3-1 魔法都市 ソコングロ=ディルーノ ―帰郷―

 或る旅の途中。


 私とレナ、『冬シマヘビ』とマクレロの四人は、予定より一日遅れで魔法都市に着いた。

 「まあ、夜につくよりはマシか。流石に街中でキャンプなんて張りたくないしね。」

 「姉さん、そんなことしたことあるんですか!?」

 「流石に無いわよ。宿が取れなかったら、街の外までいったん出てたから。」

 魔法都市は城のように壁に囲まれているが、門扉はない。警備もいないから出入りは自由だ。

 「なんで、壁です?」

 「さあ?昔何かがあったか、何かの象徴か。詳しくは聞いたことはないわね。」

 街に入ったところで、私たちは今後の相談を始める。お昼前という時間で、人通りも多くなり始めた頃だ。

 「それで、シマヘビさんとマクレロはどうするの?」

 「私はとりあえず師匠のところに。この子も師匠に相談してみようと思います。」

 「そう。……マクレロ。」

 マクレロはこっちを見た。声をかけたけど、かけるべき言葉は思いつかなかった。

 「あー、生きなさい。それだけ。」

 「うん。そっちも元気で。」

 生意気な口を利くこと。まあ、とりあえずの心配はいらないってことか。

 「レミさまもお元気で。」

 「あ、はい。」

 レナは一拍置いてから反応した。まだ名前に慣れていないんだろう。

 「また、会いましょう。」

 「ええ、きっと。その時にはもっとすごい名前になってますから。期待してください。」

 私たちはそんな感じで笑って別れた。マクレロの笑みはまだぎこちないものがあったが、それもきっと時が良くしてくれるだろう。


 *****


 二人と別れた後、私たちはしばらく街をうろうろしていた。

 「私たちは、どうするのです?」

 「まずは宿ね。泊まるところが見つからなかったら、ほんとに街の前でキャンプになっちゃう。……とはいえ、この街で宿をとるのも勿体ないな……。仕方ない、あそこに行こう。」

 私はこの町で一番大きな建物を指さした。周りの建物の二~三倍の高さはある建物だ。

 「あれは?」

 「アカデミア。あそこには知り合いも多いから、多分家を貸してくれる人もいると思う。」

 レナはあまりピンと来ていない様子だ。

 「あー、つまり、魔女になるための修行をする場所、かな。学校みたいな。それだけじゃないけど。あ、そうだ。」

 レナを後ろから抱きしめる。やっぱり何となくおさまりがいい。

 「きっとレナ位の年の子もいるわよ。お友達もできるかも。」

 「ともだち?」

 「そう。きっと楽しいわよ。」

 レナはまだピンと来ていなさそう。

 「まあ、行ってみれば分かるわ。いろいろと見てみるのがいいと思う。」

 「魔法使いのため?」

 「それもだけど、なんていうか、そう。生きるためよ。」

 そういう訳で、私たちは魔法学園アカデミアに向かって歩き出した。


 学校とは言ったものの、実はここに来る大半の人はすでに魔女である。魔法を学べるというより、魔術を研究するための施設といった方が実情には合う。

 そして、ここには本当にあらゆる人が来る。魔女も魔女以外も、子供も大人も、人も亜人もなんでもいる。ここにいない人間といえば、根っからの悪人か真人間くらいだろう。

 レナは特に亜人に反応していた。リザードマンや獣人とすれ違うたびにじぃーっと見つめてしまっている。

 「失礼だから、やめておきなさい。」

 「でも、さっきは見ろと。」

 「まあ、そうなんだけど……。」

 うーん、常識だと思っていることって説明するのが難しい。

 「用事がないのに人をじぃっと見るのはやっぱり失礼だから。見るならちゃんと挨拶してからにしなさい。」

 なんか微妙に間違っている気がするけど、まあいいか。と、レナはトタトタと廊下を歩き、ウサギの耳をした女性に対して話しかけた。

 「こんにちは。」

 言われたとおりの挨拶。やっぱり間違えていたかも。

 挨拶を受けてうさ耳の人は振り返った。どうも人の血が濃い目の獣人のようだが、うさ耳としっぽ以外はそこまで毛深くもないようだ。隣にはレナと同じくらいの年の人間の女の子がいた。獣人は屈んでレナと目を合わせた。この人、なんだか見たことある気がする。

 「あら、あら、かわいい子ね。こんにちは。どうしたの?」

 「あの、見てもいいですか。」

 「何を?」

 うさ耳の人は大きな目を見開いて周りをきょろきょろと見渡した。やっぱり、あのチャーミングなおひげと丸眼鏡は知っている顔だ。レナが変なことをいう前に私も近づいていく。

 「久しぶりね、『歌姫ディーバ』。」

 「あら?あらあら?」 

 目の前のうさ耳は首を右へ左へ傾げながらこちらに寄ってきた。そして私の手をとってぶんぶんと振った。

 「あらー、ファンミじゃない。久しぶり。何年振りだっけ。」

 「四年くらいね。あと、今はエレノラって名乗っているの。それでお願い。」

 「また名前変えたの?飽きないわよね。そ・れ・と。」

 『歌姫ディーバ』は人差し指をちっちっちと左右に振った。

 「ロロって呼んでよ。水臭いじゃない、シャル。」

 「エレノラよ。」

 「いけず。」

 『ロロ』は彼女の本名の一部で、小さい頃のあだ名だ。ちなみにシャルは私のあだ名。ロロとはこの町に生まれてからの知り合いで、いわゆる幼なじみなのだ。

 私は隣の女の子の方を見る。少女はびくっと身を縮こまらせてロロの後ろに隠れた。

 「ああ、この子?私の新弟子。カワイイでしょう?」

 確かに、ブロンドのショートカットにスカイブルーの瞳がまっしろな肌に浮かび上がって、まるで人形のようだ。でもちょっと隙がなさそうで、レミの方が可愛げがあると思う。

 「それで、今日はどうしたの?」

 聞かれてなんとなくドキッとする。

 しかし、これは渡りに船というものだ。ちょっと懸念事項もあるが、まあたぶんもう問題ない。

 「しばらく家を間借りしたいんだけど、大丈夫?」

 歌姫ディーバ、じゃなくてロロはちょっとため息をついた。

 「もう、いっつも急よねぇ。でもいいわ。あなた一人くらいなら、いつだってウェルカムよん。」

 「あ、いや、私だけじゃないんだけど。」

 と、周りを見渡してみるが、いつの間にかレナの姿がいない。

 「レミ……さっきあなたに話しかけてたローブの女の子知らない?」

 「あの子?あなたが私に話しかけたところで、別の子に呼びかけられてたわよん。確かあっちの方曲がっていったけど。」

 ロロは後ろを指さす。振り返るが、レナの姿は見えない。それに別の子って誰だろう。

 「ありがとう。それじゃあ、夜に家に行くわ。場所、変わってないわよね。」

 「ええ。ごちそう用意するから、色々聞かせてねぇ。」

 隣の美少女にも挨拶をして引き返す。レナは誰とどこに行ったんだろう。


 *****


 アカデミアの人に聞き込みをしながらレナを捜索していると、窓から学園の外に出て行くレナの姿が見えた。なんだか女の子に連れられているようにも見える。ロロが言っていた子だろうか。

 急いで追いかけると、街中でレナに追いついた。やっぱり女の子に連れられているようだった。二人を呼び止めて、腰に手を当てる。

 「レミ、探したわよ。迷子になっちゃうからあまり一人で出歩かないで。」

 「あ、ゴメンなさい。……怒ってます?」

 腰に当てていた手をレナの頭に乗せて撫で、微笑みを向ける。

 「怒ってないわよ。とりあえず宿は何とかなったわ。それで、そっちの子は?」

 私は隣の子の魔力を読む。二つ名ウィッチネームは、最

 「初めまして、レミのメイド長さん。わたし、『最後のラストスタンド妖精フェアリー』って言うの。」

 『最後のラストスタンド妖精フェアリー』と名乗った少女はいたずらっぽく笑った。確かに、名乗った通りの二つ名ウィッチネームのようだ。失礼ながら、変わった名前だ。

 「ふぅん、聞いたことない名前ね。」

 「まあ最近名前が変わったから、知らないのもしょうがないよ。あ、だからわたしのことは『サイカ』って呼んで。」

 どうも人懐っこい子らしい。長い黒髪がふわりと動くのもかわいらしい。

 「それで、サイカさん、どうしてレミと一緒に居るの?」

 「わたしたち、友達だもんね。」

 ねー、とサイカがレナの方を見る。レナはなんか焦った風だ。

 「私が、案内を、頼みました。エレノラ、楽しそうだったので、邪魔、しないよう。」

 全く、この子はいつから遠慮なんてものを覚えたのだろうか。今度はちょっと荒っぽく頭を撫でた。

 「もう、そんなの気にしないでいいのよ。私には、遠慮なんてしないで。ね?」

 「はい。」

 二人で微笑みを交わしていると、隣からくすくすと笑い声が聞こえてきた。

 「あ、ゴメンなさい。レミに聞いた通りの方だなって。」

 レナはいったいどういう風に話したのだろうか。

 「それじゃあ、これからどうする?エレノラさんは別に案内は必要ないよね?」

 ちょっと迷う。レナと仲良くやってくれそうみたいだし、このまま町案内を頼もうかな。

 「まあ、どうせ夜まで暇だし。私も前に来た時から結構経ってるから、せっかくだからお願いしようかな。」

 私が言い終わる直前くらいにサイカは指を鳴らした。

 「そう来なくちゃ。それじゃ、サイカ主催のソコングロツアー、行っきますよー。えい、えい、おー!」

 サイカは右手を握って胸の前で二回ぐっぐっとやった後、その手を天につき出した。レナもサイカの真似をしている。サイカという子は、なんというか、愉快な子らしい。


 *****


 私たちはアカデミアからどんどん町はずれの方に歩いていった。もうすぐ隠れ月の年越しということでどこもお祭り気分で、ここぞとばかりに出店や屋台が立ち並んでいた。

 「それでねー、あ、ここのワッフルが本当においしいの!」

 サイカがレナの手を引いて屋台に向かう。レナが申し訳なさそうにこっちを見る。ため息を小さくつきながら屋台の主人にお金を払う。

 「ワッフル三人前、出来立てで頼むわね。」

 「あいよ、ちょっと待ちな。」

 「エレノラ、ごめんなさい。」

 別に悪くはないが、これで三件目だ。太っちゃいそう。

 「遠慮しないでって言ったでしょ。たまには楽しまなきゃね。」

 レナの頭をポンポンと撫でる。と、ワッフルができた。サイカが受け取って、一つを私に渡した後、もう一つをレナの口元につき出す。

 「はい、あーん。」

 レナも三件目となると慣れたようで、小さな口をあーんと広げる。サイカはそこにワッフルを突っ込む。レナの鼻にワッフルのホイップが付きながらも、レナはとりあえず食べられたようだ。残りのワッフルを受け取りながらもぐもぐしている。

 「レミって小鳥さんみたいだね。」

 サイカはくすくす笑いながら自分のワッフルにかじりつく。私はレナの鼻に突いたホイップを取ってあげる。

 「ほら、付いてるわよ。」

 そのままホイップを舐める。なるほど、確かにおいしい。

 「それで、このグルメツアーの目的地は?ガイドさん。」

 「焦っちゃダメよ、メイド長さん。ところで、レミは空を飛べるの?」

 レナは微妙な顔をした。

 「飛べる、ような。飛べない、ような。」

 「なにそれ。」

 またくすくすと笑った。よく笑う子だ。

 「まあ、レミは何とかするわ。どこに行くの?」

 「あそこ。」

 サイカは城壁の上を指した。あんなところに何があるんだろう。


 城壁に向かう間、私たちは他愛もない話をしていた。

 「そういえば、サイカのお師匠はここに住んでるの?」

 「あー、そうでも、ないかな。わたしのお師匠さんは魔法使いだったから。」

 「旅、してるの?」

 「そう!だからどこにいるのかよく分からなくて。」

 と、レナが手を引いて、こっちをじっと見ている。初めはなんのことかよく分からなかったが、思い当たる節が出てきた。

 「それじゃあサイカは誰に名付けてもらったの?」

 「えーっと、誰だっけ。」

 レナの名付けをしてくれる人を探すつもりだったけど、サイカは言いよどんでいる風だった。

 話しているうちに城壁の下に着いた。

 「あ、ほらついた。行くわよ。」

 サイカは走る前のポーズみたいな恰好をして詠唱を始めた。

 「白うさぎはいつだって遅刻寸前。さあ、急がないと遅れてしまうよ。落ちることができるなら、上ることも、できるでしょ!」

 と、詠唱が終わると同時に壁に向かって駆け出し、そのまま壁を走るように上に登っていった。なんと豪快な魔法だ。登り切るところで一回転して見事に着地し、こっちに向かって手を振ってきた。

 私は胸に手を入れて、杖とハーピーを出した。そしてレナをハーピーに任せて私たちも上に上がった。

 「すごい。それが噂のハーピーね!」

 レナはハーピーに抱きかかえられながら微妙な顔をしていた。

 「どうしたの?酔った?」

 レナは首をフルフルと振った。

 「そんなんじゃないです。ただ、」

 レナはちらりとサイカの方を見た。初めての友達の前で恥ずかしかったのか。レナを抱きしめて頭を撫でた。それで、レナはさらにむくれてしまった。ちょっとやりすぎちゃったかな。


 杖をカードに戻し、ハーピーも戻そうとしたら、レナが止めた。

 「今度、こそ。」

 「ああ、名前ね。」

 流石に五度目となると慣れた。またレナは唸っている。言い出しっぺのくせに実は名前をつけるのが苦手なのかもしれない。

 「ねえ、わたしが付けてもいい?」

 サイカがキラキラした目をこっちに向けた。私はレナを見た。レナはこっくりとうなづいた。

 「やったぁ。わたし、誰かに名前付けてみたかったの。えーっと、ハーピーだよね。」

 サイカは少し悩んだ後、自信満々の顔を向けた。

 「よし、ハッピィなんてどう?」

 「どうって……ほとんどそのままじゃない。」

 「分かってないわ、メイド長さん。この絶妙感がいいんじゃない。」

 サイカは自身を崩さない。と、ハーピーがサイカをさらった。

 「きゃっ、何?」

 そのままハーピーはサイカと一緒にくるくると回った。

 「嬉しいの?気に入ってくれて、私もうれしい!」

 そしてハーピーはハッピィになった。いや、まだレナがいる。レナの方を見ると、降りてきたサイカの手をとった。

 「すごい。私も、同じ名前、考えてました。」

 「やっぱりわたしたち、気が合うね。」

 そして二人はくすくすと笑った。私はハッピィを戻して小さくため息をついた。

 「それで、ガイドさん。ここには何しに来たの?」

 「あ、そうだった。急がないと。」

 空を見るともう日が落ち始めていた。サイカはレナの手を引いたまま駆け足で壁の上を進んでいく。


 やがて、私たちは完全に日を背負う場所に立った。

 太陽の赤い光がアカデミアや祭りの旗や家々を真っ赤に染めて、そこに私たちの影を落としていた。まるで、黄昏の街に巨人が舞い降りたようだ。サイカは街を見ていたレナの後ろに回って、背中から羽みたいに手を出した。影にふわっと羽が生えた。

 「へへ、やってみたかったんだけど、一人じゃできなかったから。」

 レナもサイカの方を見て笑った。それから二人はあれこれと色んな形の影を落として遊んでいた。二人とも、今日出会ったばかりとは思えないはしゃぎようだ。

 そんな様子を座って見ていると、サイカが私の後ろに回って、私の頭から指を二本付き出させた。

 「オニー。」

 影の方を見ると、なるほど、悪魔っぽい。じゃなくて、

 「私、そんなに怖い?」

 サイカの両頬を手のひらでぐぅっと挟み込む。

 「おぬぃがおふぉってぁー。」

 「怒ってない!」

 びしっと返したが、その変な顔と、レナが笑ったのでつられて私も笑った。


 そうこうしているうちに日も落ちてしまい、影がよく分からなくなってしまった。

 「さぁ、そろそろお開きね。私たちも宿に向かわなきゃ。」

 「えー、もう行っちゃうの?」

 サイカは座って駄々をこねるように足をパタパタと動かした。

 「もう夜だからね。あなたは帰らないの?」

 そう聞くと、不意にぴょんと跳ねて立ち上がった。

 「ううん、帰る。……それじゃあね、レミ。また会えたら遊んでくれる?」

 レミは嬉しそうな笑みを浮かべてこくりとうなづいた。

 「はい。よろしくお願いします。」

 丁寧にそういうレミを見てサイカはくすくすと笑った。

 「もー、固いなぁ。ま、いいか。じゃあ、メイド長さんも、お元気で。」

 私が返事をする間もなく、サイカは街に向かって駆け出し、そのまま街の中に落ちていった。

 慌てて下を除くが、死体どころか人影一つ見えやしない。まるで消えたみたいだ。一緒に覗いていたレナと顔を見合わせる。

 「不思議な子だったわね。」

 「私の友達です。ですよね?」

 「あなたが思うなら、ね。間違いないわよ。」

 私は立ち上がり、ハッピィを出す。

 「さあ、私達も宿に向かいましょう。」

 「よろしくね、ハッピィ。」

 ハッピィは嬉しそうに鳴き、レナを抱えて飛んだ。私は慌てて杖を出してレナを追いかける。

 「ちょっと、絶対落としちゃだめだから。」

 ハッピィはまた歌うように鳴いた。ぶつかりそうなほど近い大きな二つの月が、舞うように飛ぶレナとハッピィを美しく見せた。

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