3-3 魔法都市 ソコングロ=ディルーノ ―祭日―

 朝、目が覚めると頭が痛かった。これほど目覚めが悪いのは久しぶりだ。周りを見渡すと、どうやらもうみんな起きているようだ。こんなにゆっくり起きたのも、久しぶりだ。

 体を起こすと、途端に頭が重くなる。ロロの話でぶり返したのかともちょっと思ったけど、これは違う。この痛みには別の覚えがある。

 「二日酔い、か。」

 私は頭を抱えながら階段を降りる。

 「ロロ~、お水ちょうだ~い。」

 階段を降りると、金髪の美少女がお水を持ってきてくれた。

 「ありがとう。えーっと、アニー、だっけ。」

 「アミーです。大丈夫ですか?」

 「大丈夫よ、ありがとう。」

 コップを受け取って、すれ違いざまに感謝を込めて頭をポンと撫でた。


 水を飲みながら席に着く。やっぱりレナの斜め向かい。ロロは片づけをしているようだ。

 「シャル、朝ご飯はどうする?」

 「まだいらない。お昼に食べる。」

 アミーが私の向かいに着いた。私は水を一息にのみ、長く息を吐いた。そして気合を入れる。

 「ねえ、レミ。」

 話しかけると同時に、ドアがノックされた。

 「ごめんなさいアミー、出てくれる?」

 「いいわ。私が出る。」

 席を立とうとしたアミーを止めて、ドアに向かった。水を差されちゃ、あとでやり直すしかない。

 「はい、どなた?」

 ドアを開けた先にいたのは、昨日見た顔だった。

 「こんにちは、メイド長さん。レミいる?」

 「サイカじゃない。どうしてここが?」

 サイカはしたり顔でこっちを見た。

 「この町で私が知らないことはないのよ?」

 なんか深く掘ると面倒くさそうな顔だな。

 なんと返そうか考えている内に、声を聞きつけたのかレミが寄ってきた。

 「あの、どうしたのですか?」

 「今日もレミに街を案内しようと思ってね。なにせ今日は年越しのお祭りでしょ。メイド長さんもどう?」

 レミも体をこっちに向けるが、顔を上げてはくれない。

 「えーっと、折角だけど私はやることがあるから。」

 「そう。それじゃ行こっか、レミ。」

 そうしてサイカはレナの手を引っ張って出て行った。後ろから慌てたようにロロが声をかける。

 「ちゃんと夕ご飯までには帰ってくるのよ。」

 ロロはそれでドアを閉めた。


 私が何も言わずに席に戻ってお水をすすると、ロロは腰に手を当てて小さくため息をついた。

 「分かってる。言わないで。」

 「あら、あら、そうなの?それじゃあ、今日の用事について教えてもらいましょうか。」

 何も言わずにいると、またため息をついてロロもアミーの隣に座った。

 「ねえ、さっきの子は?」

 「サイカ。昨日会って、レミとすっかり意気投合したみたい。」

 「サイカ?二つ名ウィッチネームは?」

 「確か……『最後のラストスタンド妖精フェアリー』だったかな。」

 「聞いたことないわね……。」

 ロロは少し考えた後、思いついたような顔をした。

 「まあそれはさておき、意気地なしの居候さんには買い物に行ってもらおうかな。アミーと一緒に。」

 ロロはメモ帳にさらさらと買い物メモを書く。

 アミーは心なしかうれしそうに見える。そうだとしたら光栄なことだ。

 「ラウ―ー。」

 「エレノラよ。」

 「シャルでもいいのよ。」

 ロロにしっしって手を振る。アミーは咳払いをした。

 「エレノラさん。道中、お話を伺っても?」

 「もちろん。私もだんまりで歩くのは好きじゃないよ。」

 「よかったわねアミー。この子、魔女愛好家みたいなところがあってね、それで最初会った時も――」

 「し、師匠!リストは出来たんですか!?」

 ロロはちろっと舌を出して、書いたメモをこちらに渡してくる。

 「それじゃあこれ、よろしくねん。私はアカデミアで調べ物してるから。」

 そしてロロは家を出て行った。

 「それじゃ、私達も行きましょうか。」

 「はい。よろしくお願いします。」

 「よろしく頼むのはこっちの方よ。道案内、おねがいね。」

 そうして私たちも家を出た。


 *****


 ロロのメモを手に、アミーと祭りの街中を歩く。祭りの最中ということで人も賑わっていれば珍しく屋台なんかも出ている。

 建物なんかは、私の記憶から変わってる所もあれば、変わってないところもある。

 まあ高々四年くらいだと、変わっていない所の方が多いかな。

 「まずは……アムコット手芸店でライムちゃんのぬいぐるみ?なにこれ?」

 「それは無視しましょう。まずは日用品を買いに行くのがいいと思います。」

 アミーはしっかりした子のようで、率先して歩いてくれた。ロロから渡されたお金も彼女に任せている。

 そういえば、あの子たちはお金持っているのかしら。


 日用品を一通り買った私たちは、いったんカフェショップで一休みを取ることにした。

 テラス席に座って、とりあえずサラダを頼む。

 「あ、それとカフェを。エレノラさんはカフェは大丈夫ですか?」

 「ええ。」

 「それじゃあ二つ、お願いします。ここのカフェはとてもおいしいんですよ。」

 お金を渡すと、店員さんは気のよさそうな笑みを浮かべて、お店に戻っていった。

 それからほどなくしてカフェを二つ持ってきた。

 「確かに、いい香り。」

 その香りは焼きたての小麦を思い出させる、とても落ち着く香りだった。

 「私、カフェはあまり得意ではないんですけれど、ここのだと大丈夫なんです。」

 アミーは両手でカップを持ちながら、少しずつカフェをすする。

 「そういえば、エレノラさんは師匠といつお知り合いになったんですか?」

 「そうねぇ。魔女になる前のことだから、もう何年前のことだか。」

 私もカフェをすする。味も良い。

 「私とロロはこの街で生まれて、家が隣同士だったのよね。だから子供の頃からよく一緒に遊んでたわ。街もアカデミアももっと小さかったけど、私と妹とロロと三人で街の隅々まで全部遊び場にして。」

 話しながら、昔を思い出す。もう色あせてしまった、懐かしい記憶。

 「そんなに昔から。師匠のあのはしゃぎようも納得ですね。」

 店員さんがサラダと取り皿を持ってきたのをアミーが取り分けてくれた。

 「ありがとう。」

 もらったサラダをつつきながら尋ねる。うん、サラダもみずみずしくておいしい。

 「そういえば、昔から妹に振り回されてはロロにからかわれてたな。」

 「あの、妹というのは『爆裂女王ボムシェルクイーン』のことですよね。」

 流石は魔女オタク、いやそれはちょっと失礼か。

 「そう。『可憐にして苛烈』と呼ばれた魔法使い。変な話、私が召喚士サモナーになったのもあの子のせい。妹にに抜かれるようじゃ、私には魔法の才能はないんだなって。」

 「でもそれで召喚士サモナーの才が目覚めたんですよね。」

 考えようによってはそうか。

 「ともあれ、思い返せば私の人生は妹に振り回されっぱなしだったな。召喚士サモナーになったのだって、それからもアカデミアに残ったのだって。」

 そして死んでからも。妹の仇である『最強』を追う旅に出て。

 「似てるから?レミーナに」とロロに言われたことを思い出す。……あの時はごまかしたけど、本当はそういう面もあったと思う。

 「それは、嫌だったのですか?」

 あえて少し考えてみて、思わず笑ってしまった。

 「それは、どういう意味ですか?」

 「大人になれば分かるよ、『魔法少女マジカルガール』さん。」

 嫌な訳がない。それだけ私は愛していたのだから。たったひとりの妹として。


 私はすっきりしたけど、二つ名ウィッチネームを呼ばれてアミーの方は機嫌を損ねてしまったようだ。話を変えよう。

 「そういえば、アミーはどうしてロロの弟子になったの?」

 思いのほか乗り気になってくれる話題のようで、カフェを一口すすってから答えてくれた。

 「自分で言うのもなんですが、私、魔術師の才能があったらしいんです。それで、有名な魔術師の方々から目を付けていただいたんですけれど、本当は魔法使いになりたかったんです。そんな時、師匠から声をかけていただいて。」

 ロロは魔法陣を一つも知らない、魔法一筋の魔法使いだ。

 「まあ、魔法使い自体アカデミアでは珍しいしね。召喚士サモナーほどではないけど。」

 「後から聞いたんですけど、声をかけた理由は、当時読んでいた物語の登場人物のイメージに合ってたかららしいんですけどね。」

 アミーはため息をついて、サラダを食べる。音一つ立てない、お上品な食べっぷりだ。

 「まあ、そうは言っても師匠のおかげで、私も凡庸な魔術師でなく、ユニークな魔法使いになれたので、感謝はしています。」

 と、アミーの肩越しによく見知った髪が街中を歩いているのが見えた、気がした。

 しばらくそっちに気を取られていると、アミーが手を振ってきた。

 「あの、エレノラさん?」

 「え、ああ。ごめんなさい。まあ、ロロらしいわね。」

 適当に話を合わせると、もうあの髪は見えなくなった。アミーが心配そうな顔を向ける。

 「あの、お話つまらないですか?」

 「そんなことない。楽しいよ。美味しいカフェも教えてもらったしね。」

 言い訳がましくカフェを口に含もうとするが、慌てて口に入れ過ぎてしまいむせてしまった。

 「だ、大丈夫ですか?」

 「大丈夫大丈夫。なんかゴメンね?」

 「……やっぱり、気になりますか?レミさん……でしたっけ?」

 私は何か言い訳を考えたけど、思いつかなかった。

 「まあ、気にならないと言ったら、ウソになる。」

 「もしかして、いたんですか?」

 「いた……ような。まあいいよ。どっちにしても夜には帰ってくるでしょ。」

 と、アミーは席を立って私の手を引いた。

 「ちょ、どうしたの?」

 「あちらの方で見たんですよね。追いかけましょう。」

 私はちょっと抵抗しようとしたが、引かれるがままに店を離れた。レナもだけど、結構アミーも強情そうだ。まあそれも魔女らしい、ということかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る