X話 街角の電気屋_4

「ゐ―す。さおっち、おひさ」

 夕方、いつものように店番をしている沙織のもとに、小柄な女性が訪れた。

「あ、ユリおばさん。ゐっす。学校は?」

「京くんが消えたと聞いて、いてもたってもいられずにね

 女性は沙織の叔母にあたる、森田ユリ。

 自称永遠の女子女子大生――の三十台だが、ある意味外れてはいなかった。

「一週間はテスト休みだよ。昔は、ものすごくお堅い大学だったらしいんだけど、今や物好きの巣窟さ」

「わざわざ、東京の大学に行くなんて、確かに」

「あんだけ敷地は広いのに、ロクに畑もつくれないからな。ま、しょうがないさ」

 大学の敷地はやたら広く、昔は動物園まであったと聞いている。

「とりあえず、学生も我ら教員も一休みなんだよ」

「へえ……」

「でだ、京くんが消えたってことは、アレが動いたってことだよな」

「心配で来たんじゃないの?」

「今更心配してどうするのさ。ささ、見させてもらうよ」

「あー」

 ユリは沙織の横をぬけ、勝手に二階へ上がってしまった。

「ごなー」

「しょうがない、タレ助、ついて行って」

「なーごなあ」

 ネコ語で「しょうがない」とでも言ったか言わないか、タレ助もとことこと二階に上っていった。

 森田家はみんな、こんなのばかり。と、森田家の一員ながら沙織は思った。

「ちはっ。京司が消えたと聞いてな」

「あ、ばあにゃんまで」

 ユリに気を取られている間に、ばぁにゃんこと、曾祖母がひょっこりと現れていた。

森田家直系の婆さまで、時々、京司か十五分で歩くところを、十分かけて遊びに来る。

「さおっち、そろそろボクを“ばあにゃん”と呼ぶのはなあ」

「ばあにゃんこそ、その年で“ボク”……」

「これはポリシー。ダンナはこれが好きなの」

「あはは……。で、そのひい爺ちゃんは?」

「また、何が作ってるよ」

「森田だなぁ」

「さおっちもナ」

と、そこに沙織の父、現店長の康之が現場から戻ってきた。

「どうした、婆さま」

「どうしたじゃないっ!」

ペシッ。

婆さんの小さな平手が、いい歳をした孫の手を叩く。

「セガレが消えたつてのに、呑気だな?」

小さな婆さんから、鋭い眼光が放たれる。

「な、なんで知ってるのさ。たまげたな」

「今朝、タレ助が教えてくれたよ。散歩の途中でね」

「ったく、かなわねえな。でも分かってたことだべ?」

康之は、ため息混じりに肩をすくめた。

「そだけどさ、早いね。もう、年単位で早いよ」

「予定通り、親父と海外にいることにしといたから」

沙織は、大人二人の会話をキョトンとして聞いた後、「どういうこと?」と、訊いた。

「そういうことだよ」

「やっぱり、そうなんだ」

 曾祖母の言葉に沙織は少し肩を落とした。

「残ってるボクらが頑張らないと、ナ?」

「あ、うん」

「んなわけでな、椎茸、おすそ分け。ウチのホダ木に生えてたの、とってきたぞ」

「ホダ木? 一昨年、お兄ちゃんと作って、竹藪の横に置いたやつ?」

「そうだけど。ん? 今日は『京くん』じゃないのな」

「あー」

「しかしまあ、さおっちったら、なんでそっくりかなぁ」

「だれに?」

 もそっと、商売道具の片づけをしていた康之が訊いた。

「おめーには教えない」

「ま、血がつながってないから、たまたまなんだろけどさ」

「ほー……?」

 沙織に近づき、そっと耳打ち。

「ダンナの元カノさ」

「ほーぉ!?」

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