2-5 魔女と『正義』と復讐と ―復讐―


 レナの魔法で見つけた洞窟は、入り口に松明台が置かれており、いかにも誰かが住んでいそうな雰囲気だった。

 「ここが襲撃者のアジトか……。」

 私たちはグリーブが洞窟に入ったのを確認して魔法を解き、山の窪みにできた洞窟を陰からこそこそとみていた。

 多分洞窟の奥には非常口があるだろう。もしそこから山壁の上に出られるなら、上から囲まれる形になって面倒そうだ。

 そんな状況分析を無視して『正義』は進みだした。

 みんな慌てて追いかけようとするので、とりあえずレナだけ止める。

 「近づくのはやめときましょう。危ないから。」

 「うむ。ここは私に任せておきたまえ。」

 その言葉で二人も戻って来る。

 

 私達が影に隠れ直すのを確認してから、『正義』は洞窟に向かって大きく声を出した。

 「頼もう!ここにかの街、ミクレッダを襲った者どもはいるか!?」

 しばらくして、武装した男たちがわらわらと出てきた。十、いや二十人はいる。かれらは横隊を崩さず、中心の男が一歩前へ踏み出したなかなか統率がとれているようだ。

 「何者だ。」

 「私の名は『正義』。義と勇を愛する男。そして、故あって貴様たちの敵となった男だ。」

 そういって『正義』は足元から石を拾い、小さく握りしめた。驚くことに石は砕けず、圧縮されていく。

 その小さくなった塊を彼らに投げる。塊は彼らの一人に当たり、その一人はそのまま倒れて起き上がることはなかった。

 その様子に敵の隊に軽い動揺が走ったが、

 「攻め!」

 先に喋った男が号令を上げると、一斉に『正義』に襲い掛かっていった。『正義』は一瞬で囲まれるもあわてず騒がず、振り下ろされた剣を軽く避け、逆にその振るってきた一人を抱え上げ、投げ飛ばしたようだ。その男は籠手を落とし、『正義』がその籠手を拾った。

 「あ、終わったわね。」

 「どういうことですか?姉さん。」

 「彼の魔力の唯一の用途は魔力付与。どんなものでも武器に変えてしまうらしいの。」

 言っている傍から彼は手に入れた籠手を使って後ろからの斬撃を振り返らずに折り、そのまま前に振り下ろして前の敵を薙ぎ払う。

 「つまり、振り回せるものを渡した時点で負け。」

  ま、あの身のこなしを見るにどうあってもこうなっただろう。つまり、実際には挑んだ時点で負け、ということだ。

  「正義』はさらに倒れた男から剣を拾い、剣と籠手という訳の分からない二刀流を披露し始める。

 「なに?あれ。」

 「私に聞かないで。人外ってのは、こういうことよ。」

 結局彼ははじめの一発以外はすべて籠手で受け止め、そのたびに剣が砕かれていった。

 傭兵段達は剣で攻撃するのをやめ、代わりに数人で囲んで牽制し、周りからボウガンで攻撃する戦法に変えたらしい。逃げればいいのに。

 「て!」

 囲んでいた男たちがしゃがむと同時にボウガンが撃たれた。

 『正義』は軽くステップを踏むように、後ろから足を掴もうとした手を避け、そのまま必要最小限体をくねらせて、矢の間をすり抜ける。そして足を後ろに振り下ろして掴もうとしていた男の顔を蹴った。足を元に戻すとまた剣と籠手を構える。

 男たちは形勢が悪いと感じたのか、背を向けようやく洞窟に逃げようとし始める。しかし逃亡の気配を察した『正義』は籠手を洞窟の上の方に投げ、洞窟を崩してしまった。むちゃくちゃだ。

 「……アレが魔法じゃないんですか。あんなのできますか、普通。」

 「普通じゃないのよ。」

 傭兵の男たちは散り散りになって逃げようとする。パニックからかもしれないが、生き残るには賢明な判断、むしろ遅いくらいだ。しかし、それだとこっちに来る形になる。面倒な。


 というわけで私達の前に傭兵団が現れる形になった。

 「おい!なんだお前ら!アイツの仲間か!?」

 混乱した男たちは剣をこちらに向ける。同時にレナが大きく息を吸った。

 ヤバい!「耳をふさいで!」

 「!」

 レナの杖が青く光って、衝撃波が無差別に襲い掛かる。前のものよりかなり激しい。私はマクレロの盾になって背中が少し傷つき、男たちとシマヘビさんは吹き飛んだ。

 「ちょっと、やるなら先に――」

 と、上の方からパラパラと小石が落ちてきた。よくない前兆だ。

 「レナ、離れて!」

 レナの腕を掴んで、マクレロと一緒にその場から逃げる。ほぼ同時に山壁が滑り出し、そして崩れて岩雪崩となる。逃げる私たちを土煙が追い抜いていく。が、岩までは追いつけなかったようだ。

 魔力を開いただけでここまで強くなるなんて。でもちょっと危なかったが何とか無事だった。


 振り返ってみると、山壁の引っ込みは『正義』が洞窟を崩したのとレナが山壁を壊したので、なんとなくなだらかになっていた。

 「めちゃくちゃね。」

 でも、とりあえずこれ以上崩れることはなさそうだった。

 「『正義』さんは無事なのかしら。」

 まあ、死んで埋葬してもそのうち地面から出てきて笑いそうだけど。

 腕の中のマクレロがぎゅうぎゅう押してくるので解放してあげる。

 「あいつらは……。」

 「さあ。岩雪崩に巻き込まれて死んだか、混乱に乗じて逃げたか。」

 そう言うと、マクレロは洞窟のあったところに走り寄っていった。

 「あ、危ないわよ。」

 私たちも彼の後を追う。と、岩の間から男が顔を出した。『正義』だ。


 返り血と泥にまみれて岩から出てきた『正義』の両手には、先ほどの中心の男と一本の剣を抱えられていた。そしてにっこりと笑って男をマクレロの前に放り投げた。

 男はひどい有様だがまだ生きていて、少しうめき声を上げたが、動くほどの元気はないようだ。

 「さあ、マクレロ君。君の願いをかなえる時だ。」

 『正義』はまた剣を投げた。マクレロは地面に落ちた剣を取り、よたよたとな慣れない様子で構える。

 男はうめき声を上げるだけで、防御することも、目を開けることすらできないようだった。

 マクレロは剣を振り上げて、男を見下ろす。その状態で少し震えながらも動けないでいた。

 「さあ、下ろすんだ。」

 マクレロは下唇を噛んで、剣を構えながら男をじっと見ている。

 「う……。」

 男は今も腕や足、額のところから血が流れ出ている。心臓の鼓動に合わせて流れる量が変わるその血が、男がまだ生きていること、そして確実に死に向かっていることを伝えている。

 「うわあああ!」

 マクレロが喚きながら剣を振り下ろすが、男の喉に当たる前に地面に突き刺さった。

 ひどく怯えた様子で、剣を持つ手も、歯もガタガタ鳴るほど震えている。

 男はやがて声を出すことすらできなくなり、息が浅くなってきた。流れる血にも勢いがない。

 震えるマクレロの傍に『正義』が寄ってきた。

 「重くて扱いにくいか。手助けをしてやろう。」

 『正義』は剣に手をかざす。しばらくして、マクレロは耐えきれなくなったかのように膝をついて、剣を裁断機のように下ろした。

 剣は男の首を二つに切り分けた。すでに心臓が止まっていたのか、血は断面からじんわりと流れ出てその場に小さな池を作るだけだった。

 マクレロは剣から手を離した。その手は、返り血なんてない、きれいなものだった。マクレロはその手をじっと眺め、そして崩れて泣いた。その声は年相応の、子供らしい泣き声だった。

 「良かったな、マクレロ君。よく目的を果たした。」

 代わりに血にまみれた『正義』は笑って、泣いているマクレロの肩をたたいた。

 「さあ、それじゃあ私はここで。君たちもよい旅を。」

 そして去っていった。男の死体と、崩れ泣くマクレロと、それをただ見ていた私たちを残して。

 「あれが、正義?」

 「さあ?興味もないわ。」

 ただ、今この場にあるのは誰かの望んだ結末じゃない。声にもなっていない声が、それだけを伝えてくる。


 *****


 『正義』の姿が見えなくなった頃、どこかに吹き飛んでいたシマヘビさんが戻ってきた。

 「あれ、もしかしてもう終わったんすか?」

 髪を手で梳きながら、シマヘビさんが寄ってきた。

 「あ、忘れてた。大丈夫だった?」

 「ほんとにひどいっすね!」

 「大変だったんだから、仕方がないでしょ。」

 押しつけがましい奴も、思慮が浅くて泣く子供も嫌いだ。気分転換にシマヘビさんの背中の土を払ってあげる。

 「あ、ありがとうございます。」

 「私たちも早く行きましょう。こんなところ、いつまでもいる場所じゃないわ。」

 泣いているマクレロをシマヘビさんに任せて、私はレナの手を引いてこの場を去った。


 去ったとはいっても、約束した手前二人を置いていくことはできない。レナと一緒にキャンプしていた場所で座って待っていると、シマヘビさんがマクレロを連れてきた。

 「遅かったわね。」

 「待っててくれたんですか?」

 「ま、約束だからね。あなた達を次の町まで連れて行くって。」

 私とレナは立ち上がり、荷造りを始めた。荷を積む途中、レナが尋ねてきた。

 「どうして、守るの?約束。」

 なんというか、そんなに二人のことが嫌に見えたのかと、苦笑しながら答える。

 「魔女は自由だから、自分の決めたことは守る。それも無くせば自由もないって、私のお師匠の言葉。」

 少し手を止めてレナの髪を撫でる。

 「良い言葉でしょ?それに、約束っていうのは契約と同じ。召喚士サモナーにとっては命よりも大事なものよ。忘れないでね。」

 「はい。」

 シマヘビさんが急かしてきた。まあ、思ったよりも悪くはないこともある。ルールがなきゃ、張り合いもない。そういうことだと私は思っている。


 「さ、これからどこへ向かうんですか?」

 歩き始めたところでシマヘビさんが聞いてきた。

 「魔法都市。まあここからなら五日ほども歩けば着くでしょ。」

 レナからもマクレロからも特に返事がない。ただ、シマヘビさんは浮かない顔をしていた。

 「あー、そうなんですか……。」

 「なに?まさかあそこもなくなったなんて言わないよね。」

 「いやー、違うんですけど。」

 シマヘビさんは頭をポリポリとかいた。

 「ちょっと寄り道しません?道を変えたら一日で着く街がありますよね?私たちはそこでってことで。」

 「嫌よ。そうしたら余計に三日はかかる。」

 急ぎの旅じゃないけれど、余計なことはもうたくさんだ。あからさまにシマヘビさんは沈んでいる。

 「なにか、あるの?」

 見かねたのかレナが尋ねた。

 「いや、何かあるってわけじゃあないんですけど。ただ、師匠が……。」

 そういえばアカデミア出身だと言っていたっけ。確かに盗賊やってたから師匠に合わせる顔がないっていうのはわかる気がする。

 「何年会ってないの?」

 「三、いや五年になりますかね。」

 思っていたよりは長いな。知っている人が師匠かもしれない。

 「名前は?」

 シマヘビさんは苦笑いを浮かべた。まあ五年も会っていないのに二つ名ウィッチネームが動物から変わっていないっていうのは余計に会いづらいのだろう。と、急にシマヘビさんは明るい声を上げた。

 「そうだ、エレノラさん。私に名前をくれませんか?そしたら師匠にも会えるかも。」

 これがいい機会だといわんばかりにシマヘビさんがすり寄ってきた。

 「いやよ、そんな理由で。……まあ、たしかに冬シマヘビって感じじゃないけど。」

 冬眠してるにしてはうるさすぎる。

 「そうですよね、こんな元気っ子捕まえて、冬眠中の蛇だなんて。どうかしてますよね。」

 「さっさと冬眠から醒めればよかったのよ。」

 「そんなぁ。」

 シマヘビさんはまた落ち込んだ。と、こんどはレナが手を引いてきた。

 「どうしたの?」

 「エレノラ、名前、変えれるの、です?」

 「まあ、一応。魔女なら基本誰でも他の魔女の二つ名を変えられるから。」

 レナが嬉しそうな顔になった。そういえば、レナも二つ名ウィッチネームはあまり好きではないタイプだった。

 「じゃあ、」

 「あ、でもダメかも。名付けって意外とルール厳しいのよね。絶対他人につけてもらわないとダメとか、他の人と同じだとダメだとか。わたしにはレナの魔力も入ってるから、微妙に他人ってわけでもないんだよね。」

 まあ聞いたこともないケースだから実際のところはよく分からないけど。

 「じゃあ。」

 レナはシマヘビさんの方を見る。シマヘビさんはいやいやと手を振る。

 「私には無理ですよ。私が名付けたらレミ様が『動物』になっちゃいます。」

 「他人の名前は自分と同列以下しか名付けられないのよ。」

 レナはそれでもいいというが、シマヘビさんは断り続けた。そしてレナも落ち込んでしまった。

 元から元気なんてものを持ち合わせてなかったマクレロと合わせて、元気のない旅の一団になってしまった。別に無言で歩くのは慣れているけど、こう暗い顔に囲まれるといやになっちゃう。私は歩みを止めてレナの両頬を両手で挟む。

 「ああ、もう。名前くらい、魔法都市には魔女ばっかりなんだから誰かが付けてくれるわよ。」

 そういうと、レナはまた明るい顔になった。

 「ほんと?」

 「ええ。きっと。」

 「探して、くれます?」

 「……わかった。ちょっと聞くくらいはしてあげる。」

 ため息交じりにそういうとレナの歩みが軽くなった。次はシマヘビさんだ。

 「あなたも。どうせ魔女になったとたんに飛び出して盗賊になった口でしょ。」

 「あ、あの。山賊。」

 「どっちだって一緒。そんなのが心入れ替えて修行するとでも言ったらあなたの師匠がどんな鬼だってきっと喜んでくれるわよ。」

 「でも、うちの師匠結構怖いんですよ。怒鳴られるかも……。」

 「そりゃそうよ。弟子に期待しない師匠なんていないんだから。怒られるだけで済むんだから儲けものでしょ。」

 「この年で怒られるのはちょっと……。」

 「我慢なさい。自由の代償よ。」

 シマヘビさんは元気にはならなかったが、私の気持ちは少し晴れた。あとはマクレロだ。

 「あなたはいつまで下を向いているのよ、マクレロ。」

 マクレロはびくっと肩を震わせた。

 「あなたの境遇は可哀そうだと思うし、だからこそ生きる手助けくらいはしてあげてるつもり。でも、わたしたちには手助けしかできないのよ。」

 「……こんなの、なんなんだよ。生きたってしょうがねえよ。」

 ようやく言葉を出したと思ったら。そういうのは、もううんざりだ。

 「じゃあ死ぬ?」

 私は腰のナイフをマクレロに渡す。マクレロはびくっと震え、ナイフを落とした。

 「ちょっと、大事にしてよ。」

 「なんなんだよ!お前らは!ポンポン平気で、殺すの殺さないの。」

 「こっちのセリフよ。死ぬだの死なないだの、口ばっかりで何がしたいの。」

 「わかんないよ……もう……。」

 まあ、確かにこんな年で分かるものでもないか。

 「それなら生きてなさい。生きてたら、何かはできるんだから。」

 私は落とされたナイフを拾う。

 「死者を見て生を貴ぶ。死ぬ理由が見つかれば、生きることもきっとできるわ。」

 マクレロはうつむいて、何かを考えているようだ。

 「さあ、今やるべきことは歩くことよ。旅を続けましょう。」

 マクレロが顔をあげた。

 「待って。……街に、戻りたいんだけど。やりたいことあるから。」

 レナとシマヘビさんがこっちを見る。まだそれほど街から離れていない。

 「魔法都市に着くのは六日後かしらね。」

 小さなため息をついて、振り返る。私たちは街に戻ることにした。


 *****


 マクレロはすべてを一人でやった。がれきからショベルを探し、妹を街の外まで運び、穴を掘り、そこに妹を埋めた。レナやシマヘビさんは手伝おうとしたが、マクレロは全部断った。

 「僕がやらなきゃ、意味がないんだ。」

 妹を埋めきった頃にはもう日も落ちていた。マクレロは最後に、妹を埋めたところに二本の柱を立てた。

 「これがはしごになるんだって、母さんが言ってたんだ。このはしごを使って、死者が天に上れるように祈るんだって。聞いた時は意味が分からなかったけど……。」

 マクレロは声を殺して泣いた。私は彼が泣いたところを初めて見た様な、そんな気持ちになった。

 「ゴメン……ゴメン、マファ。こんなお兄ちゃんで、ゴメン。」

 マクレロは何度も謝るが、結果としては仇討ちもして埋葬もして、妹のため、家族のために、出来ることは全部やったのだと私には思えた。何も出来なかった私とは違って。


 私はレナを後ろから抱きしめる。レナは今どんな気持ちなんだろう。死んだ人を見るのも、こんな風に悲しむ人を見るのも、記憶の内では初めてなはずだ。

 レナの瞳には、どんな風に映ったのだろうか。

 聞いてみたいけどちょっと不安。それに、聞かなくてもただこうしているだけで、私はそれだけですごく安心する。

 「エレノラも、死ぬの?」

 レナが顔をあげて聞いてきた。その目はただまっすぐに私を見ていた。

 「死なないわ。召喚士あなたがいる限り、召喚獣わたしは死なないんだから。」

 笑ってレナの頭を撫でると、レナは目を細めて小さく頷いた。


 *****


 それから魔法都市までの旅路は、決して明るいものではなかったけれど、最悪っていう暗さでもなかった。

 魔法都市へは、はじめのより一日遅くなって、やはり六日かかった。

 あと二日で隠れ月。もうすぐ年が変わる。

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