4-3 アカデミア ―雑談―

 夜。家に帰った私たちは、ロロが夕食を作っている間ダイニングで話をしていた。今日はアミーも一緒だ。

 「師匠が不正を働かないように見張る必要がありますので。」

 「ちょっとぉ、私はそんなことしないわよぉ。」

 「どうですかね。私が勝てば、私の名前は変わらないわけですし。」

 ロロは料理の手を止めて、あごに手を当てる。

 「なるほど……。ねぇ、レミちゃん。ちょっとあっちでお話ししましょう。」

 「し~しょ~お~。」

 アミーが立ち上がってロロをにらんだ。

 「冗談よぉ。やぁねぇ。」

 退散するように料理に戻った。何でもいいが、おなかがすいてきた。

 「ロロー、今日のご飯は?」

 「野菜炒めにお芋のスープ。お腹すいたの?」

 「まあ、ちょっとね。」

 フライパンを出して野菜を炒め出した。どうやらもうすぐできそうだ。

 アミーとレミの方を見れば二人で話をしているようだ。なんだかんだ仲良くなってるようでよかったよかった。

 「そういえば、言葉が話せるようになるってどんな感じなの?」

 「うーん、霧が晴れる感じと言いますか、つっかえが取れる感じと言いますか。」

 話し方がなんとなく気になって、じぃっとレナを見つめる。

 「どうしました?」

 「レミって、アミーにも敬語なんだ。」

 「この方が話しやすかったんですけど……変ですか?」

 レナが上目遣いで見てくる。なんかちょっと照れちゃって目を逸らしてしまう。

 「変じゃないけど、友達って感じじゃないよね。」

 「当然です。友達ではありませんから。」

 アミーが鼻を鳴らしながら言う。

 「私たち……友達じゃないんですか?」

 今度はアミーの方を見つめるレナ。と、アミーも苦虫をかみつぶしたような顔になった。

 やっぱりあの縋りつくような目は反則だ。うん。

 「もぅ、アミーったら意地張っちゃって。かわいいんだから。」

 ロロが料理を運んできた。すかさずアミーがスープを人数分に分ける。

 「子供扱いはしないでください。」

 野菜炒めも大皿によそったところでロロが座り、みんなで一斉に食べ始めた。


 食事もあと少しという所で、そろそろレナに気になっていたことを質問をする。

 「それで、初めてのアカデミアはどうだった?」

 「あ、はい。昔の話を色々聞きました。大陸の話とか、戦争のこととか。」

 「へぇ、十年前の?結構最近のことやっていたのねぇ。」

 「ロロさんは、その頃は何をしていたんですか?」

 「基本的に後方支援ってところねぇ。私はそっち系の魔法の方が得意だったから。」

 レナがこっちを見る前に、さっさと食べ終わって食器を片付ける。

 「あの、エレノラは。」

 「あの子はスカウト。召喚獣サモニー使って偵察したり。結構重用されたらしいわよん。」

 代わりにロロが答えてくれた。

 席に戻るとロロが何か言いたげな顔で見てくる。確かに、レナに自分のことを話すと言ったそばでこれなんだから、呆れられるのもしょうがないだろう。

 「エレノラにぴったりですね。ソバディゴとか。」

 ここで土竜ソバディゴを出してくるとは、ちょっと耳が痛い。

 「そうは言うけど。最前線に小数人で挑むんだから危険もひとしおだし。それに。」

 言葉がのどに詰まった。ロロが心配そうに見てくる。大丈夫。

 「どうしました?」

 「それに、敵を見逃しちゃったら全滅もあり得るんだから、責任重大だった。」

 「それでレナちゃん、他にはどんなことを聞いたの?」

 ロロが話を変えてくれた。やっぱり持つべき者は親友だ。

 「えっと、魔術の話を色々と。正直よく分からなかったんですけど。」

 レナは恥ずかしそうに頭をかいた。あのジジイ師匠の見立ては正しかった訳だ。

 そんな感じで夜は更けていった。 


 *****


 翌日、やることをやって肩の荷が下りた私は、正直暇をしていた。家でダラダラしててもロロに何を言われるかわかったもんじゃないし、例の男の情報もないからこの街を出てもしょうがない。

 そもそも何があっても明日が終わるまではこの街を離れられない。

 そんなわけで、今日もレナをアカデミアに送ってから中をブラブラしていた。まあレナもいないし、久しぶりに知り合いに挨拶をするのもいいだろう。


 と、いうわけで知り合いの研究室前。ドアをノックする。前にノックしないで入ったら爆発に巻き込まれたことがあるから、用心のためだ。

 「どうぞー。」

 男の声が響いてきた。今日は大丈夫のようだ。中に入ると、ほかで見たことのないような白いローブを身にまとい、目が見えないほどの長髪を蓄えた男が、なにかの金属をガラス瓶の中の液体につけて何かしていた。その奥ではメイド姿の小柄な女性が箒で掃除をしているようだった。

 「何してるの?」

 「おや、その声は。久しいですね。」

 「あ、お久しぶりです。『円卓の管理者バトレスオブラウンド』さん。」

 「二人とも久しぶり。」

 『現実複製者リアルクラフタ』と『働き小人レプラコーン』に挨拶を返す。二人とも変わりがないようだ。『現実複製者リアルクラフタ』は兄弟弟子、『働き小人レプラコーン』はその弟子で、前から時々話す仲ではある。

 特に『現実複製者リアルクラフタ』は訳の分からないことばかりやっているので、見ていて飽きないのだ。

 挨拶もそこそこに、『現実複製者リアルクラフタ』に質問を繰り返す。

 「それで、今日は何をしているの?」

 「ああ、雷を作ろうと思いましてね。これをこの液体に付けると、弱い雷が、でます。」

 そう言うが、金属板から泡が出るだけでどこをどう見ても雷が出てるようには見えない。

 「それは、新発見?」

 「いえ、文献で読んだやり方です。それに、正確には起きているのは雷とは違うでしょう。空に金属板が浮いているとは思えませんし。」

 「じゃあなんでそんなことしてるの?」

 『現実複製者リアルクラフタ』が顔をあげる。が、またガラス瓶に目を戻す。

 「なぜ雷が出るのか、それを知ることが魔法においても大事なのです。金属板は浮いていなくとも、目に見えない微細な粉末が浮いているのかもしれません。」

 そんなものなのかね。


 適当に椅子を取ってきて座ると、『働き小人レプラコーン』の淹れてくれたお茶をすする。うん、ちょっと変わった味だけどおいしい。

 『現実複製者リアルクラフタ』も研究の手を止めてお茶に付き合ってくれる。見た目のわりに付き合いがいいのだ。

 「それで、今日はどうしたのですか?」

 「いや、別にどうしたって訳じゃないけど。近くに来たから、たまには弟弟子の様子でも見ようかなと思って。」

 「あなたの口からそんな殊勝な言葉が出るとは。歳月は人を変えますね。」

 嫌みな口は相変わらずだ。雑談になるとすぐこれだ。

 「すみません、いつもお師匠の口が悪くて。ほら、お師匠も。」

 「いいのいいの。照れ隠しみたいなもんでしょ。」

 指摘すると分かりやすくふてくされる。子どもか。

 どうも分が悪いと思ったのか話を変えてくる。

 「それで、旅の方は順調ですか。」

 「……どうかな。難しいところだけど。」

 こんどはこっちが曖昧に答える番。

 こいつは事情を知ってるうえにズバッと聞いてくるからな。


 私の追う『最強』は、『現実複製者リアルクラフタ』にとっても妹弟子レミーナやお師匠の仇になる。でも、私と違ってすぐに割り切っていた。

 「私にとって彼女たちの死は知らされたものでしかありませんから。あなたと感じ方が違うのも仕方がないでしょう。」

 そう言って、旅に出る私を止めもせず、助けもしないでただ見送った。その態度が、なおさらわたしを意固地にさせていたようにも思う。

 あの時は苛立ちもしたけど、今だとこいつの言うことも、考えもちょっと分かる気がする。

 あの場で持った感情は、あそこから離れるほどに薄くなっていくのかもしれない。距離だけじゃなく、時間的にも。


 お茶うけをつまんで、もうちょっと詳しい話をしようと思った。今の私を見て、どう思うのかが気になったのだ。

 「『最強』の手がかりはほとんどないし、私自身、十年前ほどの感情を持ってる訳でもない。あなたのこと冷血とか言ってたけど、あまり変わらないのかもね。」

 自嘲気味につぶやくと、『現実複製者リアルクラフタ』は静かにお茶を口にする。

 「十年というのは、それほどに長いのだと思います。我々魔女にとっても。」

 「……そうね。この子も大きくなるくらいにはね。」

 『働き小人レプラコーン』を見ながら言うと、彼女は首をぶんぶんと振った。

 「いやいや、前にあった時とそう変わってないですからね!?」

 そしてなんだかへこんでいた。まあ大きくなったといったけど、サイズ的には小さいかも。

 気を取り直して『現実複製者リアルクラフタ』が咳払いをする。

 「最近、大婆様が召喚士サモナーの師になるものがいないと嘆いておいででしたよ。」

 戻ってくるなら席はあるという話か。言外に諦めろと言われている気になる。たぶん、半分正解で、もう半分は慰めに近いのかもしれない。

 私の方も、半分癖で鼻を鳴らす。

 「召喚士サモナーならアカデミアにもいたでしょ。ほら、『風見鶏』だっけ。流石にもう名前も変わって一人前って感じじゃないの。」

 他人の名前を覚えるのが苦手な『現実複製者リアルクラフタ』には案の定伝わらなかったが、『働き小人レプラコーン』がフォローしてくれる。

 「あの方はまだ改名もされていませんけど……。」

 あ、その一言で察した。

 「まあなんにしても私にはまだやることがあるから。『最強』を諦めるにしても、ここに戻るには早いかな。」

 言い終わると同時にドアが開かれ、レナが入ってきた。

 『現実複製者リアルクラフタ』は訝しむようにレナのことを見ていたが、私がレナに声をかけると少し驚いていた。

 「本当に変わりましたね。……いや、もしかしたら本当は変わっていないのかも。」

 「何か言った?」

 「いえ。そちらの方は?」

 聞かれた所で二人に紹介をする。

 「新米の魔女で、私の旅の相方。レミって呼んであげて。レミ、こっちは『現実複製者リアルクラフタ』で、あそこでお茶をくんでるのが彼の弟子の『働き小人レプラコーン』。古い知り合いなの。」

 レナがぺこりと頭を下げている間に、レナの分のお茶が注がれていた。手際がいいな。


 太陽がてっぺんまで登ると、アカデミアの鐘が鳴る。お昼の合図だ。

 再び『働き小人レプラコーン』も椅子について、四人でお茶を飲みながら机を囲む。

 なんとなく言いよどんでいると、『現実複製者リアルクラフタ』が会話の口火を切った。

 「それで、お二人はどういうお知り合いなんですか?」

 口を開きかけたレナを慌てて止める。

 「ほ、ほら。アレは秘密だって。」

 私が召喚獣サモニーになったことは漏らさないようにしないと。レナもこくこく頷いて一安心。

 「どうしましたか?」

 「い、いやなんでもないから。どういう知り合いって……ただ旅の途中で知り合って、行く当てのない旅人同士だから一緒に来てるだけで。」

 「そうですか。聞いた話だと召喚獣サモナーになったということでしたが。」

 ごまかしに飲もうとしたお茶が変な所に入ってむせる。

 「そ、そんな根も葉もない噂いったいどこから。」

 「ほら、あなたのお友達の。」

 ロロか……。

 「それで、実際のところ――」

 「あ、あの!『現実複製者リアルクラフタ』さんは魔法使い、なんですか?」

 優しくもレナが話を逸らそうとしてくれる。でも、正直それは聞かれたくないってことを言ってるのと同じな訳で……まあいいか。

 『現実複製者リアルクラフタ』はそれで察したか、素直にレナの話題に乗った。

 「ええ、その通りです。とは言っても、それほど魔法は使いませんが。もっぱらこうして研究を。」

 「研究?なんの――」

 「さて、そろそろお暇しようかしら。」

 今度はレナが地雷を踏みかけたので、急いでお茶を飲み干して帰ろうとする。

 「あら、もういいんですか?お茶のお替りは?」

 『働き小人レプラコーン』はティーポットを持ち上げる。

 「大丈夫大丈夫。そろそろお昼食べないと、でしょ?それに、明日の準備しないと。ね。」

 レナの手を引いて席を立たせる。

 「まあ、あなた達の変わらない姿が見られてよかったわ。また会いましょう。」

 「そうですね。それでは、またいずれ。」

 二人に別れを告げて、部屋を出た。


 部屋から出ると、レナは心配そうな目でこっちを見ていた。

 「あの、私変なことを聞こうとしましたか?」

 「そうね。ちょっと危なかったわね。」

 れながおろおろし出したので、安心させるため笑って頭をポンと撫でる。

 「研究のことなんか聞いちゃったら、日が暮れるまで話を聞く羽目になるところだったんだから。」

 「じゃあ別に嫌な話とかでは。」

 「ないない。むしろ、きっと嬉々として話してくれたわよ。」

 その代り、こっちはげんなりするところだったろうけれど。ともあれ、レナもにっこり笑顔に戻った。良かった良かった。

 「さあ、それじゃあご飯にしましょう。午後はどうするの?」

 「午後は見習いの人たちは魔力の扱い方について学ぶそうなので、私は自由時間です。」

 「それじゃあ、明日に向けて特訓しましょうか。」

 にっこりと笑って、まずはレナをお昼の買い出しに連れて行く。


 *****


 夜。特訓の後ロロの家でゆっくりしていると、今日もアミーが家に来た。

 「いらっしゃい、アミー。」

 「あら、それ私のセリフよん。今日はちょっと遅かったのね。」

 「ええ、まあ、ちょっと。」

 少し疲れた様子だ。どうもこっちも明日に向けた準備をしていたようだ。

 「ちょうどご飯出来てるわよ。みんなで食べましょう。」

 そんなわけで四人で食卓を囲む。ちょっと前までは一人で取ることが多かったのに、最近大人数でっていうのが多くなってきた。まあ、誰かと旅をするというのはそういうものか。

 「それで、明日はどうやって勝負するの?まさか死ぬまでってわけにもいかないでしょ?」

 「当たり前でしょう。可愛い弟子にケガさせるようなことさせるわけないじゃない。」

 レナに初めて会った日のことを思い出す。よく考えたら、結構無茶なことをしたものだ。

 「じゃあ、どうするの?」

 「実はね、ちょうど良い魔術が最近開発されたのよ。こういう演習試合にぴったりの。」

 「ああ、やっぱりあれですか。」

 アミーは知った風だ。

 「ちょっと、アミーだけ知ってるならレミに不利じゃないの?」

 「大丈夫よぉ。安全になったってだけで、やることはそんなに変わらないから。相手にケガさせるくらいの魔法か魔術をぶつけたら勝ちって感じ。まあ詳しくは明日説明するわね。」

 まあ、単純なようだから大丈夫か。とりあえず今日のところはもう眠るくらいしか出来ないな。

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