5-2 仕事 ―休息―
二日後、私たちは一つ目の目的地、カクリダの街に着いた。
ちなみに、流石に我慢ができなかった私は、レナを上に残して途中からユニコに乗って後ろから追っていた。
情けないと言われようが構わない。今回の道はそれだけひどかったのだ。
「ほなウチはお客様んとこ行ってくるから、先に宿で休んどいてええで。」
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ。」
クルルに宿の位置を教えてもらって別れた。ようやく町らしい町にたどり着いた気分だ。
「そういえば、レミは宿に泊まるのは初めてだね。」
「そうですね。」
「ね、ちょっと宿に着く前に散歩しよっか。」
レナはこくりとうなづいた。
よく整備された石畳の上をレナと歩く。こうやってレナと目的地もなく歩くのは、隠れ月のお祭り以来だ。
「この町には市場もあってね。そこで商売をする人から場所代を取ったり、買い物に来た人に旅の必需品を売ったりして栄えている町なのよ。」
レナはから返事を返して、町の風景をきょろきょろと見渡している。どうも話を聞く風ではない様子だ。
「ま、人が集まるところは栄えるものってことね。何か気になるものあった?」
「あ、いえ。ただ、色々と面白いなって。」
気が付くと市場の中に居たみたいだ。すごい人だかりで、はぐれないようにレナの手を握る。
確かに、変なものばかり売っている。モチーフの分からない木像にドラゴンのうろこを謳う透明な板、まるで子供が書いたような絵。
「見て、レミ。ユニコーンの二本目の角だって。それじゃあ
「そういうのが居るんですか。」
「そんなの……まあ、いるかもね。」
言われてみたら別にすべての獣を知っているわけじゃない。どこかの魔女が作り出しているかもしれないし。
「まあ、でもなんにしてもユニコーンではないのは確か。うちのユニコの角とも似てないしね。」
レナはまたいろんなものを見始める。こんなもの、誰が買うのだろうというものが本当に多い。
「お嬢さんたち、旅人かい?」
と、レナがのぞいていた露天商の人が話しかけてきた。
「ええ、まあ。そんなところ。」
話しかけられて返さないのも気持ちが悪い。
「へぇ。ここの前はどこに?」
「ソコングロ。アフスエンは無くなっていてね。」
「へぇえ、遠いとこからお疲れさんだね。そんな時には、これ。」
露天商は小さな瓶を差し出してきた。
「こいつを飲めば長旅の疲れなんてひとっ跳びよ。どうだい?」
レナが小瓶を受け取ろうとするのを止める。
「大丈夫、いい宿とってるから。またよろしくね。」
そのままレナの手を引いて露店から離れる。後ろから舌打ちが聞こえてきた。
「まったく、離れたとたんってのはどうなのかしらね。」
「よかったんですか?」
「ま、どうせこんな所のものだと効果も薄いだろうし、私はそれほど疲れてないから。レミは疲れてない?」
レミは少しうつむいた後、こっちを見て苦笑いを浮かべた。どうも疲れているらしい。
「さ、そろそろ宿に向かいましょうか。」
「はい。」
私はレナの歩調に合わせて宿屋へ向かった。
*****
夜。レナとクルルと三人でご飯を食べて、宿屋の一室でゆっくりとしていた。クルルの選んだ宿だけあって、ご飯も美味しくベッドもふかふかだった。座っているラグも心地いい。
「うーん、こんないいとこに泊まれるなんて、用心棒稼業も悪くないわね。」
「ま、うちの力あってのことやけどな。」
確かに。実際、ここまで良い条件で雇ってくれる商人はそういない。
「それで、今日はどうだったの?」
「上々。まあ、そない難しい話やなかったしな。」
クルルはじゃらんと持っていた小袋の中身の音を立てる。あの中にはいったい何枚の金貨が入っているのだろうか。
「すごいもんね。」
「ま、言うてもこいつのほとんどは自由には使えんけどな。こいつ使ってもうたらもう商売やってられんからな。」
「どうしてですか?」
レナが話に入ってきた。
「んー、そやなあ。レミちゃんは魔女やろ?」
レナはこくりとうなづく。
「魔女やったら、魔力がないとなんもできへん。そうやろ?こいつはうちにとっての魔力で、商売はそれを使うた魔法みたいなもんやな。」
「口八丁使うところも似てるわね。」
「言うてくれるやんけ。」
まあ、しかしなるほど。何をするにしたって先立つものが必要になるというわけか。
「そういえば、レミちゃんって、何もんなんや?あのエレノラさんが人連れとるなんて思っとらんかったし。」
「私のことなんだと思ってるのよ。」
聞きたいような、聞きたくないような。
「んー、冗談の通じる仕事人ってとこやな。んで、なんか魔女のわりにどっか暗い。まあそこは変わったな。」
「暗いっていうのは心外だわ。」
まあ、前半は褒められている気がしたので良しとしよう。
ところで、レナがまた私の
「私、『
そういえば、そっちがあった。クルルは目を見開いた後、大きく笑った。
「いやー、おもろい冗談やなぁ、レミちゃんは。それやったらエレノラさんが連れてるのもよう分かるわ。」
私たちが真面目な顔で見ていると、クルルは笑うのを止めた。
「マジで言っとるんか?異世界人やって。」
「まあ、私もレミも確証があるわけではないけど。らしさはあるわね。尋常じゃない魔力に月の言葉。」
クルルは私とレナを交互に見る。
「そやけど、それやったら元の世界の記憶が……あ。」
さすがは凄腕の商人。少ない情報量から察する能力はすごい。そして即座に話題を変えた。
「そや、『月の言葉』ってどんなんなん?」
「えっと、どんなのと言われましても……こんなの?」
クルルがこっちを見てくる。つられるようにレナもこっちを見た。
「いや、私に聞かないでよ。」
クルルはレナの方に視線を戻した。
「いま、なんて言ったん?」
「えと、こんなのって。」
クルルはふんふんと何度か頷いた。
「なあ、挨拶とかはどんなのなん?」
「おはよう、こんにちは。さようなら、またね。」
「それで一つか?」
「あ、いえ。会った時の挨拶二つと、別れる時の二つです。」
クルルはぶつぶつとレナの言葉を復唱する。
「お、はよう、こにちは。さよなら、まあね。」
「あ、またね、です。」
「またね、か?」
レナはこくこくとうなづいた。
「なるほどなぁ。いや、こういうんは話のネタになんねん。ありがとな。」
「そういえば、この街にはいつまでいるの?」
ベッドに身を預けながら尋ねた。
「明日の昼下がりには出る予定やで。朝にちょっと仕入して、それからって感じやな。」
「明日!?」
がばっと起き上がって、灯りに向かう。
「てっきりニ、三日はいるものだと思ってた。それならもう寝ましょうよ。」
「まあ、確かにそうやな。灯りは頼んだわ。」
二人がベッドに入ったのを見て私は灯りを消した。
「お休み、また明日。」
暗闇から二人の返事が返ってきた。それを聞いて、私もベッドに入って眠りについた。
*****
翌日。私たちは町を出た。なんてことはない旅の一幕。見送るような人もいない。レナの方をちらりと見ると、目が合った。
「なんだか、変な気分です。誰ともお別れがないんですね。」
「寂しい?」
レナは首を振る。
「多分、嬉しいんだと思います。お別れの方が、寂しいですから。」
確かにそうかもしれない。私はレナの頭を撫でる。
寂しさにも慣れると言おうとして、やめた。それが良いことかは分からないから。
「お別れしたって、また会えばいいのよ。生きていればね。」
後ろから幌馬車に乗ったクルルがやってきた。もちろん、引くのはダッシーだ。
「お待っとうさん。エレノラさんはまた自前のんに乗ってくんか?」
私はにやりと笑った。そして、後ろ手に持っていた真綿の枕を取り出した。実は昨日買っておいたのだ。それを見て、クルルは小さくため息をついた。
「さよか。ほなら、はよ乗りぃな。」
さて、ソバルマの町までは、実は平坦な草原となっており、先のカクリダの町までの山道に比べれば正直揺れなんてないようなものだ。そんなわけで敷物はもはや必要なかったが、まあいいだろう。そうは言っても硬い木の椅子に座りっぱなしではやっぱり痛くはなるし。
「うちかて結構痛いんやで。」
クルルは振り向いてそう言うが、きっと私の方が痛かった。上の方が揺れる気がするし、なにより。
「あなたには自前のクッションがあるでしょ?立派な体毛が。」
クルルは高笑いをする。
「いや、エレノラさんのそういうとこ、うちは好きやで。普通依頼人にそない遠慮なく喋らんで。」
「私だって言う人は選ぶわよ。」
クルルは冗談を冗談として受け取ってくれるから、肩ひじを張らなくてもよくて助かる。本当にいい依頼人だ。だからこそ、仕事を失わないようにしっかりと護衛をしなくては。
「いい?レミ。こういう広い平原では、先に敵を見つけることが重要なの。見つけやすい場所だけど、隠れる場所がないのはこっちも同じだからね。」
レナがこくりとうなづくのを確認して、私は一面を見渡す。小動物がいくらかいるくらいで、他には何も見当たらない。一応
「ええやんええやん。今日はちと特殊なもんもあるから、よう見といてや。」
特殊なものというのが何かは気になったが、とはいえやることはそんなに変わらない。
「そっちはどう?レミ。」
「何も見当たりません。」
「草の間も?」
そう言うと、レナはまた周りを見渡して、こくりとうなづいた。
「いいわ。見るのも大事だけど、見ようと思って見るんじゃなくて、意識してなくても見ているっていうことが大事なのよ。」
レナは大まじめに聞いている。なんだか弟子ができた気分だ。
「しかし、なんか起きへんと雇うとる金がもったいない気がしてくるな。」
「そりゃないでしょ。」
「冗談冗談。まあ、とりあえず日が落ちるまでは休まず行こか。」
まだ夕焼けには早いが、すでに日は傾き出している。出発も遅かったし、そんなものだろう。振り向けば、カクリダの町はもう見えなくなっていた。
*****
夜。私たちは少し道から外れ、草原のど真ん中にキャンプを張った。ある程度周囲の草を刈って、焚火を起こす場所を作る。クルルの用意してくれた薪に火を起こそうとすると、レナがツンツンと突いてきた。
「どうしたの?」
レナは何も言わずに、杖を薪に向けて息を止めた。少しすると、薪はぱち、ぱちと鳴りだし、ついに火が起こった。
「どうですか?」
レナの頭を撫でる。
「うまいうまい。成長したわね。」
レナは心地よさそうな顔をしている。と、クルルがご飯を持ってきてくれた。
「何でもええけど、気は抜かんとってや。この時間が一番危ないやろ?」
「分かってるわよ。大丈夫。」
アマレットに夜目を持たせても限界があるので、こういうときは
クルルからご飯を受け取り、レナにも渡す。今日は魚の干物のようだ。うん、やっぱりクルルの選んだご飯は美味しい。
「これはな、ここいらから二十日ほどかかる港町で作られた干物やねんで。なんでも、干さな食われへんらしいわ。」
干してあるといっても、いつもの干し肉に比べれば柔らかくて食べやすい。何か特別な処理をしているんだろう。
「海の幸なんて久しぶりに食べるわね。最近はあまり大陸の端の方にも行ってなかったし。」
「私は初めて食べます。……たぶん。」
「おいしいか?」
レナはクルルに微笑みを返す。それを見てクルルも満足そうに笑った。
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