4-5 アカデミア ―目途―

 夜。お祝いでひとしきり騒いだ後に、私はレナと屋根の上でゆっくりしていた。空には相変わらず魔女がたくさん飛び交っていた。

 「それで、新しい名前の感想は?『白の魔女ラフダイヤモンド』」

 レナに尋ねると、少し唸った。

 「正直、まだ実感がわかないです。それに、白の魔女ってどういう意味なんですか?」

 そういえばロロに聞いていなかった。

 「多分……まだ何色にも染まっていないってことじゃない?これから何にでもなれるって。」

 実は、意味的には『ひよっ子ビギナー』と変わっていない気もする。まあ響きが全然違うか。

 「ねえ、レナはこれからどうなりたい?」

 レナはまたじっくりと考えて、こっちに笑いかけた。

 「エレノラと一緒に居れたらうれしいです。」

 そう言われると、やっぱりうれしい。

 「エレノラは、何をしたいんですか?」

 「私?そうね。とりあえずレナの記憶を探して、その後はどうしようかな。」

 正直に言うと何も考えていなかった。

 「まあ、またここに住むのも悪くないかも。一緒にね。」

 そう言って笑い返す。

 レナは嬉しそうに笑ってから、首をぷるぷると振った。

 「どうしたの?」

 「エレノラの旅の目的もありますよね。それも終わらせないと。」

 「ああ、そうね。」

 素で抜けていたことを指摘され、すこし動揺する。そこまで私はやる気を失っていたのだろうか。

 「大丈夫ですか?」

 顔に出てしまっていたようだ。心配をかけないように笑いかける。

 話すには、ちょうどいいかもしれない。


 私はレナに十年前のことを話すことにした。旅に出るきっかけを。

 「戦争の時、私がスカウトとして働いてたって話は言ったよね。」

 レナは口を挟まないようにしつつ頷いた。

 「終戦の日、もう十年もまえの話だけど、同じ戦場に私の妹もいたんだけど、そこで敵……というか魔女を見逃しちゃって。その結果、私の妹は戦死したの。師匠と一緒に、たったひとりの魔女、『最強』に。」

 「概念の魔女、ですか。」

 ぽつりと放たれた言葉に頷く。たぶん、『正義』の規格外ぶりを思い出してるのだろう。

 「その後、『最強』はその島の上にあるもの全部を吹き飛ばしたうえ、この星を二分する壁を造り上げて戦争を終わらせた。」

 それほどのことをしてしまうような魔女が来ていることを伝えても、たぶん影響はなかったとは思う。少なくとも、今の私はそう思う。

 「その後、エレノラはどうしたんですか?」

 「私?私は……よく覚えてないけど、気がついたら別の島にいた。そこでロロの世話を受けたってわけ。」

 「じゃあ。」

 レミの言いたいことは分かる。私みたいに、あの島から生き残った人はいるかもしれない。

 でも、妹は、レミーナは違う。あの子の死んでいるところを私は見たのだ。力なく、魔力の流れる様子さえない。完全に息絶えていたその姿を。

 「それで私は旅に出たの。『最強』を探し出して、打ち倒すために。」

 「仇討ち、ですか。」

 そう、だった。少なくとも、旅に出たときはそうするつもりだった。

 あるいは、本当は殺される気だったのかもしれない。勝てないと分かっている相手に挑んで、妹と同じ死に方を選びたかったのかも。

 「でも、いまはよく分からなくなっちゃった。マクレロは仇を討った時よりも弔いをした後の方がいい顔してたし。ほかにやるべきことがあるのかもって。」

 今は、ロロといてもあの時のことを思い出すことも少なくなった。

 それに、本当に死にに行くなら、レミを連れてなんていっちゃいけない。

 「だから私のことはとりあえず保留で。今はレミのことを片付けようかなってね。」

 少しぎこちなくなってるのは分かるけど、それでもレナに笑いかける。レナは、それでもどこか申し訳なさそうだった。

 

 少し間が開いた後、レナが尋ねてきた。

 「どうして、エレノラは私を気にかけてくれるんですか?」

 また考えさせられる話だ。正直、前にロロに言われたことはあるかもしれない。

 「……ちょっと言いにくいんだけど。少し、あなたに似ているの。妹が。それもあるかもしれない。」

 死んだ人に似てるって告げるのはちょっと気おくれしたけど、私のことをちゃんと話すって決めたんだ。幸い、レナは気にしていない様子だ。

 「レナは?どうしてそんなに私と一緒に居たいの?」

 聞いてみて、変なことを聞いてしまったと少し後悔し始めた。レナはきょとんとしている様子だ。

 「私、エレノラがいないと生きて行けません。」

 それって、どういうことだろう。なんとなく顔が熱くなる。

 「私は過去も生き方も知りませんから。エレノラがいないと、多分何もできません。」

 なんだ、そういうことか。

 「大丈夫。生き方なんて生きていれば分かるし、記憶もきっと取り戻せるわよ。……まあ、今は手掛かりなしなんだけどね。」

 言った後に空を仰ぎ見て、ため息を一つついた。

 「ねぇ、レナは本当に記憶を取り戻したい?」

 「どうしてですか?」

 またあの男が出てきた時のレナの感情を思い出す。

 「……時には思い出さない方がいいことだってあるものよ。それに、唯一の手掛かりにも、正直レナにとっていい人とは思えないし。」

 レナはうつむいた。

 「それでも、私は私を知りたいです。」

 「そう。」

 レナの頭を優しくなでる。自分のルーツを知らないこの子にとって、過去はどうしても手に入れたいものなのかもしれない。

 なくしたものが取り戻せるのかもしれないなら、必死にもなる。

 「まあ、どのみち手がかりがないと動けないんだけどね。ねぇ、どのあたりにいたか全く覚えていないの?」

 ダメ元で聞いてみてるんだけど、でもあの男との記憶はレナの中にあったんだ。何かの拍子で思い出すということもあるかもしれない。レナの方を見ると真上を見て口をぽかんと開けている。どうしたんだろうか。

 「砂漠のオアシス。誰も寄り付かない、大きな湖。」

 ふとレナがつぶやいた。頬に水が伝っている。前に見た、例のうつろな瞳から出る体液。

 肩を揺すると、また目に光が戻ってくる。

 「思い出したの?」

 レナは気を取り戻したかのようにこっちを見た。

 「えっと、そう、かもしれません。急に思い浮かびました。」

 湖のある砂漠といえば、ラクシエク砂漠だろう。どうやら目的地ができてしまったようだ。

 「それじゃあ、次の目的地は砂漠ね。ロロたちに伝えて、準備ができたら行きましょう。」

 「はい。」

 立ち上がって、レナに手を差し出す。レナは手を掴んで、立ち上がった。


 *****


 二日後。旅立ちの朝。私とレナは、ロロとアミーと最後の朝食をとり、玄関先で最後の挨拶をしていた。

 「寂しくなるわね。」

 ロロがぽつりとつぶやいた。

 「今生の分かれってわけじゃないんだから。また帰ってくるわよ。」

 「言ったわね。絶対よ。」

 ロロが指を向けてくる。

 「約束。私が破ったことある?」

 「あるわ。一度だけだけど。」

 気まずい沈黙が流れる。その沈黙を破ったのはレナだった。

 「あの、どんな約束だったんですか?」

 「……ごめんなさい。また今度話すから。絶対。」

 そう言うとレナも察したようだ。話せば暗い気持ちになってしまう。いまは、笑って別れたい。

 「せめて、噂だけでもこっちに届くようにしてね。」

 そんなことは保証できない。それに本人が流したらそれは噂とは呼べないんじゃないだろうか。

 「ま、善処するわ。」

 ともあれ、別れの挨拶にロロを抱きしめる。そしてアミーにも。

 「エレノラさんに名前を付けてもらって、本当にうれしかったです。たとえ、元の名前が気に入っていたとしても、多分同じ気持ちです。」

 流石にここまで言われると照れるな。

 「ありがと。まあいろいろと世話になったし、恩返しになって良かった。アミーも元気でね。」

 そしてレナにも挨拶を促す。レナも順番に抱きしめた。

 「レミちゃん、おいしいご飯用意して待ってるからね。」

 「今度は、文句のつけようのない勝ち方するから。」

 まあ、仲良くやれたみたいで良かった。そんな感じで私たちは笑って別れた。


 この街で得たものは、きっとレナにとっていいものだと信じている。喧嘩もしてしまったけど、また仲良くなれたし結果オーライだろう。


*****


 街を離れて四日後、私たちはまた山を越えていた。

 「エレノラ、どこまで続くんですか?」

 「もうちょっとよ。そしたら、街が見えるはずだから。」

 そうして木々が開けて見えてきたのは、完全な荒れ野だった。街がある様子は全くない。それどころか、街があった痕跡すらない。一本の草さえも無い。

 思わずレナの手を握ったままその荒れ野まで走って行く。

 「え、エレノラ、待ってください。」

 走りついた先は、当たり前だけど、やはり荒野だった。

 けど、確かにここには街があったはずなのだ。だって私が魔法都市を出て最初に来た街で。

 「『彼女の居たところはすぐにわかる』。」

 自然と口から出た伝説。

 体が震えるのを感じる。

 でもなんで震えているのかは分からない。

 分かることは、ただ一つ。

 「ここにいたんだ。『最強』が。」

 「エレノラ……?」

 レナの握る手がギュッとなった。


 私たちの旅は続く。それぞれの目的を果たすために。

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