2-2 魔女と『正義』と復讐と ―道連―

 渓谷を二人と一角獣ユニコで歩いていると、レナがまた少し考えてからまた質問してきた。

 「魔法使いに、なれないって、あります?」

 あれだけ魔法を使っておいて何を言い出すのかとは思ったけど、常識を教えるという話だったな。私も少し考えて、レナに答える。

 「いなくはないわね。向き不向きはあるわけだし、魔法使いに限らず、魔女になったもののそこからの修行をしない人たちはいるから。そういう人たちは大体占い師にでもなるか、」

 と、にわかに周りの山がうるさくなってきた。

 馬に乗った人たちが五、六人、右側の山から駆け下りてきた。みすぼらしい布を巻いて、似たような剣を持っている。1人だけ土気色のローブを纏い、フードを深くかぶっているが、長い赤髪や体の曲線を見る限り女だろう。

 私はとりあえずレナを後ろに下げる。

 「盗賊ね。」

 魔女の堕ちる先の一つ。ただの人でもそんなものかもしれない。

 しかしタイミングが良過ぎる。こういうのは口に出すと来るとはいうけれど……。いや言う前に来たなこいつら。


 馬に乗った男たちの先頭に立っている人が、剣を手にポンポンとしながらこちらに話しかけてきた。おそらく、リーダー格なのだろう。

 「よぉく分かってんじゃねえか、姉ちゃん。そのやわっこそうな肌傷つけたくなかったら身ぐるみとその馬全部置いてきな。」

 「まあ、傷つける方でも俺たちゃ全然かまわねえがな。」

 「むしろその方がいいってなもんだ。」

 男たちは下卑た笑い声をあげる。

 獲物を前に舌なめずりか。私は思わずため息をついてしまった。

 「あのねえ。あなた達、か弱い女性がこんなところでピクニックでもしてると思う?」

 「姉ちゃんらが何もんだろうと構わねえよ。なんせこっちには強い味方がいるってんだ。」

 リーダー風の男がフードの方に顎を向けると、その人はフードを取った。気の強そうなつり目にそばかすの乗った顔をした女性だった。

 「この方こそ、世にも恐ろしい俺たち『クランバティ山賊団』の用心棒の魔女、『双頭の巨竜ツインヘッドドラゴン』様だ!」

 『双頭の巨竜ツインヘッドドラゴン』と呼ばれた女は誇らしそうにこちらをにらんできた。

 「わかったかい、あんたら。あたいだってむやみやたらに人を傷つけたくはないんだ。だからおとなしく……。」

 『双頭の巨竜ツインヘッドドラゴン』なんて聞いたこともない。そりゃ在野の魔女なら知らなくてもおかしくはないけど……。

 話しているのも気にせず近づいて、本当か確めてみる。

 「な……なに。」

 「『冬シマヘビ』、か。確かに巨竜っていうにはいろいろと足りなさそうだけど。」

 魔力を読めば、二つ名ウィッチネームに関する嘘はすぐに分かる。スレンダーな体形の巨竜もといシマヘビさんは、顔を青ざめて私から離れるように後ずさりしていった。

 「ば、ば、『円卓の管理者バトレスオブラウンド』!?聞いてないよ!」

 「あれ、言ってなかったかしら?」

 シマヘビさんはそのまま頭を抱えながら後ろの方でぶつぶつとつぶやいていた。

 シマヘビさんの動揺が伝わったのか、山賊たちもなんだかおたおたし出す。まったく、世にも恐ろしい山賊団だこと。

 「じゃあ、そろそろ行っても……。」

 と、シマヘビさんから突然濁った緑色の光が現れ、後ろにいたはずのレナがものすごい勢いで山賊達の方に飛んでいく。そしてシマヘビさんに捕まってしまった。

 「レナ!」

 しまった、魔法を使って当然なのに完全に油断していた。ユニコに守らせればよかった。

 私は急いで胸に手を入れようとするが、レナの細い首筋にナイフが当てられる。

 「おっと!下手な動きはするんじゃないよ。何かしようとしたりしゃべりだしたらこの子の首をかっ裂くからね。」

 私は言われるがまま手を上げる。この距離だとナイフの動きの方が早いだろう。

 シマヘビさんはナイフを持っている方の肘でレナを抱えるようにして、空いた手でレナの口をふさいだ。

 「どうやらこの子も魔女だったみたいだね。まあこうしちゃえば何もできないでしょ。『ひよっ子ビギナー』さん。」

 レナはひよっ子ビギナーと呼ばれて少しムッとした表情を浮かべた。怒るのもいいけど、ナイフを突きつけられて怖くないのだろうか。

 「さあ、この子を傷つけたくなかったら……」

 シマヘビさんが話している途中でレナが暴れ出した。

 「ちょ、あぶな、やめ、刺さ」

 なんとか暴れるレナを押さえようとしたシマヘビさんは、手をレナの口から話してしまった。レナが自分に向けられたナイフに向かって息を吹きかけると、シマヘビさんのナイフは刃が根元からぽきりと折れた。

 「こっちへ!」

 その隙をついてレナを呼び寄せる。レナは行く時と同じように、ひとっとびでこっちに帰ってきた。

 ちゃんとレナを抱きとめる。この子は、もっとマシな山賊だったら暴れた瞬間にブスリとされることだってあるのに。まあ無事だったので良しとしよう。


 人質を取り返せばこっちは『人』の魔女が二人、向こうはナイフをなくした『動物』とただの人が五人。形勢逆転……って言うほど劣勢でもなかったけど、ひとまずはしっかり勝利宣言をしておこう。

 「ちゃんとナイフに魔力付与しておくべきだったわね。」

 シマヘビさんはナイフとこちらを何度も見返していた。

 「さあ、どうする?シマヘビさん。」

 シマヘビさんは二、三歩後ずさりをしたあと、膝を落とし、腰を曲げて頭を地面にこすりつけた。あまりのすがすがしい頭の下げ方に、思わずフリーズしてしまう。

 「す、すみませんでしたー!」

 その一言を合図に盗賊たちは一目散に逃げていった。シマヘビさんを残して。

 「あ、ま、待ちなさいよあんたたちー!」

 シマヘビさんは頭を上げて逃げ去る盗賊たちに向けて言葉を放ったが、盗賊たちは止まるはずもなく、やがて視界から消えていった。

 ご丁寧にシマヘビさんの乗っていた馬も連れて行ったので、私とレナとユニコ、それにシマヘビさんだけがそこに残っていた。


 *****


 謝るのも忘れて、シマヘビさんは立ち尽くして(座りつくして?)いる。

 「それじゃあ、私達も行きましょうか。」

 哀れなシマヘビさんを横目に、私はレナの手を引いて先に行こうとする。と、シマヘビさんは私の足に縋り付いてきた。

 「ま、待ってくださいよ姉さん。こんなところに置いていかれて、私、どうしたらいいんですか?」

 口調もなんだか情けなくなっている。いや、無理のない感じを見るにむしろこっちが素なのかもしれない。

 「ここら辺は夜になるとコヨーテとかが出るらしいから気を付けてね。」

 縋りつかれた足を無理やり引き離して先に進もうとするも、もう片方の足を掴まれた。

 「知って、ますよ!だから、こうして、頼んでいるんです!頼みますよぉ。近くの町まででいいですから。」

 「ああ、もう!あなたも魔女の端くれなら自分で何とかしなさい!」

 同じように無理やり引き離す。

 「そんなぁ。私のエモノはあなたの所の娘が壊したんですよ?単体ならともかく、大勢の動物相手だったら詠唱唱えている間に食い殺されちゃいますよ。」

 「それはあなたの油断がもとでしょ?」

 まあ私の油断にもちょっと問題があったけど。

 とにかく。地面に這いつくばって鳴いてるシマヘビさんは気にせず、レナの手を引いて先に行こうとする。これ以上引っ付いてくるならユニコに蹴っ飛ばしてもらおう。

 「それにしてもナイフ突きつけられてもおびえないなんて、意外と……あー、レ、ミ?」

 レナもといレミは手を引いても動こうとしない。別にシマヘビさんが掴んでいるわけではないようだけど。

 「エレノラ、助けて?」

 シマヘビさんは途端に顔を明るくした。

 「ほら、ほら、お嬢さんもこういってますし。」

 「ダメ。こういうのは甘やかすと余計にダメになるタイプよ。」

 「でも、ナイフは私が。」

 レナは少し困ったような顔をしている。私はため息をついた。

 「いい?あんな連中とつるんだのはアレの自由。私たちを襲ったのも、レミを人質にしたのも自由。それでナイフを無くすのも、そのせいで死にかけるのも、アレの自由。魔女の自由は尊重しなきゃ。」

 「私が助けるのも、自由?メイド長。」

 レナは小首をかしげてこちらを見た。

 うーん、この顔はずるい。

 さっきよりも深いため息をついた。

 「仰せのままに、ご主人様。」

 私の言葉が終わるより先にシマヘビさんは飛び上がった。

 「やったぁ!あ、私『冬シマヘビ』です。ってもう知ってますよね。『円卓の管理者バトレスオブラウンド』様に『ひよっ子ビギナー』様。」

 シマヘビさんはニタニタとした笑みを浮かべてレナの方にすり寄ってくる。

 「私はエレノラ。そっちはレミ。私たち、二つ名ウィッチネームで呼ばれるのがあまり好きじゃないの。」

 「ああ、それは失礼しました。ささ、行きましょうレミ様。今日はどちらまで?あ、お荷物持ちましょうか?」

 シマヘビさんはゴマすりながらレナの方にすり寄っていく。さっき殺そうとした人にあそこまですり寄れるとは逆にすがすがしいな。

 レナは困ったようにこっちを見るので、肩を掴んで反対側に回す。

 「あー、この娘、あまり人慣れしてないから、ほどほどに。峡谷を抜けた先に町があったでしょ?とりあえずそこまで行きましょう。あなたとはそこでお別れってことで。」

 すると、シマヘビさんはばつの悪そうな顔をした。

 「えーっと、つかぬ事を聞きますが、もしそこがないとしたらどうします?」

 「どうもしないけど。そこらへんで野宿ね。どうして?」

 「実は……。」

 『冬シマヘビ』さんは、怒られそうなことを親に報告する子どもみたいに話し始めた。

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