4-1 アカデミア ―再会―

 或る旅の途中。

 年も開けて五日ほど。私とレナは何をするでもなくロロの家でゆっくりと過ごしていた。

 今日も今日とてレナの隣に着いて、ロロの作る朝ごはんを待つ。

 「ロロぉ~、まだぁ~?」

 そう急かしてみると、ロロは無言で朝ごはんを置いた。なんというか、いつもと違う雰囲気。

 「あ、ありがと。」

 「いーえ。」

 レナとともに感謝して、黙ってご飯を食べる。今日はアミーは来ないようだ。

 無言でご飯を食べていると、ロロが頬杖をつきながら真面目な顔でこっちを見てくる。なんだか居心地が悪い。

 「ど、どうしたの?」

 「ねぇシャル。あなた、ここに来てから何日経った?」

 名前を訂正したいところだが、そういう雰囲気ではなさそうだ。

 「七日ってところ?」

 「そうねぇ。」

 ロロはまた黙り込んだ。レナの方を見るが、特に気にせずご飯を食べているようだ。私もとりあえず食事をすすめよう。

 スープをすくった所で、またロロが話しかけてきた。

 「ねぇシャル。」

 「……何?」

 「あなた、ここに来てから何した?」

 何って……ロロとアミーに会って、サイカに会って、レナと喧嘩して仲直りして、お祭りに行って、まあそんなところだろうか。

 つまり、何もしていない。なるほど、それで怒っているのか。いや待って。アミーとお使いに。

 「結局何も持って帰っては来なかったけどね。」

 そういえばそうだった。ロロは嘆息した。

 「私、このままじゃだめだと思うの。確かにあなたと久しぶりに会えたのは嬉しいし、頼ってくれるのは構わないわ。でも、このままだとあなた、駄目になっちゃうんじゃないかって、心配なの。」

 そんなことはない、と思う。レナの方を見てみると、こっちを見ながら朝ご飯をほおばっている。

 「まあ、確かにそろそろ自分でも動く時かもね。レミの名付け主も探さないとだし。」

 「あらあら?その話は初耳よん。レミちゃん、新しい名前が欲しいの?」

 「付けてくれますか?」

 レナが食いついた。ロロは乗り気みたいだけど、一応止めておく。

 「いいの?『魔法少女マジカルガール』みたいなので。」

 レナはちょっと止まって、しばらく考えた後、何事もなかったかのようにまたご飯を食べだした。

 「ちょっと、失礼じゃない?」

 「まあ、自業自得と思うけど。」

 「もう、頼まれても名前付けてあげないから。」

 ロロはすねたようにそっぽを向いた。とりあえずご飯を食べ終え、食器を下げる。

 「それじゃあ、今日はアカデミアに行くわ。レミにいろいろ紹介するのも悪くないだろうし。」

 うん、そうしよう。前にも思ってたけど、レナに必要なのは経験だ。

 「それがいいと思うわ。私もアミーもいるから、何かあったら来るといいわよん。」

 軽い返事を返して、食べ終わったレナの食器も片付ける。今日は皿洗いもしておこう。


 *****


 さて、私たちは初日ぶりにアカデミアに来た。今度はどっかに行ってしまわないようにレナの手を握っておく。

 「私、逃げませんよ?」

 「だーめ。前科あるから。さて、誰に話を聞こうかな。」

 アカデミアには実際知り合いは多いはずだ。が、なんせ四年ぶりだし、ちょっとややこしいことになってるわけだし、なかなか話しかける相手が見つからない。どうしたものか。

 「そうだ。レミ、私があなたの召喚獣サモニーってことは内緒で。」

 レナは小首をかしげている。

 「どうしてですか?」

 「人を召喚獣サモニーにすることを禁忌と考えてる人も少なくないからね。少なくとも初対面の印象は悪いわ。」

 レナの首がさらに傾いていく。

 「ロロさんは?」

 「ロロはまあ寛容だから。ほら前に言ったでしょ?老人ほど伝統に厳しいって。そういうものなのよ。」

 「どういうものだというのか?『円卓の管理者バトレスオブラウンド』。」

 しわがれた声が後ろから聞こえた。いい予感がしないので振り向かずに魔力を読む。

 げげ、あまり会いたくない人に出会ってしまった。

 とはいえ無視を決め込んでいい相手でもない。振り返ると、生まれつきの不機嫌そうな顔をした、背筋の伸びた老婆がいた。

 「お久しぶりです。『知恵の守人サジェサンドラ』。」

 「うむ。息災だったか。」

 「おかげさまで。あ、こちら、レミです。」

 「聞いておる。」

 聞いている?誰にだろう。とりあえず先にレナに紹介しよう。

 「レミ、こちらが『知恵の守人サジェサンドラ』。」

 「エレノラの……?」

 「師匠の姉弟子。]

 レナにそっと耳打ちをする。

 「前に言ってた、偏屈でプライドの高い魔女。」

 「聞こえておるぞ。」

 『知恵の守人サジェサンドラ』が顔色一つ変えずに言ってきた。とりあえず笑ってごまかす。

 「ところで、聞いているって誰からですか?ロロから?」

 「いや、我が弟子からだ。」

 レナと会ってから『知恵の守人サジェサンドラ』の弟子に会った覚えはないけれど……。と、奥の方から聞いた声が聞こえてきた。

 「お師匠様~、待ってくださ~い。」

 奥から現れたのはたくさん本を抱えたシマヘビさんだった。

 「あれ?姉さんじゃないですか。それにレミさまも!」

 「お久しぶり……って程じゃないね。」

 「名前、変わってない。」

 レナが言うと、シマヘビさんは頭をかきながら笑った。

 「いやー、まさかこんなに早く再会するとは。」

 「ひょっとして弟子って……。」

 『知恵の守人サジェサンドラ』はゆっくりとうなづいた。

 「いかにも。冬シマヘビこそ我が最も新しい弟子。」

 「コレがいとこ弟子か……。」

 なんか複雑な気分だ。

 「コレって……手厳しいですね、姉さん。」

 「もう少し帰るのが遅ければ破門するところだったがの。」

 「やっぱり助けなければよかったかしら。」

 「姉さん、私のこと嫌いですか?」

 「いやー、はは。そんなことないわよ。」

 笑ってごまかす。調子のいい子だとは思うけど別に嫌いではない。


 想いもしない再会だけど、ともあれ丁度いい。少し気が引けるが、レナの名付けを頼んでみよう。

 「『知恵の守人サジェサンドラ』。実は折り入って頼みが……。」

 「言うてみよ。」

 「レミの、名付け主になってもらえませんか?」

 「なぜ。」

 なぜ、か。これは難しい。正直に言っても名付け主にはなってもらえない気がする。しかし、ウソを言っても見破られる気しかしない。

 「実は……あの子、自分の二つ名なまえが嫌いらしくて。」

 「なぜ、私が名付けをしなければならないかを聞いておる。」

 なるほど。それは道理だ。

 「えー、と。話せば長いんですけど、私はレミの名付け主になれないので、それでですね。」

 「私はその者を知らん。知らん者を認めるわけにはならん。認めもしないのに名を与えることはできん。」

 言い返すべくもない正論。よし、諦めよう。

 「なるほど。まあその通りですね。」

 レナがじとーっとこっちを見てくる。うう、分かってる。仕方ない、次の頼み事だ。

 「あの、代わりと言ってはなんですが、この子をアカデミアに入れてもらえませんかね。」

 「エレノラ?」

 『知恵の守人サジェサンドラ』は片眉を上げてレナを見つめる。

 「ふむ、『ひよっ子ビギナー』。」

 「は、はい。」

 「魔女になってどれだけ経つ。」

 「え、と。十と、五、日ほどです。」

 「話すのは苦手か。」

 レナは少し悩んでから、こくりとうなづいた。

 「あ、レミは話すのが苦手というか、あまり言葉を知らなくて。」

 『知恵の守人サジェサンドラ』は何度かゆっくりとうなづいた。そして、またレナに質問をする。

 「自分の名は嫌いか?」

 レナはまたこくりとうなづいた。

 「名付け主のことは?」

 「……いえ。私によくしてくれました。」

 「あの、旅に出るまでの数日間でいいんですけど。」

 「黙っておれ。」

 『知恵の守人サジェサンドラ』はまたレナをじぃっと見つめる。そして、またゆっくりとうなづいた。

 「まあ、よかろう。明朝、私の部屋に。」

 それだけ言って『知恵の守人サジェサンドラ』は去っていった。シマヘビさんは私たちに挨拶をして、慌てて彼女を追っていった


 レナが私の手をぎゅっと握った。

 「レミ?」

 「エレノラ、私、いらない?」

 「そんなことないよ。ただ、レミにいろいろ知ってほしいから。」

 レナの頭を優しくなでてあげる。ここに来る前から考えていたことだけど、喧嘩したばっかりだったし、ちょっとタイミングが悪かったかもしれない。

 「大丈夫。あの人、見た目は怖いけど教育熱心で実力は確かだし、私もちゃんと顔を見せるから。」

 にこりと笑って見せるけど、レナの顔は晴れなかった。


 *****


 「やっぱり、失敗だったのかな。」

 レナが眠った後、私はお酒を飲みながらロロに絡んでいた。

 「あなた、ちゃんとレミちゃんとお話したの?」

 「まだ。」

 ロロはため息を深くついた。

 「前にも言ったわよねぇ。ちゃんとお話ししなさいって。」

 「だって、ここだとあなたがいるわけだし、なんだか気恥ずかしくって。」

 「外ですればいいじゃない。」

 「なんていうか……いざ自分のことを話すとなると何から話せばいいか……。質問されたらなんでも答えられるんだけど。」

 言い訳がましく呟きながらお酒をあおる。

 「まあ自分のこともそうだけれど、アカデミアに行かせようと思ってたなら先に言うべきだったんじゃないの?本人の希望だってある訳だし。」

 「まあ、そうだったかも。つい。」

 「ついじゃないわよぉ。ずぅっと一緒で、シャルがいろいろ教えてたんでしょ?それが突然誰かに任せますなんて、そりゃあ心配にもなるわよ。」

 「だって最近までずっと一人だったし。……明日、ちゃんと言うわよ。」

 「ま、何を言っても言い訳に聞こえるでしょうね。」

 まあ、確かにそうだろうけども。そうは言っても言わなきゃいけないだろう。

 「さ、それじゃあ私はもう寝るわ。」

 「えー、もう?」

 「もうあなたの愚痴も聞き飽きたの。また明日。ちゃんと片付けといてねん。」

 薄情にもロロはそのまま二階に上がっていってしまった。管を巻く相手もいないので、諦めてここを片付けて私も寝よう。


 *****


 明朝。頭を抱えながら階段を降り、水をもらってから先に起きてたレナの隣に座る。ロロの家に来てからレナより遅く起きるのが多くなったな。

 「……おはよ。レミ。」

 レナは特に反応してくれない。うーん、怒ってるんだろうか。

 「ほら、今日は早いんでしょう。もうご飯食べてる余裕もないんじゃないの?」

 そうだった。日が昇るうちに行かなきゃ。レナの方を見ると、もう準備はできているようだった。

 「起こしてくれてよかったのに。」

 「起こしたわよぉ。私もレミちゃんも。」

 レナの方を見ると、ぷいとそっぽを向かれてしまった。

 「早く、行きましょう。私のため、ですよね?」

 「え、ええ。もちろん。」

 もらった水をひとのみ飲みして、すでに立ち上がったレナを追いかける。


 アカデミアで、『知恵の守人サジェサンドラ』の研究室に行くところで、レナに私の考えをちゃんと伝えよう。

 「あのね。アカデミアは人が多いから色々話を聞く機会にもなるし、特に魔術師が多いから私には教えられない魔術も教えてもらえるわ。」

 「魔術師、多いんですか?」

 レナが反応してくれた。

 「それはもう。元々魔術師の研究所みたいなところだったし、ここにいる魔法使いは、よほどの教育熱心か引きこもりか変人か、ってものね。」

 ちなみに、ロロは「ここには大陸中の本が集まるから」と言って魔法都市ソコングロから出ようとしない。言葉だけを見ると研究熱心に見えるが、どちらかというと引きこもりの類だ。

 それきりレナは話しかけてこなかった。うーん、いろんな人の話を聞いて、言葉を覚えたらもっといろいろ話しかけてくれるんだろうか。まあ、今は怒ってるんだろうから、一緒か。


 そうこうしているうちに研究室に着いた。ドアをノックすると、シマヘビさんがドアを開けてくれた。

 「姉さん、おはようございます。」

 挨拶を返しながら、レナの手を引いて部屋に入る。

 部屋の中にはマクレロもいて、なんか整理とかしていた。

 そういえばシマヘビさんが師匠に掛け合ってみるって言っていたっけ。

 「来たか。」

 『知恵の守人サジェサンドラ』は部屋の隅にある椅子に座りながらこっちを見ている。

 「どうして、隅に?」

 「部屋の中央は、魔法陣の為に開けておくのが魔術師にとって普通なのよ。」

 実際、床にもなにやらいろんな模様が描かれている。たぶん、魔方陣の上に魔方陣を書いたりしてるんだろう。

 「さて、」

 『知恵の守人サジェサンドラ』がこっちに近づいてきた。

 「『ひよっ子ビギナー』、魔法はどこまでできる。」

 「えと、色々……?」

 まあ、魔法がどこまでできるか聞かれたら私も困る。

 「空は。」

 「飛べ、ます?」

 言いながらこっちを見る。まあ、飛べるっちゃ飛べるけど。

 「制御はできません。」

 補足すると『知恵の守人サジェサンドラ』はふむとだけ言った。

 「ところで、『円卓の管理者バトレスオブラウンド』はいつまでここにおる。」

 「え、えっと……。」

 頭をポリポリとかく。こんなことをいわれるとここに居続けるのも気まずい。

 「それじゃあ、これで。またね、レミ。」

 まあ、私もやることをやろう。

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