5-5 仕事 ―支度―

 ドラゴン襲撃以降は特に何もなく、草原の旅は平和そのものだった。

 で、ソバルマ。砂漠の前の町。ここはいつでも砂の匂いに満ちている。

 「いやー、二人ともアリガトさんやで。あんたらおらんかったら道中どうなっとったか。」

 「いいのよ、こっちも仕事なわけだし。」

 ソバルマの町の宿屋前でクルルと別れの挨拶をする。クルルが渡してきた小袋の中にはテグレス金貨がどっさり入っていた。半年くらいなら、宿屋暮らしができそうだ。

 「これから砂漠なんやろ?細かいのんも入れといたから、これでええ装備そろえたってや。」

 「でも、良いの?こんなに。」

 二人分と見ても、十日ほどの相場から言えば二倍はある。

 「ええんやって。カクリダまでの道中の飯代もあるし、何より命助かっとるからな。その代り、今度もよろしくな。」

 「こちらこそ。」

 クルルが差し出してきた右手を右手で受ける。その後、レナにも右手を差し出した。レナは恐る恐る握り返す。

 「レミちゃんも元気でな。」

 「はい。クルルさんも。」

 最後には手を振って別れた。次に会えるのはいつだろうか。

 正直話すのも嫌になるような雇い主もいる中、本当にクルルは良い相手だ。

 「さて、私たちは砂漠への旅道具を買い入れなくちゃね。まずは私達も宿屋を取りましょう。」

 「クルルさんのところはダメなんですか?」

 振り返ってクルルの宿を見る。レンガ造りの壁が白くこちらに照り返してくる。見るに高そうな宿だ。お金が入ったからといって散財してはいけない。

 「分相応っていうのがあるものよ。その代り、良い装備を買いましょう。それに、良い魔術も。」

 「魔術ですか?」

 レナは少し驚いた風だ。

 「そうよ。この街には腕利きの魔術師が住んでて、砂漠に向かう人たちに防塵とかの魔術を施してくれるの。」

 レナは感心している様子だ。ともあれ、まずは宿だ。流石にクルルの宿と比べれば規模は小さいが、それほど悪くない宿があったはずだ。


 覚えていた宿の部屋にちょうど空きがあったので、そこに荷物を置かせてもらってから私達は街に繰り出してきた。

 考えてみれば、砂漠を旅するのは私にとっても初めてのことだ。とはいえ必要になりそうなものは考えれば分かるし、この街にはそういう人向けの商売もあるだろう。

 「どうしました?」

 「ううん、ひとまず魔術師の店に行きましょう。」

 レナは頷きながらもよく分かっていない様子。まあ、行けばどんなお店か分かるだろう。


 そんな訳で魔術師の店。お店の中は明るく、あまり物も置かれていない。これで本当に営業中かとびっくりするほどきれいだった。

 「いらっしゃい……なんだ、同業か。」

 「同業なら来ないわ。

 カウンターの奥に座っている店主だろう『黒き不定形プーカ』は私の言葉を無視してこちらを手招きする。

 「どうせ見て回る物も無いでしょ。用件は?」

 「これに魔方陣を書いて欲しいの。砂漠を歩くのに必要なやつ。」

 胸からマントを二つとテントの幕を取り出す。

 「これは……大きいなぁ。こんなんでかさ増ししてるの?」

 下手な冗談だ。無視すると触れば折れそうなほどに細い店主はため息をついて、品を見定めし始めた。

 「そもそも、魔女ならなんでわざわざ砂漠を歩く訳。」

 ちらりと店主がレミの方に視線をやる。それでレミが口を開いた。

 「あの、捜し物をしていて。」

 「捜し物、ねぇ。ダイヤの指輪でもなくした?」

 たぶんこれも冗談なんだろうけど、どうもこの人の会話のリズムは掴みにくい。とりあえず無視して話を続ける。

 「湖の辺りなんだけど、どれくらい掛かる?」

 「歩くなら、三日から四日ほど。でも魔力は自分たちで補給出来るよね?」

 まあそうだ。魔術を発動してもらう必要はないし、その分安くなるのならありがたい。

 店主は頼んだ品をカウンターの後ろにしまい、また戻ってくる。

 「それで、欲しい魔術は?まあ防暑に耐乾燥なんかはあった方が良いと思うけど。」

 「良いように見繕って。予算はこれで。」

 店主の顔色を見ながらお金をいくつか出す。出す手を止めると、思い切り嫌そうな顔にいなった。

 「こんなもんなの?こんなんじゃ、最低限しかやれないよ。」

 「足りない分は自分たちで賄えるけど……まあそこまで言うなら。」

 もう少し出すとふんと鼻を鳴らした。

 「分かった。まあいいよ。明日の朝には魔方陣あげとくから。魔力は自分で込めといて。……これだから同業相手は嫌なんだ。」

 「それじゃあ、よろしく。」

 挨拶してもまだブツブツ言ってる店主を残して私達は店を出た。出たところで、レナが袖をくいくいと引っ張る。

 「あの、大丈夫なんでしょうか。」

 まあ、雑な対応に雑な注文だから不安になるのも分かるが、この辺ではああいう小言を言い合いながらお任せにするのは挨拶みたいなものなのだ。

 「それにクルルのお墨付きだから、なんだかんだ言っても仕事はするって。」

 クルルの名前を出したらレナも納得したようだ。……なんというか複雑ではある。

 まあとにかく、こうなると明日までに他の準備も済ませておきたい。


 *****


 必要になりそうな物を揃えて宿に下ろし、私達は街の食堂に向かった。日の落ち始める前にはなんとかなったな。

 適当に注文してレナの方を見るとなんだかぐったりしている。疲れちゃったのだろう。

 「エレノラは、いつもこんなことをしていたんですか。」

 「え、ああ、まあ町で買い出しする時はこんなもんかな。」

 そういえば町での買い出しは初めてか。魔法都市の時は私が適当に済ませちゃってたし、クルルがいると彼女が全部やってくれちゃうし。

 「旅に出るのって、大変なんですね。」

 「旅の間は基本的に助けがないから。一人でも生きれるくらいの準備って考えるとどうしてもね。」

 だからこその助け合いでもある。

 「一人?」

 「二人ね。とにかく。」

 細かいことを気にするものだ。


 食堂のご飯は悪くなかった。時折お店の中に入ってくる風が土っぽいのを除けば。

 この匂いがどうしても砂漠を、その先にいる男のことを思い起こさせる。

 レナはただご飯に満足しているようで、その先のことを考えている様子はない。……でも、聞いておきたい。この先に行って、戻って来れなくなる前に。

 「前にも聞いたかもしれないけど、レミは、本当に会いたい?砂漠にいるっていう男に。」

 レナは匙をくわえたまま小さく頷く。

 「その人が私を知っているのなら、会わないといけないです。」

 まっすぐそう言われて、つい目を伏せてしまう。……あの男を思い出した時のレナの様子をつい思い出してしまう。何も写さないような瞳から、あふれるままに流れ出すなにか。

 「はっきり言うけど、私は会わない方が良いと思う。記憶のことを尋ねるにしても、別に会わなくても、例えば私だけ会って話を聞くとかでも良いんじゃない。」

 しかし、レナは小さく、でもはっきりと首を振った。

 「たぶん、それだと意味がないので。」

 意味がない、か。どこかで聞いた台詞だ。自分でやらないと、どうなったとしても実感も納得も出来ない。そういうものなのだろう。

 ……それに、レナの意外な強情っぷりも、今はもう慣れたものだ。

 「エレノラの方こそ大丈夫ですか?私には、エレノラの方が怖がってるように見えますけど。」

 そう言われると苦笑いしか出来ない。そうかもしれないけど。

 「前にも言ったけど、私には思い出したくないことがあるから。でもそれは私の話で、レミの話じゃないもんね。」

 大事にするあまり自分と同一視しすぎだと、昔怒られたことがあったっけ。

 レナは微笑みながら頷いた。その笑顔は、少し寂しそうに見えた。

 暗いことばかり考えてもしょうがないな。もっと未来を見ないと。

 もう食べ終わりそうなレミの方に、努めて明るく声をかけた。

 「レミはさ、記憶が戻ったらなにがしたい?」

 「なにが……?そうしたら次はエレノラとの約束を果たす番ですよね。」

 「そうだけど。じゃあそれも終わったら?」

 レミはすこし唸った後、はっと顔を上げ、そして頬を緩ませた。

 「エレノラと一緒にいたいです。」

 なんというか、そればっかりだ。嬉しいけど。

 「そうじゃなくてさ、やりたいこととかないの?」

 そう尋ねてもうんうん唸るばっかりだった。

 「エレノラはなにがしたいですか?」

 「私?うーん。」

 考えてはなかったけど、やり残したことは一つある。

 「もう一度あの島に行って、妹に会いにいく、かな。ちゃんと弔うことも出来てなかったから。」

 もう影も形もないだろうけど、それでもお墓を建ててあげたい。

 「それじゃあ、私も付いていきます。それが私のやりたいことです。」

 にっこりと笑ってそう言った。なんというか、ずるいな。


 *****


 旅の目的地が見えてくると、どこか寂しい気持ちがわいてくる。それは、旅の終わりを予感させるからかもしれない。

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