第4話 乞食猫
「コムギは神様なんだな?」
「うん、そうだねー」
「誰が信用するんだ。そんな根拠のない話」
「それはボクだって簡単に信用してもらえるとは思ってないけど」
コムギは横に伸びたヒゲを手で整えつつ、分かり切ったことを言う。
「そうそう居ないと思うよ。ボクみたいな喋れる猫は」
確かにその通りだとは思うが。顎に手を当てて少しだけ考えてみるが、この猫が神様であろうが何だろうが最早どうでもよい感じがした。なんかそれっぽい存在なんだな、うんうん。
「まあそれはそれとして、もしお前が神様みたいな存在だったとして何のために、この世界にいるんだよ?」
「元々は見廻りのためだったんだけど、ボクだってこの世界に長期間もいるとは思わなかったさ」
コムギは肩をすくめて首を左右に振った。
「理由はこの尻尾にあるんだ」
そう言って、垂直に折れ曲がった尻尾を上に立てる。先端は違う方向を向いているが。それをくねくね動かして指をさした。
「これはただの尻尾のように見えて、特別な役割を持っているんだ」
「つまり、ただの尻尾じゃないと」
コムギはまるで博士のように頷いている。ふむふむ、理解が早いのう相沢君。とでも言っているのか。軽く馬鹿にされたような気がした。
「いろいろな機能があるんだけど、その中でも特に失ったら困る機能があるんだ」
「それは?」
俺は首を横に傾げる。
「理屈が難しいから詳しい説明を省くけど、別世界を繋ぐ回線っていう機能なんだ」
「簡単に説明すると?」
別世界を繋ぐ回線。『別世界』というワードが気になるが、それはたぶんコムギがいた世界だと思う。
「要するにこの地球以外に別の世界があって、尻尾はそこを行き来できるようにするためにある。そういうことで合ってるのか?」
「雑に説明したから仕組みは分かりにくいけど、まあそんな感じだよ」
コムギは、これで理解した?というような片目ウィンクをした後、残ったオレンジジュースをズルズルと飲んだ。
現在コムギにとって大切な尻尾は、根元から先端にかけての中間から90度に折れ曲がっている。
「今じゃそれが折れて機能を失い、別世界との通信が途絶えたと。解釈はこれで合ってるか?」
「そうだねー。でも、途絶えたら途絶えたでまだ帰る手段は残ってるんだよ」
「それは?」
「仲間の助けを待つ」
「他力本願だな」
「仕方ないじゃないかー。そもそも、君が原因なんだから」
「たしかにそうだな」
「だからこそ、君に責任を取ってもらおうと思ったんだよ」
「頼る仲間がこの世界にはいないとなると、そうなんのも仕方ないな」
少しだけ納得した。
「初めて会った時、道端で倒れてたよな?なんかあったのか?」
「道に迷ってねぐらが何処にあったのかわかんなくなったから、そこら中を歩き回ってたんだよ」
「それでも見つからず、路肩に倒れこんでたと」
「倒れ込んでいた訳じゃなかったんだけど、眠たくなったから」
「眠かっただけかよ」
神様としてこの世界に調査をしに来たが、道に迷って挙句の果てに寝床も見つからず道の端っこで寝ていたところ、俺に会って尻尾が折れてしまったと。
この猫、本当は疫病神だろ?そう思ってしまうほどの悪運が、コムギには備わっているようだ。
「まあ、こんな暖かい寝床があるから、ボクはそこに住んでしまおうと決めたわけなんだけど」
「その温かい寝床を与えているのは、一体誰なんだろう?」
皮肉っぽく言ってみた。
「ボクを帰れなくしたのは、どこのどいつかな?」
コムギも同じように皮肉で返した。猫の口元はニヤッとした悪い笑みを浮かべている。俺はさらに煽ってみた。
「いざとなったらこの家から追い出すこともできるんだけどなー」
「このボロアパートくらいとっとと出てってやるさ」
またも、この猫は汚い笑みを浮かべている。
「このアパートはボロくねえよ」
「ボロいね」
俺が頑張って貯金した努力の
「このヤロッ」
もう許しておけん。一瞬で猫の尻尾をつかんでやろうと、机から身を乗り出した。
「オリャッ」
するとそれを一回転しながら俺を躱し、カウンターの回し蹴りをされた。その蹴りは真っすぐ左頬に直撃する。
「痛ああぁぁ!」
宣戦布告もなしに攻めたが、あえなく撃沈。手加減しろよ。このバカ猫。
「そんで?経緯は分かったけど、助けを待つ間はどうするんだ?」
左頬はいまだ赤く腫れている。
「うーん」
コムギはまたも、天井を見つめ考えこんだ。
「特に何もない」
「暇じゃないかそれは」
「じゃあ、どうすればいいと思う?」
コムギは、両手でお手上げというポーズを取った。
「俺に聞いてもわかんねえよ」
「だよねえ」
コムギはニヘラと力の抜けた笑い方をする。
「うーん、お!」
コムギの頭上に、光った電球が出現した。
「じゃあ、こんなのどう?」
コムギは指をぴんと立て一つ提案する。
「特に人間に害のないことであれば、ボクを利用しても構わない。ていうのは?」
「つまり?」
「ボクの能力だよ」
突拍子もないことを言い始めたぞ。この猫。
「ボクがここに住んでいる間は、君がボクの能力を利用しても構わないってことだよ」
「お前の能力をどう扱えと?」
「そうだなー、君の趣味とか人間関係、あと人助けなんて事にも、ボクの能力はきっと何かの役に立つはず」
「それは思ってもみない恩恵だな」
「でしょ?まあ、良い事づくめっていう訳でもないけどねー」
「というと?」
「例えば」
正面のコムギは俺を見つめる。
「人間の考えていることを読み取ったりする。なんてことも出来るよ」
気味が悪かったので、すぐに目をそらした。
「ぞっとするな、その能力」
「そうかなー?もっと凄いのもあるけど」
猫は意地の悪い笑みを浮かべる。まさか、悪いことしないだろうな?
「さすがに凄いのはやめろよ」
「善処するよ」
猫は機嫌よさそうに尻尾を振った。
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