4-4 アカデミア ―演習―

 そんなわけで当日。私たち四人は中庭の演習場に集合していた。普段は大掛かりな魔術や魔法を試すための場所だが、時々こうやって魔女同士で演習試合をすることもある。

 演習場の入り口には、魔法陣と杖が二つずつあった。

 ロロの指示に従って、魔法陣にレナとアミーが立つ。レナはいつも通り、ローブに身の丈ほどもある杖。アミーの方は動きやすそうな、ピシッとした服に上腕ほどの長さしかない杖を持っていた。

 「それじゃあ、相手の魔法陣を発動させるのよ。レミちゃんは自分の杖を使えばいいけれど、アミーはそこの杖を使ってね。」

 アミーは言われるとすぐに杖を取ってレナの足元の魔法陣を付く。すると、レナの体がほんのりと赤く光り出した。

 「その光は一定以上の強度の魔力的な攻撃に反応して強烈に輝くから、それが勝敗の合図になるのよ。あと、ある程度の魔力防壁にもなるから、ケガとか気にしないで、じゃんじゃんやっちゃうのよ。」

 レミは光に驚いているようにも、何をすればいいか分からないというようにも見える。

 そういえばレナにとって魔術を発動させるのはこれが初めてになるのだろう。

 「次はレミの番。杖に魔力を込めながら、書いてある魔法陣を突くのよ。」

 アドバイスしてあげると、レナは意を決したように思い切り強く自前の杖で突いた。乾いた音が響く。と同時にアミーの体も青く光り出した。

 「発光とほぼ同時に魔力障壁も消えちゃうから、光が出たら魔法も魔術もそこで止めること。残ってるのなら大体うやむやになっちゃうから安心してね。」

 うやむやにって何だろう。まあ、それほど強烈な光が出るってことなのかもしれない。

 「さあ、それじゃあ、お二人様、ご入場~。」

 「頑張ってね、レミ。」

 演習場に向かうレミに声をかけると、杖をぐっと握って微笑みを返してくれた。緊張はしていなさそうだ。


 *****


 私とロロは演習場の端、芝生の上に座った。ちなみに演習場は、端以外は固くならされた土になっている。

 レミとアミーが演習場の中央に立つと、ロロは歌を歌い出した。その歌が響くうちに土と芝生の境界から淡い光が立ち上がっていく。やがてその光の壁は周りの建物よりも高くそびえたった。

 「これで周りの心配もしないでいいわよん。でも、この壁を越えたら反則負けねぇ。」

 少し大きな声でロロがそう言うと、中央の二人がこくりと頷いた。

 「それじゃあ始めるわよ~。レディ、ゴ~。」

 突き上げられた拳と共に出た、なんだか気の抜ける号令で、演習試合は始まった。


 「想いを、現実にsodic qocogito思考を、刻み込めfadic vacogito!」

 はじめに動いたのはアミーだった。短い杖を顔の前で構えたまま詠唱をすると、演習場いっぱいの大きさの魔法陣が地面に刻まれ始めた。

 「魔法陣魔法?手の混むことするんだ。」

 「驚いた?」

 隣のロロが聞いてきた。

 「驚くっていうか、うーん。」

 確かに魔法陣魔法を使うとは思っていなかった。

 魔方陣魔法は端的に言って魔方陣を書く魔法だ。動かずに大きな陣をかけるというメリットはあるものの、魔法陣作成と魔術発動のどちらでも魔力が必要となって、あまり効率が良くない。それに、魔方陣に対する対策は昨日教えたばかりだ。

 「姿。」

 レナが唱えると、魔法陣の刻まれていた地面にどんどん亀裂が入り、地割れが起きる。

 レナとアミーは揺れる地面の上で姿勢を低く取って安定を図っていた。特に怪我とかは指定なさそう。

 でも、これで地面に刻まれた陣は崩れただろう。

 「すんごい規模。良かったわぁ、念のため地面の中までバリア張っておいてぇ。」

 「ほら、魔法陣なんて発動される前に壊せば――。」

 したり顔で解説しようとしたらロロがニヤニヤしている。

 「もっとちゃんと見てみたらぁ?」

 視線を戻すと、書きかけの魔法陣が宙に浮いている。地面に刻まれていたわけでは無かったのか?

 「魔力を魔法陣に変えてたの?」

 「そゆこと。驚いた?」

 「正直、少し。なかなか凄いね。」

 魔法陣は魔力の通り道を示しているだけだ。つまり、魔法陣がなくとも魔力が魔法陣の形に流れれば、魔術は発動する。そして、流れている魔力を止めるのは難しい。魔法としては発動済みだから、アミーの集中を散らしても、きっと効果はないだろう。若くとも『人』なればこのくらいの工夫は当然ということか。ただ、その分魔力消費も大きいだろう。

 「さあ、もうすぐ完成ね。」

 レナも魔法陣が崩れていないことに気付いたようだ。慌てるように詠唱を始めた。

 「。」

 レナの詠唱が終わるや否や魔法陣が輝き出した。完成したんだ。

 そしてアミーが杖を振りおろしながら声を張り上げる。

 「サンダーレイン!」

 その声と同時に魔方陣が赤く輝き、雷が陣の中に向かって何重にも降り注ぐ。一撃勝負のセオリー通り、初撃必殺といった規模だ。

 雷の勢いですさまじく土煙が舞うが、しかしながら、赤い発光は見えない。

 「何も見えないけど、レミは無事みたいね。」

 「さぁ、どんな風に守ったのかしらん。」

 煙の中見えてきたのは、小さな土のドームだった。

 私と戦った時に私が作りきれなかった奴だ。悔しいけど、単純な魔法ならやっぱりレナの方が早くてすごい。

 「どうしたの?」

 顔に出ていたのか、ロロが聞いてきた。とりあえず何でもないと言ってごまかす。


 煙が完全に消えても、土のドームもアミーも動く気配がない。

 「それにしても、いつまであの中に居るつもりなんだろ。」

 「魔法陣の対策を練っているとか?」

 そうだとしたら悪手だろう。魔術師相手に時間をとるということは、その分魔法陣を書いてくださいと言っているようなものだ。小さな魔法でもいいから牽制をすべきところだけど。

 アミーもそう考えたのか、杖を構え口を開いた。その時だった。

 土のドームにぽっかりと穴が開く。と思ったら、そこから光の柱が飛んできた。

 アミーはすんでのところでしゃがんでうまく避けた。ドームの方を見ると、すでに穴は塞がっている。

 なるほど、攻撃の瞬間だけ防御を解くやり方か。

 「身を守りながら攻撃とは、レミもなかなかうまいわね。」

 「シャルならどう攻めるの?」

 名前を訂正しようとして、やめた。もうあきらめよう。

 「私にはもぐ……ソバディゴがいるから、土の障壁は簡単に崩せる。それ以外なら、まあ、穴が開いたところにカウンターとか?」

 言っている間にもドームから光の柱が何本も飛んでいく。アミーはそのすべてを飛んだりしゃがんだり、うまいこと避けていた。

 「案外運動もできるんだ。」

 「言ったでしょ?何でもこなす自慢の弟子だって。」

 確かに言っていた。けど、正直見た目からあまり外に出なさそうというか、運動はダメってタイプだと思っていた。ちなみに、ロロは運動が駄目なタイプだ。

 アミーは避けながらも防戦一方となるのを避けようとするように詠唱を始める。

 「必要なのはfamov三つのtriー魔術vanumo二つはdino odi足にmiosomovamo一つはunno odi地面にsolemeno!」

 詠唱を終えると、言葉通り三つの魔法陣が描かれ始めた。

 足には小さな魔法陣が二つ。それが完成したところでアミーはふわりと浮き上がった。

 しかし、浮かび上がったアミーに対しても、ドームはうまくのぞき穴を動かし、捕捉をして光の柱を飛ばしている。アミーはそれを、空を蹴るようにして飛ぶ方向を変えて避けて行った。

 そうしている間に、さっきの詠唱のもう一つの効果だろう、地面に描かれていた魔法陣が出来上がっていく。

 「さあ、穴倉から出なさい。グランクエイク!」

 魔法陣は完成と同時に強いマグマのような輝きを放つ。そして、ガタガタだった地面がドロドロのスープになった。

 レナを囲んでいた障壁も同じように溶け、すでに膝下の辺りまで土のスープに浸かっていた。

 「あれは飛ばないと出られなさそうねぇ。」

 とはいっても、レナの場合、飛ぶといえば空中停止か真上に羽ばたくかのどちらかだけだった。アミーもそれを知ってか、すでに魔法陣をレナの直上に準備している。飛んで無防備になったところを狙う算段だろう。

 と、レナが動いた。足がとられている中、助走をするようなポーズをとる。

 「。」

 そして、魔法陣から雷が落ちると同時に飛び上がった。というより、跳びあがった。まるで階段を駆け上がるかのように空を駆け上がっていく。そしてそのまま二階ぐらいの高さで、まるで踊り場で立ち止まるように空中で立ち止まった。

 「あれ、レミちゃんって、飛べたの?」

 「私も初めて見たわ。」

 あの飛び方は、飛ぶ前の構えといいなんとなくサイカを思い出す。


 さて、中空でにらみ合う二人のうち、アミーの方はなかなかに息が上がっているようだ。高出力な魔術が多かったので、魔術が切れかかっているのかもしれない。ロロに尋ねてみるが、ロロもよく分かっていなさそうだ。

 「でも、あれだけ大きな魔術をいくつも打ってたら、普通ならそろそろ危ないところよねぇ。」

 「軽いわね。アミーは自分の魔力量は把握しているの?」

 「どうかしらねぇ。ほかの子との演習だと、大体一発かその次で終わってたし。でも大丈夫よ。あの子の『とっておき』はもう一つあるから。」

 アミーの方を見ると、飛びながらまた何か詠唱を始めている。そして、小さな魔法陣が大量に空に刻まれた。

 魔法陣は完成しているように見えるが、一つも発動しない。

 アミーは元通りに整地された地面に降り、レナの様子をうかがっている様子だ。

 「どういうこと?魔力は込めてあるんだよね?」

 「あれがもう一つの『とっておき』。まあ見ていなさいよ。」

 魔術が発動しないのを見て、レナも動き出した。

 「!」

 しかし、詠唱と同時に漏れ出た青い光が近くの魔方陣に触れると、その魔方陣が爆発した。

 間一髪のところでレナは真上に跳んで避けたけど、魔法の照準がずれてあらぬ方向に火球がとんでいった。

 「どういうこと?」

 「あの魔法陣は、たぶん魔力に反応して発動するタイプみたいねぇ。他にも、時間差で発動するのとか、衝撃で発動とか、あの子の魔法陣は色々あるの。」

 なるほど対魔女用の即席の罠を作れるということ。それがアミーが『人』たる理由か。

 「魔力って、どれくらいの感度で反応するの?」

 「前に見たものだと、魔女がふれても発動していたわねぇ。」

 もう一度レナの周りを見てみる。道を塞ぐように小さな魔方陣がいくつもあって、風に乗っているようにふよふよと動いている。。

 あの密度だと、アミーに近づくのは簡単ではなさそうだ。そしてアミーの方を見ると、常にレナとの直線上には魔法陣が来るように動かしている。アミーに向かって魔法を放てば、魔法陣が発動するという算段だろう。かといってぐずぐずしていると、アミーの魔力も回復する。そうして今度は動きが制限されたレナを今度こそ打ち倒せばいいと。なかなか頭がいい。

 残っていた魔力の問題か、逆側は薄くはなっているけど、たとえそちらにレナが動けば魔方陣の配置を変えて対応してくるだろう。

 レナはしばらく周囲の様子を伺っているようだったが、怯むことなくすぐに詠唱を始め、同時に魔法陣に突っ込んだ。

 「!」

 そして、爆発音と同時に強い閃光が放たれた。視界が真っ白になって、目がくらむ。目が見えない中、聞こえるのは連鎖するような爆発音だけだ。おそらく魔法陣が連鎖で発動しているのだろう。

 「どうなったの?レミが負けたの?」

 「違うわ。多分、レミちゃんの魔法。色が違ったもの。」

 しかし、なんにせよ隙はできたはずだ。

 視力が戻ってきて、目に入ったのはアミーの横側で構えたレナの姿。

 閃光の前に突っ込んできたレミに反応してか魔方陣はアミーの前方に集中している。閃光に反応してか連鎖爆発しているが、肝心のアミーはようやくレナの居場所に気付いたところらしい。

 魔方陣の爆発の音が段々とレナの方に近づいていく中、

 「!」

 レナがアミーに向かって雷を打ち込む。

 雷がアミーにぶつかると同時に、こんどは紫色に視界が染まった。


 って、紫色?


 *****


 次に目に入ったのは、雲一つない、魔法陣もない青空と、呆然と立ち尽くすレナとアミーだった。どちらの体ももう光ってはいない。ロロの方を見ると、苦笑いを浮かべていた。

 「これって……。」

 「引き分け、みたいねぇ。」

 どうも止まない爆発が、ぎりぎりでレナにまで届いたらしい。

 「じゃあ、どうする?」

 と、レナとアミーがこっちに向かってきた。

 「私の勝ちです。私の魔術の方が発動が速かったわけですし。」

 「そんな、偶然です。私の魔法は狙い通りでした。」

 「私だって、狙い通りだった!」

 「ほんとに?」

 レナがまじまじとアミーの方を見ると、アミーは言葉に詰まった。

 「と、とにかく、私の勝ちです。ね、師匠?」

 「エレノラは私の勝ちだと思いますよね?」

 二人がこっちに詰め寄ってくる。

 言い出しっぺもルールを決めたのもロロなわけだし、ここはロロに決めてもらおう。

 私もロロの方を見ると、ロロは小さくため息をついた。

 「もう、しょうがないわねぇ。二人とも、頑張ってたしねぇ。二人とも勝ちってことにしましょう。」

 「と、いうことは?」

 ロロが私の肩をたたく。

 「あっちで話し合いましょうか。二人の、新しい名前を。」

 二人の顔が明るくなる。まあ、それが一番おさまりがいいか。私もアミーのことはすごいと思ったし。


 *****


 アミーとレナには中庭の整地を任せて、その間、私とロロは入口の辺りで二人の二つ名ウィッチネームについて話し合った。

 「それで、どういう名前にするつもり?」

 「ねぇ、思ったんだけど、レミちゃんにアミーの名前を継いでもらうっていうのはどうかしらん?」

 こいつは本気で言っているのだろうか。思わずじぃっと見てしまう。

 「じょ、冗談よぉ。半分。」

 「もう半分は本気だってことでしょ。」

 「シャルはどんなのにするの?」

 考えていた名前をロロに伝える。

 「ふぅん、いいじゃないの。アミーにぴったりね。」

 言いながらもロロは少し不満そうだ。やっぱり、本当は二つ名を変えられたくないんだろうな。

 「で、ロロは?名付け師としての腕を見せてほしいところだけど。」

 「そうねぇ。……良きライバルアンラル・オットっていうのはどうかしら。魔法少女マジカルガールのライバルなんだけど、時々ちょっと抜けてるところがあって、そこがまた可愛いのよねぇ。」

 「ねぇ。」

 睨みつけると、少し大げさに体を震わせた。

 「冗談冗談。こういうのは?」

 ロロが名前を告げる。うん、悪くない。

 「じゃあそれでお願い。戻って名付けてあげましょ。」

 中庭の二人の元に戻ると、さっきまで地割れを起こしたり融けたりしていたのがウソのように綺麗になっていた。

 「さあ、始めましょうか。レミちゃん、こっちに来てね。」

 レナがとことことロロの方に歩いていく。ロロは目の前に来たレナの頭の上に手を置いた。

 「それじゃあアミーはこっちに。」

 「よろしくお願いします。」

 アミーはこっちに来てお辞儀をする。礼儀正しい子だ。アミーの頭の上に手を置く。

 ロロと目配せをして、アミーに魔力を込める。レナも独特の光を放ち始めた。同時に呪文を唱え始める。

 「我らがしもべにして大いなる母たる魔素よ。今ここに『円卓の管理者バトレスオブラウンド』の名において宣言す。我が認めし者のこうべに両の手を置きぬ。この者の新たな生まれを受け入れたまえ。」

 そして一呼吸おいて、私から先にアミーに告げる。

 「その名、『魔術遣いマギクラフタ』を言祝ぎたまえよ。」

 そして、ロロの方を見る。今度はそちらの番。

 「その名、『白の魔女ラフダイヤモンド』を言祝ぎたまえよ。」

 これで、名付けの儀式は終わった。

 二人を魔力を読めば、ちゃんと新しい名前に変わっている。

 「ありがとうございます。光栄です。」

 「あ、ありがとうございます。」

 アミーがお辞儀をし、レナもそれを真似るようにロロにお辞儀した。

 私とロロは、すこしはにかんで返礼をする。

 「さあ、今日はふたりとも疲れたでしょう?今日はもう帰って私の家でお祝いにしましょう。」

 そうして私たちは演習場を後にした。ロロはレナとアミーを先に帰して、私に買い物に付き合うように言ってきた。

 まあ、それくらいならたやすい御用だ。わたしも二人のお祝いの席を準備しようじゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る