3-4 魔法都市 ソコングロ=ディルーノ ―謝罪―

 手を引かれるがままに人込みをかき分けて、さっきレナが消えていった通りを抜けていく。ちょっと行ったところで、アミーの手を優しく剥がす。

 「掴まなくても自分でついてくわ。」

 「そうですか。それでは。」

 アミーはまたずんずん人込みをかいくぐっていく。

 「でも、どうしてそんな気をかけてくれるの?」

 「……『円卓の管理者バトレスオブラウンド』はもっと理知的で、落ち着いた方だと思っていました。」

 足を止めず、振り向かないままアミーは話を進める。

 「私はそんなあなたの話を聞いて、憧れていたんです。」

 憧れてたというなら、むしろ幻滅して離れていきそうなものだけど。

 「嬉しい話だけど、私はそんなんじゃないわよ。」

 「分かってます、勝手なイメージなのは。」

 アミーはこっちを向いた。

 「でもお話して、あながちずれてもないんだと思いました。本来のあなたなら。」

 そしてまたアミーは前を向いた。

 「早く『いつも通り』に戻ってください。知りませんけど。」

 大後輩にまでこんなこと言わせるなんて、ほんとにひどいな、私は。


 頭をかいて歩いていると、十字路の入口の手前でアミーにぶつかった。

 「あ、ゴメン。」

 アミーはこっちを向いて口に指をあてた。そして、右手方向を指さす。

 覗いてみると、レナとサイカがいた。

 「で、どうするんですか?」

 アミーがひそひそ声で聞いてきた。

 「どうするって、うーん。」

 いきなり現れて謝って去るっていうのも変な感じだ。せめて何の話をしているかとかが分かれば、タイミングをうかがえるんだけど……。

 そう考えたところで、思いついた。やっぱりまずは情報戦だ。

 舗装されていない道の端に、土竜を呼び出す。

 「聞こえたものをsomutar yovad全部伝えてco miono。」

 詠唱を終えると、土竜と私の右手が淡く緑に光った。

 左手で指を鳴らすと、右手から聞こえる。よしよし、魔法は効いている。

 土竜を地面の下からレナ達の方に向買わせる。

 だんだんとレナとサイカの声が右手から聞こえてきた。

 『……ぉなかすいたー。もう、お金持っていないなら持ってないって言ってよ。』

 『ごめん、なさい。』

 『フフ、冗談。お金持ってないのは私も同じだもんね。』

 アミーが何か言いたそうにこっちを見てくる。

 「あの、」

 「分かってる。でもこっちも必死なの。」

 「いえ、なんというか……空回り、してません?」

 ちょっと集中を解いてアミーの方を見る。確かにそうかもしれない。

 「でも、始めちゃったんだから、しょうがない。」

 『でもどうしよっか。このままじゃお昼抜きだし。』

 しばらく何も聞こえてこない。なにをしてるんだろう。

 『……ねえ、今日、メイド長さんとはどうしたの?』

 私の話だ。アミーと顔を見合わせる。

 「……しかし話の脈絡が見えません。都合良すぎませんか。」

 「いや、昨日いろいろ奢ったから、財布として当てにされてるのかも。」

 言っててなんだか悲しくなってくるが、まあそれは置いておこう。

 『別に、何でも、ありません。』

 『うーそ。昨日と全然違った。まだ会って二日目だけど、すぐ分かるくらい。喧嘩でもした?』

 また沈黙。というかサイカにまで見抜かれたのか。

 『私が、悪いんです。』

 「あの、やっぱりやめた方が。盗み聞きなんて。」

  そう言われると悪いことをやってる気持ちが大きくなるけど、もう後には引けない。

 『冗談のつもりだったんです。エレノラも、楽しそうで。でも私が、駄目にしちゃった。』

 『何したの?』

 『カードに戻して。嫌だって言われていたのに。』

 『召喚士サモナーなんだから、当然じゃないの?』

 『でも……。』

 すすり泣く声が聞こえてきた。私の罪悪感もマックスだ。

 『仲直りしたい?』

 ちょっと間が開く。

 『でも、エレノラは。』

 『本人に聞いてみる?――。』

 サイカが何か言うと同時にものすごい爆音が手のひらから響いた。この音量だと、路地の先まで聞こえそうだ。


 爆音のすぐに足音が二つ、こっちに向かってくる。思わず近くのアミーを盾にする。

 すぐにレナが顔を出した。右手をあげかけて、慌てて左手をあげ直す。

 「あ、えーっと……偶然ね。」

 「エレノラ?どうして?」

 アミーは私を前にグイッと出して、自分はレナの方へ行った。

 「えっと、色々あって。」

 罪悪感からレナの顔をまともに見られない。

 しばらく何も言えないでいるとと、レナの顔がだんだんと下を向いていく。

 「あ、違うの。違うっていうのは……。」

 「……ごめんなさい。これじゃ、駄目ですけど。」

 レナがうつむいたまま謝ってくる。慌ててレナの肩を掴み、屈んで高さを合わせる。

 「駄目なことなんてない。ちゃんと自分のことを言えて、貴方は全然悪くないわ。……ダメなのは私の方。」

 いまだにうつむいているレナの顔を優しくつかんで目線を合わせる。

 「あなたは初めから全部教えてくれた。あなたが知ってることも、知らない事も全部。私はあなたに何にも伝えてないのに、それなのにいきなり怒鳴り散らして、まるで私の方が子供みたい。」

 空笑いを見せるけど、レナの顔は晴れなかった。顔を離して頭を撫でる。

 「ごめんなさい、怒鳴りこんじゃって。それに、酷いことも言おうとした。」

 「そんな、私が。」

 レナがまた謝ろうとするので、レナの口に指をあてる。

 「謝り合戦は終わり。ね。私はとっくにあなたのことを許してるんだから。」

 今度は本当の笑みを向ける。

 「エレノラは、私の召喚獣サモニーですか?」

 「もちろん。あなたが望む限りずーっと、ね。」

 いつまでそう思ってくれるかは分からないけど。

 両手を広げると レナが腕の中に飛び込んでくれた。

 「でも、こんどからは一声かけてね。約束よ。」

 「はい。大切な、約束です。」

 わたしはレナを強く抱きしめた。たった半日だけど、長い半日だった。


 顔をあげると、サイカとアミーがこっちを覗いていた。

 「ずっと?」

 「ええ、悪趣味なメイド長さん?」

 サイカの手には土竜が捕まれていた。

 「あ、その子、日の光にあまり強くないの。止めてあげて。」

 レナを腕の中に抱いたまま、土竜をカードに戻そうとする。と、レナがギュッとしてきた。

 「どうしたの。」

 「名前。この子のおかげ、ですから。」

 確かに、土竜とアミーとサイカがいなければ、また機会を失っていたかもしれない。

 「なになに?また名付け会?えーっとねえ。」

 サイカが考え出すと、レナがサイカに向けて首を振った。そして私に聞いてきた。

 「アミーは?」

 「ああ、アミーがレ……ミを追いかけてくれたの。」

 腕を離すとレナはアミーの方に行った。

 「名前、付けてくれますか?アミー。」

 「私が?」

 レナはこくりとうなづいた。

 「お礼に、名前、付けてほしいんです。」

 「まあ、いいけれど。」

 アミーは考えだした。サイカはふてくされた顔になった。

 「私だって仲直りの功労者なのに。」

 「あなたにはお昼ごちそうしてあげるから。まだなんでしょう?」

 「ほんとに?じゃあいいお店考えておかないと。」

 サイカは嬉しそうに考え出した。あ、でもよく考えたらお昼はロロの家にあるんだった。 

 「持って帰られるものだったら何でもいいわよ。」

 「なんかけち臭いな、メイド長さん。」

 「私はレミのメイド長だからね。あなたのじゃなくて。」

 サイカはまたちょっと不機嫌そうな顔になったけど、すぐにまたお店を考え出した。

 その一方でアミーの方は思いついたらしい。

 「ソバディコは、どうでしょう。」

 その名前は大変皮肉が効いてる。『土の耳sovadico』なんて、呼ぶたびに今回のことを思い出しそう。

 「良いと思います。」

 意味まで分かって頷いてるのかな。まあ、土竜の反応も悪くなさそうだけど。

 「それじゃあいったん帰りましょうか。お昼にしましょう。」

 「私のお昼ごはんと一緒にね。」

 「あなたと、レミの、ね。私は家にあるはずだから。アミーはどうする?一緒に買っていく?」

 「あ、はい。それでは、せっかくなので。」

 私たちは近くの屋台でご飯を買って、ロロの家に帰った。

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