2-4 魔女と『正義』と復讐と ―『正義』―
よく喋るシマヘビさんを無視しながら夕食の準備をしていると、大鷲改めアマレットは遠くをにらみだした。
「レミ。」
レナに注意するよう告げると、レナは近くに置いていた杖を取って構えた。よしよし。よく出来た子だ。
やがて注意していた方から、小さな山みたいなのが見えてきた。段々と近づいてきて、シルエットが見えるようになってくる。どうも大きな男が何かを抱えている様子だった。
「ごきげんよう、淑女の皆さん。獲物を捕まえたが、どうもこれを焼く火がなくてね。どうか火を貸してはくれないだろうか。」
その男は人のよさそうな笑みを浮かべて、遠くから大声で手を振りながら挨拶をしてきた。
レナは杖を抱えたままぺこりと頭を下げた。それで受け入れられたと取ったのか、男はそのままゆっくりと近づいて来る。
シマヘビさんもどうもと挨拶を返すも、視線は片手で抱えられたイノシシの方を向いていた。
すこし呆れながらも、私は男が間合いに入ってくる前にちょっと止め、アマレットを警戒態勢にさせる。
「困った時はお互い様というのが旅の流儀です。とはいえ、名乗りもしない男と共に火を囲むというのも無防備というものでしょう?」
少し牽制してみると、その男はあっはっはと笑い出した。
「いや、済まない。私は『正義』と呼ばれているものだ。これで良いかな?『
は?ちゃんと読んでみると、たしかにこの男の
慌ててアマレットをしまう。と、シマヘビさんが吹き出した。
「自分で正義って、恥ずかしくないんですか。」
「バカ、あなた魔女なのに『正義』も知らないの!?……失礼しました。私のことはエレノラとお呼びください。こちらはレミ、後ろの少年はマクレロです。」
「おお、淑女たちだけかと思っていたよ。どれ、そう硬くならずにみんなでこのイノシシを食べようじゃないか。それとも食事はお済かな?」
「いえ、助かります。」
『正義』に私のナイフを貸す。と、ちょいちょいと、隠れるようにシマヘビさんが質問してきた。
「あの男、何者なんですか?」
レナも顔をのぞかせてきた。
「『最も魔女らしくない魔女』、『不幸の元に来る男』、『「弱きを助け、強きをくじく」というのが正義ならば彼こそが「正義」』。彼に対する伝説によると、まあそういう人。」
不幸の元に来る男か。なるほど確かに私達はいろいろと不幸なパーティーだった。
今度はちょいちょいとレナが服を引っ張ってくる。
「彼は、『人』?」
「良いところに気付いたわね。そう、『正義』は『人』じゃない。何かの象徴として
「『人』の身を外れた……どんな魔法を、使うんですか?」
ちらりと『正義』の方を見る。
彼はイノシシをさばきながらマクレロと話をしているようだった。
「これも聞いた話なんだけど、彼は魔法も魔術も全く使えないらしいの。」
「はいぃ!?」
「なんだって!?」
シマヘビさんと『正義』の驚き声がシンクロした。あっちはあっちで何か驚くことがあったようだ。『正義』の方を見ると、涙を流していた。
なんというか、嫌な予感がする。
『正義』がイノシシの血を浴びたスプラッターなままこちらに近づいてきた。
「『
際限なく近づいてくるのを手で止まるようジェスチャーをする。血の付いた大男を側にやる趣味はない。
「私のことはエレノラと。……何の話です?」
「仇討ちだよ。そのために一緒に居るんだろう?」
私はため息をついた。最近ため息しかついていない気がする。
「そんなつもりじゃありません。安全なところまで送るだけです。」
今度は『正義』の方がため息をついた。
「どうしてだい。彼は困っている。私たちは彼らを助ける力がある。それで力を使わない理由がどこにある?」
「私たちは私たちの旅の続きがありますので。その中で、できる範囲のことをするだけです。そんなに仇討の手助けをしたいのならばおひとりでどうぞ。」
「それはできない。」
イノシシの方に戻り、最後の一太刀を入れる。
「私には仇を追う魔法なんて思いつきもしないからな。」
そういって彼は笑った。
「さあ、飯にしよう。腹が減っては何とやらというからな。」
……こいつも人の話を聞かないタイプか。
シマヘビさんが肩をポンと叩いてきた。
「まあ、ご飯のお礼に道案内くらいしてあげてもいいんじゃないですか?」
「それは火を貸す代わりでしょ。」
「置いて、いきます?約束、したのに。」
レナが上目遣いでこっちを見る。どうやら味方はいないらしい。
「分かったわよ。ただ、道案内だけよ。」
まあ、噂と名前が本当ならば、仇討ちの方には助けなんていらないだろう。
*****
寝る前に、熊と剣歯虎を出すと、また名づけタイムが始まった。
「くーまん、うーん……。」
レナはぶつぶつとつぶやきながら時々首を振っている。
「そんなに迷うなら、別に無理して付けなくてもいいんじゃない?」
「ダメです。」
即答に私は生返事だけ返して熊のお腹にもたれかかる。
放っておいていると、『正義』がレナの方に近寄ってきた。
「お、なんだ『
「名前、どうします?」
「名前って……この熊のかい?」
レナはこくりとうなづいた。そして剣歯虎の方を指さす。
「それと、この子も。」
「うーん、そうだな。よし、みんなで考えよう。ほら、『冬シマヘビ』にマクレロ君も一緒に。」
シマヘビさんと『正義』も一緒に考えだした。マクレロの方は考えてんのかぼーっとしてんのかよく分からない。
と、『正義』が手を打った。
「よし、熊の方は思いついた。『アルカトラス』なんてどうだ?勇ましいだろう?」
「なんなんですか?それは。」
「思い付きだ。」
聞いた私がばかだったのかもしれない。とはいえ、熊も含めて周りに異存がないようなので、熊の名前はそれで決まった。
剣歯虎の方はというと、三人でいろいろあーでもないこーでもないと話をしてもなかなか決まらなかった。
「剣歯虎だから、『ケンちゃん』。」
「雄々しさに欠けるな。『ドゥルガーノドゥン』はどうだ。」
「呼びにくくないですか?『キュラソー』なんてどうです?」
「うーん……。」
どうも難航しているようだ。これじゃいつまでたっても寝れやしない。私はマクレロに話しかけた。
「ねぇ、あなたは何がいいと思う?」
こういうときはこんな話で気を紛らわせた方が健康的だろう。マクレロは素直にちょっと考えて、ぼそりとつぶやいた。
「『コハク』。」
確かに、剣歯虎の長い歯の先は琥珀色をしていた。まあ、響きは悪くない。レナも満足そうだ。
「いい。」
「そうですか?私は――」
「良いじゃないか!剣歯虎君もそれでいいだろう?」
剣歯虎はくぉんと鳴いた。満足したのだろう。
「さあ、次は何だい。」
「今日はこれで終わりです。早く眠りましょう。」
私はレナを隣に呼んで一緒に熊改めアルカトラスのお腹を布団にして寝た。コハクは命名の賞としてマクレロに。まあ、元々マクレロに貸すつもりではあったけど。
「私の分はないんですか?」
シマヘビさんがうるさかったので、マントを一枚出してあげた。まだ不満そうだったが、それなら返せと言うと納得したようだった。
『正義』はもともとキャンプでは何も敷かずに寝っ転がるタイプの人らしい。豪快だ。
とにかく、そんな感じで私たちは眠りについた。
*****
あくる朝、私たちは街に戻り、仇の道案内のため、襲撃者たちの忘れ物探しを始めた。
とはいえ、私たちよそ者にはどれが誰のものかなんて分かりはしない。そこで、少し酷だがマクレロに探してもらった。まあ、考えてみれば元々彼の用事だ。
「できれば切れ端みたいなものがいいわ。折れた剣先とか、そういうの。」
『正義』はマクレロについていって、がれきを動かしたりしていた。
昼一刻が経った頃、がれきを持ち上げた『正義』が声を上げた。
「これなんかどうだい?」
そこには、女性の遺体がグリーブの片方を握っていた。グリーブは口のところがひしゃげていて、それで履けなくなったから見逃したんだろう。
マクレロの方を見ると、それを見ながら手をぎゅっと握って震えていた。
「あいつらのだ……!」
「見たところ傭兵がしてそうなものだな。なるほど、相手は傭兵団か。」
傭兵団でこういうことをするということは、うまくいってないのだろう。まあ最近は戦争の噂も聞かないからな。
ともあれ、財政難ということならう片方は持って帰っているかもしれない。
「やってみましょう。レミ。」
近くでシマヘビさんと話していたレナを呼んだ。
「これの相棒を探すの。やってみて。」
「私が?」
「大丈夫なのか?こんな子供で。」
マクレロが聞いてきた。馬鹿にするというよりは、本気で心配している様子だった。ただ、レナはちょっとむかついたようだ。
「大丈夫よ。こう見えてこの子、あそこのお姉さんの何倍もすごい魔女だから。」
今度はシマヘビさんが複雑そうな顔をした。まあ、事実だから言い返す言葉もないだろう。
レナは杖をぎゅっと固く握りしめていた。緊張しているのかもしれない。レナの手に私の手を重ねる。
「大丈夫、イメージして。どうなったらこの靴がもう片方の方に行くのか。」
レナはこっちを見てこくりとうなづいた。そして深呼吸をして、杖でグリーブを指した。
「靴は二つで一つ。一足だけでは靴とは呼べまい。ゆえに、旅に出よ。靴が靴であるために。お前がお前であるために。」
青い輝きを帯びたグリーブはぴくぴくと震えだし、ぴょんと独り立ちした。そしてひょこひょことどこかへ動き出した。まるで人が歩いてるみたいに。
「さあ、付いていきましょう。」
「おお、流石はかの有名な『
しかし靴の動きがちょっと速い。私たちは少し小走りで追いかける。
「もうちょっと遅くできなかったのかよ。」
「片方を、無くしたら、焦るの。」
「あなた達、おしゃべりしてると疲れるよ。」
グリーブは街を抜け、私達の抜けてきた壁のような山に向かっていった。しかし山は登らず、渓谷とは逆の側に回り込んでいき、やがて山壁が引っ込んだところの洞窟に入っていった。
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