5-3 仕事 ―遭遇―
翌朝、珍しく私はレナに起こされた。ようやく日が昇り始めたと言うような空模様だ。
「どうしたの、レナ?」
目をこすりながら体を起こす。クルルとダッシーはまだ寝ているようだ。
レナは口を開けずに空を指さす。見上げれば、空に黒い影が落ちていた。
「何かしら、あれ。」
「分かりません。目が覚めたらいました。」
影の動きが遅い。ほとんど動いていないのか、それとも距離がそれだけ離れているのか。
「なんにしても刺激しない方がいい。どちらにしても、こっちが見えてるとは思えないけど……。」
ふと、風が吹いた。周りの草木を撫でるように吹く風は、私達の隙間を縫って、影のある方向へと走り去っる。
風の連れてきた寒気が、まだ寝ぼけていた私の頭を叩き起こした。
「レナ。クルルを起こして。」
胸の内からハッピィとアマレット、それにグリフォンのカードを出す。
あの風の向き、ぼんやりと見える影の形。なんだか嫌な予感がする。
「なんや、まだ日も登りきっとらんやん。」
クルルとダッシーも起きたようだ。私は影から目を離さずにクルルに尋ねる。
「クルル、昨日ちらっと言ってた『特殊なもの』って何?」
「え、と。空から降ってきたっちゅう宝石や。磨いとらんから石ッころと変わらんけど。」
「種類は?」
間髪なく尋ねる。影はだんだんと大きくなっている。
「多分、ダイヤかペリドットやと。知らんけど。」
空から降って来たっていうのは火山弾か何かのことかもしれない。
「量は?」
「大きいもんはないけど、数は多い。」
影はいよいよ形を見せてくる。大きく開いた翼を羽ばたく、その姿が。
「そのもの、空を裂き、大地を食らう。」
あの影は、向きを変えることなくこっちに向かってきている。
いま動かなければクルルを巻き込む。
私は持っていたカードを
「クルルは早く出発の準備を。レミは杖だけもってグリフォンに。」
その辺に落ちていた枝を拾い、半分に折ってクルルに渡す。もう半分はグリフォンにまたがったレナに。
「いい、二人とも無くさないでね。それを無くしたら、次に会うのはソバルマになるかもしれないから。」
まあ別に合流できるならそれでも構いはしないけど。なんだか中途半端な感じで嫌だ。
「私たちが飛んだらクルルはなるべくあの影の風下にはいかないように動いて。私たちがひきつけるから。」
「分かった。よろしゅう頼むで。」
クルルは手際よく荷物をまとめ、幌馬車の引き手の座に座った。ちゃんとレナのナップサックも積んでくれているようだ。
「あの、なんなんですか?」
レナが杖をぎゅっと握りしめて尋ねてきた。私も自分の杖を出して魔力を込める。
「ドラゴンよ。宝石が大好物の、地上最強種の生物。さ、行くわよ。」
私が飛び立つと、それに合わせて私の
*****
空まで上がると、シルエットだったドラゴンの姿がはっきりしてくる。岩のような肌に大きな体。聞いた姿ほどの大きさではない気もするけど、それでもグリフォンの何倍もある。
「私たちがこれからするのは、あの巨竜の周りを蠅みたいに飛び回って、クルルが逃げるまで引き付けること。」
グリフォンの傍を飛びながらレナに向かって声を張る。風がうるさいので、大声でないと届かない。
「蠅ですか。」
「周りを飛び回られたらいやでしょ?」
レナは苦い顔をしている。まあ、自分が蠅といわれるのは私だっていやだ。あまりいい例じゃなかったな。
「それで、レナは自分の防御と魔力供給をしてちょうだい。」
「分かりました。でも、供給って?」
「
レナが杖を私に向けると、魔力が流れてくるのを感じる。良い感じだ。
「良いよ。グリフォンたちには私から流すから、レナは自分の防御分だけ残して、あとは私に回して。」
「は、はい。」
レナの魔力がどんどん流れてくる。初めは体が軽くなるような感じだったが、だんだんと息がしづらくなってくる。まるで溺れるみたいだ。
「エレノラ?」
「だい、丈夫。て、きゃっ。」
急に上に飛び上がってしまった。多分、杖に魔力を流し過ぎたんだ。魔力を調整して元の位置に戻る。
「レミの魔力、本当に軽いわね。気を抜くと、どんどん魔力が流れていきそう。」
と、聞こえる風の音に、雑音が紛れ込んでくる。低く唸るような音。グライドしてやってくる、大きな体。人が十人は余裕で乗れそうだ。
「さあ、行くよ!
ドラゴンの目の前に光を投げつけ、動きを止める。そして、私たちは散開した。
*****
さて、動きの止まった相手をそのまま足止めさせるには、一番いいのはもちろん拘束することだ。
しかし、今回は相手が大きすぎるうえに空中と来ている。そんなわけで今回は私を含めた四体で囲む形をとった。
空中で敵を囲む場合、できれば十四方向、最低でも上下、左右、前後の六方向を押さえておきたい。ただ、今回はクルルの方に行かせなければいいし、前に二体、上下に二体を配置した。前は私とハッピィ。上にアマレット、下にグリフォンとレナがいる。
「さあ、少し相手してもらうわよ。」
ドラゴンはその大きな口を裂けんばかりに開き、吠える。私くらいなら一口くらいで食べられてしまいそうだ。
ドラゴンはそのまま横に一回りして、しっぽを鞭のように飛ばしてきた。私たちはぎりぎりでかわす。あまり大きく動けば、その隙を付かれそうだ。
「とはいえ、あまり刺激をしてもしょうがないし。」
野生生物は怒らせると怖い。とはいえ、ここで邪魔し続けてもやはり怒らせてしまうだろう。どのようにしてお帰り願おうか。
考えのまとまらないうちに、こんどは向きを変えずに後ろに下がっていく。それに合わせて、ドラゴンの前を縦に塞ぐように隊列を変える。上から越えるか、下を突破してくるか。
答えは下だった。ドラゴンは高度を速度に変え、グリフォンに向かって突進していく。ハッピィを向かわせながらグリフォンに魔力を送る。
「
グリフォンとハッピィはドラゴンに真正面からぶつかる形になった。
「レナ!」
「大丈夫です!」
レナも杖を正面に向けて、自分の魔力でドラゴンを抑えているようだ。
この隙にちらりと下を見る。幌馬車がこちらに向かって走っているのが見えた。あの調子だとまだまだ時間がかかりそうだ。作戦を変えよう。
グリフォンとハッピィがドラゴンを抑えているうちに、私はドラゴンの下側に、アマレットを後ろに着かせる。
ドラゴンはしばらくグリフォンたちと押し合いをしていたが、やがて首を上げ、そのままグリフォンたちに振り下ろす。ハッピィはうまく避けたが、グリフォンはまともに当たってしまった。バランスを失って落ちる最中、レナがグリフォンの上から離れてしまう。
「ハッピィ!」
即座にハッピィを向かわせ、拾わせる。
一方のグリフォンにはさらに魔力を渡し、態勢を戻させる。
ハッピィがレナを掴んでこっちに連れてきた。
「レナ、大丈夫?」
「はい、なんとか。」
レナは落ちそうになったわりに平常心を失ってはいない。杖もしっかり握っていたようだ。
「あなたはそのままハッピィに掴んでもらってて。あの暴れん坊にはクルル達の風下に移動してもらう。」
「その後は?」
「鼻と目をふさいで、それから私たちも逃げる。行きましょう。」
後ろにいたアマレットを今度はドラゴンの眼前に向かわせ、目の前でひらひらと旋回させる。私とグリフォンで下を、レナとハッピィで後ろを守る。
ドラゴンはしばらくアマレットを目で追っていると、何度かアマレットを食おうとする。文字通り、ドラゴンが食いついてきた。
そのままアマレットを少しずつドラゴンから離す。ドラゴンは少しずつアマレットの方に羽ばたいて近づく。このタイミングでアマレットを思いっきり飛ばす。ドラゴンがアマレットを追うように飛び出した。
私達も、陣形を崩さないようにドラゴンを追う。
ドラゴンは想像以上に素早い生物のようだ。まるで草原で獲物を追い立てる肉食動物のように、まさしく空を切ってアマレットを追い立てる。スピード勝負にならないよう、ジグザグに飛んではいるが、それでも追いつかれるのは時間の問題かもしれない。何より、逆方向には飛ばせられないのがつらい。
もう一度ちらりと下を見る。先ほどまでずいぶん距離があると思っていた幌馬車が、ついに直下にまで来ている。もう少しだけ。
「エレノラ!」
後ろから声が聞こえてきた。前を向くと、アマレットが見えない。いや、いる。ドラゴンの口元を飛んでいる。すんでのところで避けているんだ。
いけない。もっと魔力を渡してあげないと。力を込める。
ふっ、と体が浮いた。
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