6-1 過去 ―砂漠―

 或る旅の途中。


 私とレナは装備を整え、砂漠を歩いている。

 傾いた夕焼けが、遮られることもなく私たちの肌を焼く。

 ……まあ、ほんとのことを言うと肌は焼かれていない。

 まず私もレナも薄手のローブを羽織って、フードまでしっかり被っている。加えて、街中で受けた素晴らしい魔術のおかげで、このローブは防塵耐熱、それに日焼け防止もついているのだ。あの店主、見た目の割とサービスがよかった。これで歩きやすければ、もう普段の街道と全く変わらないものになるのに。

 「エレノラ、待って、ください。って、きゃあ!」

 今もレナが砂に足を取られている。

 「大丈夫?ほぅらぁあ!」

 勢いをつけて引っ張り上げようとしたら、足が滑って一緒に倒れこんでしまった。坂だと油断しているとすぐこれだ。

 「もう!本当に歩きにくい!」

 「じゃあ、飛びますか?」

 そういえば、レナもなんだかんだ飛べるようにはなったんだった。速度が出なさそうだったから、ドラゴンの時はグリフォンに乗ってもらったんだけど。

 でも、なんか嫌だ。

 「なんか負けた気がするし、あまり砂漠を歩くこともないし、このまま歩きましょう。明日には湖に着くはずよ。」

 しっかり脚に魔力を込めて立ち上がる。今度こそ、レナを引き上げる。

 「砂を固めるイメージを持って歩くのよ。」

 レナは少しぐっぐっと地面を踏み鳴らした後、今度はぴょんと飛んだ。でも、足元から砂煙が上がらない。それどころか、砂が動いている気配すらない。

 ちょっとアドバイスするだけで想像以上の効果を見せるのは、もはや気持ちがいいくらいだ。

 「こんな感じですか?」

 「流石ね。じゃあ、もう少し歩きましょう。」

 念のため、レナの手を引いて歩く。少しずつ肌寒くなってきている。夜が近くなってきたんだな。


 *****


 夜。日が落ちる前に張ったテントの中で、いつもより少し良いご飯を食べる。

 「調子に乗って買っちゃったけど、まあ砂漠を歩くのは体力使うしね。」

 「疲れました……。」

 レナは早くも枕を敷いて寝っ転がっている。

 「ちょっと魔力出しすぎちゃったみたいね。」

 あそこまで砂を固めたのはやっぱりやりすぎだったようだ。無駄に魔力を消費して疲れているんだろう。

 「難しいです。」

 「まあ、レミの魔力は流れやすいみたいだけど、なんにしても慣れよ慣れ。魔力量の調整を詠唱だけに頼るのも良くないし、明日も頑張ってね。」

 私も前に買った自分の枕を取り出す。流石にテントの中じゃ剣歯虎コハクアルカトラスを出すわけにはいかなかったから、ちょうどよかった。

 でも、少し考えて、寝るのを止める。代わりにローブを取り出した。

 「ねえ、レナ。ちょっと外に出て見ない?」

 レナはのそりと起き上がってローブを取った。どうやら乗り気なようだ。


 テントの外は、昼とは違ってかなり冷えている。テントには防寒魔術をかけてもらったのだが、夜はテントの中に居るつもりだったのでローブにはかけてもらっていなかった。

 「やっぱり夜は冷えるわね。」

 と、レナが私のローブの中に入ってきた。少し背伸びして首のところから顔を出している。

 「これで、どうですか?」

 悪くないけど、少し苦しそうだ。

 ローブの中でレナを抱きしめて、そのまま後ろに座り込んで、レナを膝の間に挟む形になった。これでさっきよりは顔が出しやすいだろう。

 「暖かいね。」

 そして空を見上げる。雲一つない星空。レナの師匠ジジイの家で見た空とも、魔法都市ソコングロで見た空とも違う。周りに光源も、視界を狭めるようなものもない。

 まさに星の海だ。

 「こんなに星があっても、エレノラは道に迷わないんですか?」

 レナが聞いてきた。標の星のことを言っているんだろう。

 「いきなり星を探すんじゃなくて、形を探すの。例えば、ほら。」

 ローブから手を出して空を指さす。そして、説明に合わせて指を動かす。

 「あの辺りは緩やかなカーブになってるように見えるでしょ?その曲線の両端を弓の弦みたいに結んで、真ん中からこっちに伸ばして、一つ、二つ、三つ目に来る明るい星が旅人星。」

 レナも同じように手を動かす。

 「えーと、あ。見つかりました。多分。」

 「季節や位置によって探すものは違うけど、基本は同じ。大きいものを目印にして、小さいものを探す感じ。」

 そのまましばらく、言葉もなくレナと空を見る。

 普段、砂漠は飛んで超えるから、こうやって砂漠の星空を見上げたことはなかったかもしれない。

 綺麗すぎて、まるで夢みたい。

 完璧すぎて、少し怖いくらい。

 「ねぇ、レナは記憶が戻ったらどうするの?」

 なんとなく、完璧さに飲み込まれないように、レナに他愛もないことを聞く。もうすぐ、レナの旅は終わるのかもしれない。それを、少し思い出した。

 「戻らないと、よくわかりません。でも。」

 レナはぐっとさらに上を向く。私と目が合った。

 「今度はエレノラの目的の番。それが約束、ですよね?」

 そういえば、レナの召喚獣サモニーになるときの条件がそれだった。

 頭をなでてあげようかと思ったけど、ちょっとこの位置だとなでにくい。

 と、レナがくしゃみをした。

 「冷えちゃった?もう戻ろっか。」

 「大丈夫です。」

 少し鼻をすすりながら答えてきた。レナの脇を掴んで、立ち上がらせる。

 「明日も早いから、ね?」

 そのままテントまで運んでいく。テントに入るなり、私たちはすぐに眠った。


 *****


 この日は夢を見たのを覚えている。レナと旅をする夢。いろんな人と出逢っては別れ、「少し寂しいですね」なんて言って。それでも、レナとはずっと一緒で。そしたらレナがこっちに手をのばしてきて。その姿がレミーナと被って。そのまま光に包まれていって、境界が薄まっていって。


 目が覚めた。テントの中に朝陽が差してきている。

 そろそろ出発しなければ。レナを揺すって起こす。

 「……。」

 前にも聞いたことがあるような声を返す。やっぱり、朝は少し苦手のようだ。さらに強く揺する。

 「ほら、早く出ないと今日中に湖に着けないわよ。」

 と、レナは体をゆっくりと起こしてまぶたをこすった。ちゃんと起きたようだ。

 「、ございます。」

 いや、まだちゃんと目覚めてはいないみたいだ。

 「言葉がぐちゃぐちゃになってるわよ。はい、お水。」

 水筒を渡すと、ゆっくりと水を飲んだ。水筒から口をなしたところで朝ご飯を渡す。

 「食べたら出発よ。準備してね。」

 言いながら自分のローブを羽織る。レナも口をもそもそしながらローブを羽織っている。

 テントから頭を出して日の位置を見る。この分なら、湖には昼までに着けるだろう。


 朝の予想通り、私たちは日がてっぺんに上がる少し前に湖に着いた。

 正確には湖群とでも呼んだ方がいいだろうか。ここには大小さまざまな湖が大量にある。

 「さて、お探しのものはどれかしらね。大きいっていうんだから、この中でも一番大きなものかな。」

 「どうやって探しますか?」

 レナが聞いてきた。本当は、レナが覚えててくれてたら一番楽だったのだけど、それはないみたいだ。

 「昨夜の話と同じね。」

 「つまり、大きなものを目印にする?」

 どうやらそっちは夢ではなかったようだ。

 「そういうこと。そのためには、離れて見なきゃね。」

 「つまり…?」

 「空を飛びましょうか。」

 私は胸に手を入れて、カードを取り出す。取り出したのは、テントのカード。

 「でも、今飛んだら、ローブがはためいてお肌が焼けちゃうかもしれないから。もう少し日が落ちてからにしましょう。」

 テントを召喚サモンし、レナと一緒に少し休むことにした。

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