2-3 魔女と『正義』と復讐と ―跡地―
日の落ちそうな頃、私たちは峡谷を抜け、町に出た。正確には、町だった場所だ。家々の屋根は焼け落ち、場所によっては石造りの壁も壊されていた。そして、道や広場、そこら中に人の死体が転がっていた。
明らかに襲撃があった後だ。しかも割と最近。
「ひどい。」
思わず言葉が出た。こういうのは見たことがないわけじゃないけど、何度見てもいい気分にはなれない。
こういうことをするのは……。とりあえずシマヘビさんの方を見る。
「わ、私たちじゃないですよ?」
「分かってる。あの人数じゃ、ここまではできないでしょ。」
大きな町ではないけれど、六人程度に壊滅させられる規模ではない。見たところ、抵抗した様子もあるし。よほどの魔女がいたか、洗練された部隊だったか。
どちらにしても、終わった話だ。
「なんにしても、ここじゃ寝られそうにないわ。なんせひどい匂い。あ、レミ?」
こういうのに慣れていないであろうレミの方を見るが、特にショックを受けている様子も吐きそうな感じもない。むしろ私よりも気にしていなさそうだ。さっきのナイフの時といい、人質に取るような相手を助ける所といい、この子にはどうも死とか傷つくとか、そういうものに対する感情が薄いように思える。
「あまりに気にしないってのも不健康よね。」
「なんですか?」
「何でもない。独り言。」
レナにはもっといろんな人とのかかわりとか、そういうのが必要なのかもしれない。魔法都市に着いたらそのあたりも考えよう。
なんにせよ、とにかく今は寝床の確保だ。
「シマヘビさん、この辺でキャンプに適した場所はある?」
「ああ、草木は少ないですが近くに川はありますんで、どこでも。」
まあもともと町があるってことはそういうことでもあるよね。
「じゃあここを離れましょうか。なんせ匂いが……。」
と、服が引っ張られる感触。
「レミ、どうしたの?」
「私、じゃないです。」
引っ張られた方を見ると、男の子がいた。血や泥にまみれて、ちょっと小汚い。
私は屈みこんで少年と向かい合った。
「なんの用?」
「助けて。」
少年の手は少し震えていた。そして振り返って走って行った。ついて来いってことだろうか。
少年の背中にまずレナがついていき、金魚のフンみたいにシマヘビさんがついていく。
「ちょっと、レミ。」
話しかけても止まらないので、仕方なくついていく。
やがて倒壊した家屋の前に止まっている三人を見つけた。近づくと、家屋から腕が出ていた。細くて白い腕だった。
「この子は?」
「マファ。妹。」
少年は答えて、こっちを見た。そして震える声でつぶやくように言う。
「助けて。」
一緒にレナとシマヘビさんもこっちを見る。
仕方がないので白い腕をつかんでみるが、案の定何も感じられない。
「言いにくいんだけど……この子はもう助からないわ。」
「助けて。」
「だから……ああ、ちょっと後ろ向いて。」
少年が後ろを向いたことを確認して、簡単な詠唱をして腕の主をがれきから出してあげる。
付いてきたのは思ったよりは潰れていない、少女の死体だった。思ったよりはましとはいえ、所々肉が見えているのは情操教育に悪かろう。そのあたりも綺麗にして、道にそっと寝かせる。
「さ、もういいわよ。」
少年は振り返って遺体を見ると、駆け寄って体を揺らしたり頬をたたいたりする。やがてキッとこちらをにらむと、どこかへ走り去っていってしまった。
「姉さん、えぐいことしますね。」
そんなにエグくはない。と思う。そもそも睨まれる筋合いだってない。
「私、聞き分けのないガキって嫌いなの。」
私の言葉に反応してレナがこっちを見る。
「ああ、レミはそんなことないよ。聞き分けも……まあ大体いいし。」
レナの頭をポンポンと撫でる。聞き分けがないのはその隣のヤツだ。
「それに、ごまかすよりも知った方がいい時ってのはあるの。まあ、人によるけど。」
そのあたりはあの少年の心が強いことを願う。
「しかしあの子、どこ行きましたかね。」
「さあ?その辺にいるでしょ。」
そうは言ってもその辺でのたれ死なれては寝覚めが悪い。探しに行こう。
少年の走り去っていったほうに歩いていくと、レナとシマヘビさんが付いてきた。
「なんだかんだ言ってもほっとけないんですね。」
「エレノラは、世話焼きだから。」
「うるさいわね。知ってる?蛇ってあんがい美味しいのよ。」
「わ、私だけですか!?」
大げさなリアクションを無視して進んでいく。
少し歩くと、広場に座り込んでいる少年がいた。
「こんなところにいたのね。」
少年に話しかけると、少年はこっちを見ずに尋ねてきた。
「お姉さんたち、魔女なの?」
「まあ、そうね。」
少年は立ち上がって私の両腕を取った。
「それじゃあ、僕を魔女にして。」
「なんで?」
少年は掴んでいる手に力を込めてきた。ちょっと痛い。
「奴らに、復讐してやるんだ……!」
掴まれていた腕を振りほどく。
「女の子はもっと優しく扱うものよ。」
「姉さん、女の子って年ですか?」
シマヘビさんをキッとにらむ。今はシリアスな場面でしょうが。
「言葉のあや。それに魔女に年齢を聞くもんじゃないでしょ。」
気を取り直して、そこまで言うのなら試してみよう。
少年の腕をつかみ返す。少年は手を引こうとするが抑え込む。
「じっとして。」
魔力を彼の腕をそっと撫でるように動かす。特に反応は見られない。
「何か感じる?」
少年は首を傾げた。私は少年の腕を離す。
「やっぱりダメね。」
「ウソ。感じた。なんか……なんか感じた。」
私はため息をついて、後ろにいるレナとシマヘビさんの腕を掴んで同じように魔力で撫でた。
「ひゃん!」
レナは大きく体をびくつかせ、声を出した。……思ったより感度が高くてこっちがびっくりした。
シマヘビさんもレナほどではないものの、くすぐられた時みたいに肩をびくりと震わせていた。
「これが、正しい反応。魔力が感じられないなら魔女にはなれないわ。どれだけ頑張っても。」
少年はうなだれた。両手でぎゅっと握りこぶしを作り、体を震わせている。泣くのを我慢しているのかもしれない。
「……まあ、別の街に連れて行くくらいはしてあげるわ。どのみちここではもう暮らせないでしょう。」
少年は特に反応を返さない。ため息をついて、少年を二人に任せる。シマヘビさんが少年の肩をたたく。
「未来に生きるっすよ、少年。」
それでいいのか、励ましの言葉は。私が言うことでもないけど。
「早く行くわよ。」
私は二人を置いて町の出口に歩いていく。レナはそのまま、シマヘビさんは少年の手を引いて付いてきた。
*****
月明かりの中、私たちは町から少し行ったところでユニコの荷を下ろしてキャンプを張った。
色々あって疲れたのだろう、少年は準備の途中でふらふらだったので、先に休ませておいた。
さて、今日は街に泊まる予定だったから実はご飯はそんなに余裕がない。しかも予定外に二人も増えたから余計にどうしようもない。流石にここまで日が落ちると動物も見つけられるか危うい。まあ、一応大鷲を飛ばしておこう。と、レナが寄ってきた。
「ご飯、大丈夫?」
「大丈夫……じゃ、無いかも。まあ、鳥の巣でも見つけてくれれば儲けものかな。」
後ろで座っていたシマヘビさんが不満を漏らす。
「えー。私、実は朝から食べてません。」
……この女、食料までたかる気だったのか。どこまで厚かましいんだ。
「そう、良かったわね。」
「良くないです!」
「なんでも良いけど火くらい起こしといて。」
シマヘビさんに適当に焚き木を投げると、魔女らしく魔法でつけてくれた。
私と同じ緑の魔力光。嫌な予感がするが、気にしないでおこう。
「エレノラと同じ。」
と思ったらレナが反応してしまった。とりあえず頭をなでてごまかそう。
「え、なんの話ですか?」
と思ったのにシマヘビさんに聞こえていたようだ。
「色。」
「あぁ。え、もしかして姉さんもアカデミア出身ですか?」
「……そうだけど。たぶんあなたよりずっと昔の話ね。」
魔女になったのは何十年も前の話だ。シマヘビさんとは世代が違う。はず。
……どういう訳かレナがなんかすねてる。
「どうしたの。」
「違う色、私だけ。」
そういえばレナは青い色だった。あざやかで深い青。私の魔力が混じってなければ、もっと澄んでいたかもしれないな。
まあともあれ色はどうしようもない。視線を合わせて理屈を説明する。
「あのね、魔力の光は師匠によって変わるの。あのジジィ……『
これでちょっと持ち直したかな。
「エレノラとシマヘビ、同じ師匠?」
「あ、確かに――「それはない。」
思わぬことを言われて食い気味に否定してしまう。思ったよりシマヘビさんが傷ついたらしい。
「姉さん、そこまで私のことを嫌ってたんですか……。厳しいツッコミは愛情の裏返しかと思ってたのに。」
「いや、それも無い。でも、なんというか。私の師匠は十年前、戦争で亡くなったから。シマヘビさん、魔女になったのはここ数年ってところでしょ?」
「あ、はい。……なんかすみません。」
「別に。私自身、もう何年も前のことだから悲しくなったりはしないし。」
もう、旅の目的も、なんで『最強』を倒そうと思ったのかも忘れてきてしまった。
怒りを持ち続けるには、十年は長すぎた。今あるのは、惰性か、あるいは。
答えのないことを考えているとぎゅっとレナが手を握る。優しい子だ。話題を変えよう。
「それに、色の種類は私の知る限りだと六色くらいしかないから、結構同じ色の人はいるものよ。なんとなく系統はあるけど。」
緑や青はアカデミア出身が多い。そういえば『
「じゃあ、私と同じ色の人も。」
「きっと会えるわよ。旅を続けてれば。」
頭をなでると微笑みを返してくれた。いまの旅は、レナのための旅でもあるからね。
*****
少年が起き上がってきても、大鷲は帰ってこなかった。やっぱり難航しているようだ。
各々が焚き火に当たりながら静かにしている。レナは、何か考え事をしているようだ。
「どうしたの?」
「名前。」
「ああ、そういえば少年の名前聞いてませんでしたね。私は『冬シマヘビ』です。あっちのお姉さんがエレノラで、その隣がレミ様です。」
焚火の向こう側で座り込んでいる少年に話しかける。私から敬称が消えたな。そのほうがいいけど。
「マクレロ。」
少年はボソッと呟くように言った。だが、レナはまだ何かを考えているようだった。
「それも、ですけど。」
と、大鷲が帰ってきた。残念ながら何も捕まえられなかったようだ。まあ、今日くらいはユニコに積んでいたのがあるから何とかなるか。
帰ってきた大鷲を腕に留めると、レナが寄ってきて大鷲を指さす。
「この子の、名前。付ける。」
ああ、そういえばそんな話もあったっけ。と、シマヘビさんが寄ってきた。
「へー、名前付けていいんですか?じゃあ、『アマレット』なんてどうです?実は私の師匠が飼ってた子に似ているなって思って。その子が『アマレッティ』っていうんです。」
聞き覚えのある名前な気がしたけどそこは無視。
「あなたには聞いてないけど。」
しかし、大鷲は機嫌よさそうに鳴いて返した。レナも頷いている。
「いいと、思います。この子に、ぴったり。」
「まあ、レミがそう言うならいいけど。」
そういう訳で、大鷲はアマレットという名前になった。
「姉さんってレミ様に超弱いっすね。」
ほっとけ。
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