4-2 アカデミア ―課題―

 アカデミアの地下には、「二つ名ウィッチネーム管理室」がある。

 ここには世界中の二つ名ウィッチネームを検索する魔法陣が書かれていて、蒐集を始めてからほぼすべての二つ名ウィッチネームが保管されているらしい。それもあって、魔女に関するいろんな情報が集まってくるようになっているのだ。

 そういう訳で、私もちょっとした調べ物に来た。ロロに頼んではいたけど、私の方でも動いてみよう。

 とりあえず、管理人に挨拶をする。見たことがない男だが、ずいぶんと来てないのだし単に変わっただけだろう。

 「『円卓の管理者バトレスオブラウンド』ですか?こんなところで、光栄です。」

 「初めまして、よね。」

 二つ名ウィッチネームは『死なずのカナリア』か。聞いたことはないな。

 「『自らも調べ物ですか?残念ながら、『歩く災厄』の情報はありませんよ?」

 「あら、何で知ってるの?」

 「ああ、ぼくは『歌姫ディーバ』の情報屋なんですよ。それで、あなたが『最強』を求めて旅をしているって話を聞いて。」

 なるほど。それなら話は早いかもしれない。

 「情報がないのは残念。だけど、今日は別の男。」

 「ああ、それもあなただったんですか。今調べてますが、まだ報告するようなことはないですね。」

 そうか。まあ、顔しか情報がないんだから難しいだろう。

 「せめて二つ名ウィッチネームが分かれば別なんですけど。」

 「二つ名ウィッチネームといえば、『最後のラストスタンド妖精フェアリー』って聞いたことある?」

 「?聞いたことないですね。何か関係があるんですか?」

 「いえ、全然。ただ、誰も聞いたことないっていうのが気になって。」

 「それなら調べてみましょうか。」

 カナリアさんは立ち上がって、検索の魔法陣を発動させた。

 「あ、いいの。そこまでしなくても。」

 「まあまあ、どうせ暇ですし。それに、そろそろ名簿の更新もしないといけないんですよ。」

 そういうことなら、任せておこう。と、なんだかカナリアさんの眉間にしわが寄っていっている。

 「あれ?おかしいな。」

 「どうしたの?」

 近付いて見てみる。魔法陣には特に反応が見られない。

 「見つからないんですよ。」

 「おかしいわね。ちゃんと魔力を読んだんだけど。」

 カナリアさんは検索の魔法陣から離れて本棚に描かれた魔法陣を発動させる。本棚の本がガタガタと動くが、すぐに止まった。

 「名簿にもないな。」

 「魔法陣が壊れたんじゃないの?」

 「うーん、あるいは名簿の更新の間に名前が変わったかですね。大体一月ごとの更新ですから。」

 「一月に二度名前が変わるって、そんなことあるの?」

 カナリアさんはまた検索の魔法陣を発動させる。

 「まあ、前例がないわけではないらしいですね。……ああ、やっぱり魔法陣は正常ですよ。ほら。」

 魔法陣から名前が飛び出る。名前は死なずのカナリア、名付け主は『歌姫ディーバ』。ってあれ?

 「あなた、『歌姫ディーバ』に名前付けられたの?」

 「あ、はい。前に情報料がわりに。安全な洞穴に居続けるから死ぬことはないっていう理由らしいです。」

 ロロに名前を付けられたのに、普通の名前だ。

 「でも、なんでわざわざ『歌姫ディーバ』に?」

 「あれ、知らないんですか?あの人、結構人気の名付け師なんですよ。」

 「そうなの?」

 これは、断ったのは間違いだったのかもしれない。まあ、そっちもまた相談してみよう。

 「とにかくありがとう。どれのことでも、何か情報が入ったらまた教えてね。」

 「はい。いつでもどうぞ。」

 二つ名ウィッチネーム管理室を出て、ロロの部屋に向かう。


 *****


 ロロの部屋に入ると、ロロとアミーがお茶をしていた。確かにそろそろお昼時だ。後でレナの所にも行かなくちゃ。

 「あら、あら、シャルじゃない。一人でどうしたの?アミー、シャルの分のお茶も用意してあげて。」

 アミーがティーカップを取ってお茶を注いでくれた。

 「ありがとう。ロロ、地下室の管理人に名前付けてあげたんだって?」

 「ええ、ええ。本当はちょっと気が乗らなかったんだけどねぇ。まあ、いろいろ頼み事もしているから。」

 席に着いてお茶をいただく。

 「美味しい。」

 「アロンド産よ。まあ、アミーが淹れるのがうまいっていうのもあるけれど。」

 ちょっと照れた様子のアミーに、感謝を込めてカップを向けると小さく会釈を返した。

 「それで、エレノラさんはこんなところまでどうしたのですか?」

 「ああ、えっと、レミをちょっとアカデミアに通わせようと思って、そのついでに色々調べ物をね。それで、ロロにちょっと頼みごとを。」

 「嫌よ。」

 ロロはにっこりと笑う。

 「まだ何も言っていないわよ。」

 「話の流れから分かるわよぉ。どうせ、私にレミちゃんの名前を付けてほしいって話でしょう?」

 ほんとに何でもお見通しみたいだ。

 「頼むわよ、数年ぶりのアカデミアで、他に頼む人がいないのよ。」

 「ほら、あのなんとかっていう人は?研究室に篭っている。」

 「駄目。声はかけてないけど、こっちの都合で頼んだことを受け持ったことがないのよ、あいつは。」

 「『知恵の守人サジェサンドラ』は?結構世話焼いてもらってたわよね。昔から。」

 「断られちゃった。」

 ロロはため息をついた。

 「ま、いきなり名付けをしてくれって言われて頷く人も少ないわよねぇ。……仕方ない。」

 「ホントに!?」

 思わず立ち上がった所を制止された。

 「でーも、条件があるわ。」

 ロロはお茶に口を付ける。

 「何?」

 「レミちゃんがうちのアミーと戦って勝つこと。私だって実力も知らない魔女の名付けは気が引けるのよ。どんな名前を付ければいいかも難しいしね。」

 アミーがむせた。お茶を飲みかけたところで驚いたようだ。

 「私ですか!?」

 「ええ。その代り、アミーが勝ったら、シャル、あなたがアミーに名前を付けてあげてね。」

 アミーは何か言おうとしたようだったが、そのまま口をつぐんだ。

 「いいの?ロロ。」

 「ええ。いつまでも、弟子に嫌な思いをさせるのも良い師匠じゃないでしょ?」

 そう言ってロロは小さくため息をついた。アミーが尊敬のまなざしでロロを見る。

 「意外とちゃんと考えてるのね。」

 「ちょっとぉ、流石に失礼じゃない?」

 ゴメンゴメンと軽く流す。と、勢いよくドアが開けられた。入ってきたのはレナだった。

 「ちょっと、どうしたの慌てて。」

 「エレノラはロロの部屋にいると思ったので。場所は『知恵の守人サジェサンドラ』から聞きました。」

 なるほど。でも、そんなに急いで来た理由が分からない。

 「レミちゃん、言葉うまくなったわね。」

 ロロが微笑みながらそう言った。確かに、たどたどしさがない。

 「はい。それをエレノラに報告したくて。」

 レナは姿勢を正して私に満面の笑みを向けた。

 「私、言葉をちゃんと話せるようになりました。ここに連れてきてくれてありがとうございます。」


 *****


 とりあえずお昼ご飯を買ってきて、ロロの部屋で一緒に食べる。そろそろお金も少なくなってきたな。

 「それで、何があったの?」

 確かに言葉を覚えてもらうこともアカデミアに連れてくる理由の一つだった。とはいえ、流石に半日は早すぎる。

 「実は、『知恵の守人サジェサンドラ』が魔術を施してくれたんです。『言葉を知らないものに教えることはできないが、思い出す手助けならできる』って。」

 なるほど。確かにレナの場合、言葉が出るのに時間がかかるっていう感じだったわけだから、それで十分だったのか。

 「良かったわね、レミ。」

 レナの頭を撫でてあげる。嬉しそうに頬を緩ませる。うん、朝の不機嫌さもなくなって良かった良かった。

 「こっちもいい報告があるよ。ロロがあなたの名前を付けてくれるって。」

 「ただし、アミーに勝てたらの話よん。」

 ロロは意地悪そうな笑みを浮かべ、アミーがレナをにらむ。

 人を炊きつけるのがうまいな。

 「えっと、でも、ロロさんは、なんというか。」

 「大丈夫。あっちが例外らしいから。」

 「だから……そんなにひどいかしらん。」

 ロロはアミーの方を見るが、アミーは目を合わせようとしない。まあ、嫌がってたのはロロも知っているんだから仕方がなかろう。

 「分かったわ。それじゃあ、どんな名前を付けるか、ちゃんと確認を取ってから名前を付けるようにしましょうか。それなら安心よね?」

 ため息交じりにロロが提案する。まあ、それなら確かに安心できるだろう。

 「分かった。レミもそれでいい?」

 「はい。頑張ります。」

 レナが杖をぎゅっと握る。

 「負けないから。」

 アミーが睨み返す。そして視線をロロに戻す。

 「それで、いつにするのですか?」

 「うーん、いきなりっていうのも場所が用意できないから、一日置いて、明後日にしましょうか。」

 「それじゃあ明後日に。」

 レナとアミーは頷いた。

 「ところで、アミーはそろそろ戻らなくていいの?」

 「そうでした。午後からは見習いの人たちと一緒に座学を受けるそうです。遅れると怒られるので、これで。」

 レナは立ち上がって、パタパタと外に飛び出していった。

 「見習いと一緒、か。魔法とかじゃなくて歴史とかかな。」

 「まあそんなところでしょうねぇ。懐かしいわぁ。あなたはよく抜け出していたわよね。」

 それでよく師匠に怒られたんだっけ。うーん、嫌な想い出だ。

 「私、絶対に負けません。」

 見習いと勉強しているという話を聞いて、アミーはさらに対抗心を燃やしたようだ。まあ、いい刺激になってる、のかな。

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