5-4 仕事 ―満了―
ドン。
不意に頭上から衝撃を受けた。体が逆さまになっているのを感じる。頭が熱い。血が出ているのかもしれない。多分、ドラゴンの足に蹴られてしまったんだ。いや、そんなことより。
落ちている。杖は手の届かないところに行き、口もうまく動かない。飛び方を忘れた鳥のように、なすすべもなく落ちている。私は死ぬのか。いや、死なないか。
「私は落ちる。誰よりも速く。音も追いつかぬ速度で、光すら置いていく。」
上から声が聞こえる。私がカードになったら、私の
レナは、どうするんだろう。
「エレノラぁー!」
はっと上を向く。レナがものすごい速度で落ちてきていた。
杖の端っこを掴んで、私に向ける。
その杖を受け取ると、凄い勢いで魔力が流れてきた。その力に無理やりこじ開けられるように、口を開き、喉を震わせ、ただ一言を体の外へ押しやった。
「飛べぇーーーー!」
瞬間、杖は巨大で鋭い翼を生やし、くるりと方向転換をして、スピードはそのままにドラゴンの方へ飛び上がった。
ドラゴンに追いつくと同時に、アマレットがドラゴンの口の中に入ってしまうところが目に入った。
丁度いい。思いついたことがある。
「レナ、魔力を。」
下にいるレナに声をかければ、頷いて魔力が流れ込んでくる。ちょっと多いくらいだけど、ちょうどいい。
「
アマレットにもらった魔力を送ると、ドラゴンは大きく口を開いた。中から燃え盛るアマレットが出てきた。
「そのままやっちゃいなさい!」
アマレットはドラゴンの目に向かい、炎を纏った翼で横一文字に両目を傷つける。後は鼻だ。
私は体勢を整えて、後ろに乗っているレナの方を見る。
レナは意図を見抜いたか、こくりとうなづいた。
「門は今閉ざされた。どのような力でも開けることはかなわない。」
ドラゴンの鼻が、まるで縫い付けられるかのようにどんどん閉じていき、最後には穴が見えないほどになった。
たまらずドラゴンは口を少し開け、何か鳴きながら、あらぬ方向へと飛び去って行った。
そうして空にはまた風の音だけが響いた。
*****
私とレナ、それに
「おーっ二人ともお疲れさん。ってその頭、大丈夫か?」
ダッシーの上で寝ていたクルルが驚いてずるりと落ちて尻もちをついた。
そういえば頭から血を流してたんだった。
髪にくっついて固まった血に魔力を込めて、どろりと洗い流す。
「私のは、まあ、もう大丈夫よ。あなたの方こそ大丈夫?」
クルルは頷いてお尻についた砂を払い、またダッシーの上に戻った。ダッシーは全く気にせずに座り込んでいる。
「そんならええわ。まあ、少し休んでから行こか。」
「私たちは大丈夫だけど。ね?」
レナの方を見る。レナも水を飲みながらこくりとうなづいている。
「そらあんたらはこっから座っとるだけやからな。」
即座に返してきた。まあそれはそうだけど、もうちょっとねぎらってくれてもいいのに。
「あんたらの体力も一応は気にしとるけど、それよりもこいつや。」
クルルはダッシーの頭を撫でる。
心なしか普段よりも体を上下させて呼吸している。気がする。
「あんたらが空飛んどる間、こいつはずっと走っとったんやで。大荷物引いて走ったんやから、疲れるんは当然やな。」
確かに、ちょっと配慮が足りなかったな。
レナがダッシーの顔を撫でると、ダッシーはレナの顔をひとなめした。
「ひゃっ。くすぐったいです。」
動物と戯れる美少女。うん、微笑ましいワンシーンだ。
そういえば
「ちょっと待ってください。」
「ん?ああ、そっか、グリフォンがまだだったわね。」
グリフォン以外をカードに戻す。クルルがダッシーの上から頭をのぞかせる。
「なんかあったんか?」
「いや、この子が私の
しかし、名付けするのにわざわざ
「あの、クルルさん。」
レナがダッシーの頭の上に話しかける。
「私の代わりに名前付けてくれませんか?」
「ん?ええんか?」
「想い出に、ぜひ。」
クルルはまたダッシーの上に戻って「そやなあ」なんかとぶつくさ呟いている。
「『フライニー』って、どやろ。」
「とってもいい名前だと思います。」
グリフォンの方を見ると、グリフォンは面倒そうにひと鳴きした。ただ、まあ嫌がっている風ではないか。なんでもいいのかもしれない。
「それじゃあ、これからもよろしくお願いします。フライニー。」
というわけで、私の
「考えてみたら、結局レミはユニコにしか名前付けなかったね。」
「そういえば、そうでしたね。」
レナは小さくはにかんだ。まあ、レミがいいならいいか。
と、クルルがダッシーの上から飛び降りてきた。ダッシーの呼吸もかなり落ち着いたようだ。
「さ、そろそろ行こか。こいつももう大丈夫そうや。」
「ええ、そうね。」
私はフライニーをカードに戻し、レナは木に立てかけていた杖を取って、それぞれ幌馬車の椅子に座った。そして、クルルが手綱を取って、幌馬車を進め始める。
*****
広い草原で道に戻って、しばらく進めればもう夜が近づいていた。道から少し外れたところにキャンプを張る。
クルルが道を見ている間に、私達はキャンプの準備を進める。本当はこういう手伝いをクルルは嫌がるのだけど、今日は色々あったから助け合いだ。
レナはどこか遠くを――クルルの方を見ていた。別に警戒している訳ではなさそうだ。単に気になっているだけという感じ。
「どうしたの。」
「クルルさん、なにをしているんでしょう。」
クルルは見え始めた星と道を見比べては、手元をトントンと叩いている。
「あれは……街まで後どれくらい掛かるかを見てるんだと思う。道外れたから間違えてないのかとか。」
もちろん私も見てるけど、自分の目で見ないと不安もあるのだろうということで、特に伝えてない。
こちらの準備が完了した頃にクルルの方も戻ってきた。
「いやー、思ったより戻っとったな。あと二日ちょいはかかりそうや。」
そのまま私達は火を囲むようにして座った。
「むしろマシな方だと思ったけど。なにしろ生きてる。」
そう、私達は生きてる。この少人数で、宝石を食らう竜を相手にして。
「エレノラ、笑ってます。生きてるの、そんなに嬉しいですか?」
「え、ああ。そうかも。」
竜なんて、魔女だって普段はうかつに触らない、危険なものなのだ。それを今回は撃退しただけとはいえ、ほとんど無傷みたいなもので戻って来れた。
「死なないのにですか?」
……それを言ってはおしまいだけど。ともあれ、嬉しいものは嬉しいのだ。
適当に頷いてると、思いがけずクルルが話に乗ってきた。
「なんや、エレノラさん、いつの間に不老不死になったんや。ちゅうか、やっぱそういう術はあるんやなぁ。」
「ないない。……まあ近い状態といえばそうだけど、レミがその気になれば、私は姿も維持出来ないくらいだから。」
「そーか。なんや、不老不死やったらええ値で売れると思ったんやけど。」
興味を失ったクルルに反して、レミの方はなんだか怯えている様子になっている。
「どうしたの?」
「私は、そんなことしません。」
前科があるだろうがと思ったけど、だからこそ怯えているのかもしれない。あまり茶化すのはやめておこう。
「そうね。私も信じてるから。」
そっと手を重ねて笑いかける。そうすれば、この子は怯えるのをやめて笑い返してくれる。
……ふと、考えが頭をよぎった。この子がもしも私を支配しようとしたとして。私にはそれを防ぐ手立てはないのかもしれない。先の竜のことだって、レナがいなければ私はやられるだけだった。本気で『最強』を相手にするのなら、私は、この子から離れられない。
たとえこの子が強権に走っても、目的を優先するなら私はこの子から逃げられない。
「おアツいのもええけど、熱々ご飯の用意も出来たで。」
クルルがご飯をこちらに向けてくるので、レナの手を離してそれを受け取る。
レナも受け取って口に含み、思ったより熱かったか口の中ではふはふと冷ましている。
まあ、この子に限ってそれはないか。きっと。
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