナが聞いてきた。少し声を大きくして返す。

 「何でもない。一番大きいのはどれだと思う?」

 レナはこの周辺を大きく一回りして、それから一か所でくるくる回り出した。

 「多分、ここです!」

 レナの真下を見つめる。確かに、そこにはひときわ大きな湖があった。よく見れば何かが立っているようにも見える。

 「それじゃあ、降りてみましょう。気を付けてね。」

 くるくる回っていたそのスピードと同じ速さでレナが高度を下げ始めた。高度が下がるにつれてその速度は増していく。

 ちょっと、危ないかも。

 私も急いで降り、レナの着地地点に先回りをする。

 レナは高スピードで降りて来てそのまま地面に激突と思いきや、人二人分の高さのところでくるりと上に向かった。と思ったら、杖の魔法を解いてそのまま空中で一回転する。おお、うまい。

 が、残念ながら着地は失敗。尻もちをついてしまった。

 「いたた……。」

 「惜しかったわね。」

 お尻を抱えているレナに手を伸ばし、引き起こす。砂の上だったから、少しは衝撃も和らいでいることだろう。


 レナを引き起こした所で、湖に向かって右側を見る。

 湖の傍ということもあってか、少しは草木も生えているようだ。その奥には、こんなところに信じられないが木造の家があった。

 「あれ、かな。」

 「たぶん、そうだと思います。」

 レナも自信なさげに続いた。本当に覚えてないんだな。今更ながら、実感させられる。

 とりあえず、近づいて周りを回ってみる。入口は一つ、正面のドアだけ。窓は、人が通れなさそうな大きさのがちらほらある。そんな窓が縦に二つ並んでいる所を見ると、どうやら二階建てのようだ。床が少し浮いているようなので、地下室はなさそう。

 「エレノラ?」

 ドアの前で待っていたレナが声をかけてきた。

 「ああ、まあ癖みたいなものよ。ジジイのところと同じ。」

 私はドアの前に戻って、大きく息を吸って、そして吐いた。このドアを叩けば、何かが変わってしまう。

 レナの記憶を見た時のことを思い出す。

 あの時のレナの感情の正体も、もうすぐ分かる。


 意を決して、木製のドアをノックする。反応がない。もう少し強くノックしてみる。

 「あのー、誰かいませんか?」

 もう一度ノックしてみようかと思ったところでドアが開いた。顔を覗かせたのは、レナと同じくらい、いや、もう少し上か。とにかく、若い男の子だった。白いシャツをぴっちりと着ている。

 あの時見た男とは違うようだ。

 「どちら様でしょうか。」

 「えっと。」

 「私達、砂漠を旅しているんですが、実は装備を失ってしまいまして。できれば夜の内だけでも中で休ませてもらえませんか?」

 レナの言葉をさえぎって、私たちの目的をごまかす。相手の正体が分からないうちに、こっちの目的を明かさなくてもいいだろう。

 男の子は「少々お待ちください」と言ってドアを閉めた。

 しばらくして、大きな足音と共にドアが勢いよく開かれた。現れたのは、あの男だった。

 レナの記憶に出てきた、レナの過去と関係ある男。

 その男は、周りをきょろきょろとした後、レナを見つけると、がっしとレナの両肩を抑えた。

 「レナ?レナなのか?」

 レナは少し体を引きながら首をこくこくと動かした。すると男はレナをがばっと抱き上げた。

 「信じられない!レナが帰ってきた!」

 「あ、えっと、ただいま帰りました?」

 「言葉も話せるようになったのか!本当にすごい!トウゴ、ヒトロ、準備をしてくれ!」

  「あのー。」

 レナをそのまま家の中に連れていきそうな所で声をかけた。と、男の熱も少し冷めたようでこっちを見た。どうやら彼も魔女のようである。

 「初めまして『衣蛸テンタクルス』。レナの、まあ、ここまでの保護者みたいなものです。」

 「『円卓の管理者バトレスオブラウンド』か。光栄だな。君の名はここまで聞こえている。あと、その名前は正直好きではない。エメインと呼んでくれ。」

 エメインと名乗ったその男は、レナを地面に下ろして手を差し出してきた。その手を受けながら答える。

 「それでは私のこともエレノラと。長くて呼びづらいでしょうから。」

 「そうさせてもらおう。それよりも、レナを連れてきてくれて感謝する。歓迎しよう。さぁ、中に。聞くと、装備を失ったとか。」

 私たちは、そのまま家へと招き入れられた。


 *****


 家の中では、先ほどの少年と、彼と同じくらいの年の、エプロンドレス姿の少女が、表情一つ変えずに私たちを出迎えた。

 「どうぞ、お召し物を。」

 「ああ、ありがとう。」

 私はローブを脱いで少年に渡す。レナも同じようにローブを少女に渡した。

 「彼らは私の世話役なんだ。男がトウゴで、女がヒトロ。魔術の研究をしていると、どうしてもそのほかがおろそかになるのでね。」

 紹介を受けた二人は無表情のままローブを部屋の奥に持って行った。

 「こんな所までお疲れでしょう。さあ、座りなさい。」

 私たちは途中で曲り、食卓に連れられた。

 座ったところで、ヒトロと呼ばれた少女がお茶を持ってきて、まず私たちの前にお茶を置いた。その後、エメインがお茶を受け取り、一口飲んだ。とりあえず、毒とかはなさそうだ。

 「さあ、遠慮しないでくれ。こんな所だからろくなもてなしも出来ないが。」

 言われるがままにレナがお茶を飲む。このまま飲まないでいるのも失礼だろう。私もお茶を飲んだ。

 エメインはそんな私たちを見て頬を緩ませた。

 「さあ、聞かせてくれ、レナ。君はどうして魔女になっているんだ?」

 「それはその、記憶のためです。」

 レナはここに来るまでのいきさつをエメインに話した。

 師匠ジジイの話。道中にどんな人に会ったのか。どうやって『白の魔女ラフダイヤモンド』という名をもらったか。そして、私たちがここに来た目的。私がレナの召喚獣サモニーであること以外、すべてをかいつまんで話した。

 「それで、エメインさんは、私のことをどれだけ知っているのですか?」

 ニコニコしながら話を聞いていたエメインは、そう訊ねられるとふっと顔を暗くした。

 「そうか、何も覚えていないのだね。」

 「あなたは知っているのですか?レナの過去を。」

 エメインはあいまいな顔を向けてきた。笑おうとするような、悲しもうとするような。

 「私が知っているのは、ここにいた頃のレナだけだ。私もレナを拾った身でね。どうも異世界人であることは分かったんだが、何せ言葉が通じない。私にできたのは世話を焼くくらいのことでね。」

 なるほど。どうも当ては外れたようだ。

 「それじゃあ、どうしてレナはこの家から遠く離れた森の中に?」

 そう聞いたところに、トウゴが姿を現した。

 「皆様、ご歓談中失礼いたします。お食事の用意ができました。お運びしても問題ないでしょうか。」

 見た目のわりに落ち着いた低い声だ。私とレナは頷きを返す。

 「それでは、もう少しお待ちください。」

 トウゴはまた奥に戻っていった。


 少ししてトウゴが食事を持ってきた。魚と草類を炒めた、質素な食事だった。

 「こんな所だからこれくらいしか出せなくて。お恥ずかしい。」

 「いえ、ありがたいです。この魚はそこの湖から?」

 「ええ。意外と魚がとれるもので、飢えることはないのが唯一のとりえなのだよ。」

 エメインが言いながら食事を口に運ぶのを見て、私も魚を食べる。味は悪くない。

 「それで、レナがこの家を出て行った時の話だったか。」

 エメインが食事の途中で話を元に戻してきた。

 「恥ずかしい話だが、あれは事故だったんだ。定点瞬間移動テレポートの魔術の研究の実験中、レナが未完成の魔法陣を発動させてしまって、それであらぬところに跳んでいってしまったのだよ。」

 魔女ではない人が魔法陣を発動させるなんて信じられないが、見習いであれほどの魔法を使えたレナだったら、何か触媒さえあればそういうこともできたのかもしれない。

 「近くは色々と探したのだが、まさかそれほどまでに遠くまで飛ばされていたとは。なんにせよ、無事で良かった。」

 そんなところで私達も食事を終えた。

 「さあ、今日は泊っていくのだろう?上にベッドも用意させている。」

 窓の方を見ると、月明かりが入ってきていた。

 警戒はしていたが、今のところ特に何かをされたようでも無いし、まあ『幻獣』相手ならどうにかなるだろう。折角だから一泊させてもらおう。

 「それじゃあ、今日はご厚意に甘えます。」

 言いながらエメインの方を向くと、突然現れたかのように目の前にヒトロがいた。思わず声を上げそうになったが、なんとか耐えた。

 「それではお客様。どうぞこちらへ。」

 こちらも落ち着いた口調で話す。いや、感情がないといった方が正しいかもしれない。

 レナの手をとって一緒に行こうとすると、エメインが声をかけてくる。

 「ああ、もう少しレナの声を聴きたいので、レナを置いて先に休んでいてほしいのだが。」

 「え、でも。」

 レナの方を見るが、レナは問題ないと返してきた。

 「私も、私の話を聞いてみたいです。エレノラは先に休んでいて下さい。」

 うーん、そうは言ってもやっぱり心配だし、一緒に居たいんだけど。

 「私は大丈夫ですから。エレノラも疲れてますよね?」

 そう言われると、なんとなく体が重い。疲れている気がする。仕方がない。先に休んでいよう。

 「それじゃあ、何かあったら大声出してね。すぐに駆け付けるから。」

 レナに耳打ちをして、ヒトロの後ろをついていく。

 「ねえ、あなたはレナのことを知ってるの?」

 客間への途中でヒトロに尋ねてみたが、何も返してこない。うーん、仕事人って感じだ。私はコミュニケーションをとるのをあきらめた。


 *****


 寝る前に、レナは客間にやってきた。

 「お帰り……っていうのもちょっと変か。」

 レナは笑い返してくる。そのままもう一つのベッドに入っていって、こっちを向いた。

 「でも、正しいみたいですよ。ここはもともと私の部屋だったそうです。」

 それで部屋があったのか。

 部屋を見渡すが、あまり女の子の部屋って感じではない。ベッドが二つに椅子と机も二つずつ。後は何もない。まあこんな所にファンシーグッズがあっても違和感たっぷりだけど。

 それにしたって少し部屋が多いようには思う。二階だけで六部屋は有りそうだった。一部屋を研究室としても、あと四人くらいなら二階だけで住めそうだ。

 「ここって、レナ以外にも住んでいた子がいたのかな?」

 「どうでしょうか……。話には聞いていませんが。」

 うーん、なんだかまだ裏がありそうではあるなぁ。

 「ねえ、レナ。何もされなかった?」

 「はい。ただ、色々とお話をしただけですよ。」

 それならいいけれど。少々の沈黙が流れる。

 「ねぇ、レナ。」

 声をかけてみるけど、返事が返ってこない。もう寝てしまったのかもしれない。まあ慣れない砂漠だったわけだし、疲れているんだろうな。私も寝ることにしよう。

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