第4話 通信局f

「凄い、本当に直しちゃった」

 ユレが、そっと中に入ってきて京司に並んだ。

「使い方まで分かるなんて」

 畳まれた紙をとりだすユレ。そこには、京司の知らない文字でいろいろ記されていた。

「使い方の写しを貰って来たのだけれど、要らなさそう」

「あはは……鍵とセットで、マニュアルあったのか」

 その紙には、扉を開けた鍵が貼り付けられていた跡があった。

「わたし、簡単な操作なら出来るから、護衛に。はいこれ」

 とり出された紙が京司に手渡される。

 だが意味不明の文字や記号をみながら、京司は苦笑したするしかなかった。どの道さっぱりよめない。

「あーのーな?」

 後ろから、アンゼが紙を見る素振りで間に入ってきた。

「モリタなんだぞ。当たり前っさ」

「あっちにいたら、俺じゃなくたってさ」

 ほんの一日前までいた世界に、思いが飛ぶ。

 と、その時、触ってもいないのに、目の前から音がなり始めた。

『ビービッビービッ、ビービービッビー』

 小さな音だ。

 三人とも息をひそめ、聞き耳を立てる。

「返事だ。アンゼ、モビを」

 京司は預けていたモビを受け取り、動画機能を立ち上げた。

 帰って来たのは“CQ”コール。

 小さい頃、消えた爺さんに教えて貰った呼び出しのサインだ。

「三回コールされたら、こうだったよな」

 爺さん、と心の中でつぶやき、信号を送る。

『ビービッビー』

 K――“どうぞ、つづけて”

 たしか、そんな意味だったはず。

 思った通り、すぐ後に複雑なパターンの信号が送られてきた。音の間隔が短く、とてもじゃないが京司には聞き取れない。 

 動画を立ち上げておいて正解だった。

「なにやってんさ?」

「しーっ」

 後から調べるために、録画は続く。

 だが、ほんの一分ほどで音が急に小さくなり、聞こえなくなってしまった。

「ありゃっ? 暗っくなった」

「マジかよ」 

 京司はあかりの代わりに、壁のメーターを見上げた。

 針が、ゼロ付近で弱々しくふらついている。

 そういえば、大きな建屋からの振動もなくなっていた。

「魔力ぎれ……」

 ユレが残念そうに言った。

「魔力? 電力じゃなくて??」

「何か、ちがうの?」

「え、いや。どうかな」

 今詮索するのはやめだ、と京司はおもう

「色々送られてきたけど、私には聞き取れなかった。音は聞こえてるんだけど、意味が……お役に立てずごめんなさい」

「あれだけ早いとな。でも、これなら」

 モビの中で今撮った動画が選ばれ、ほとんど使われていないアプリで開かれた。

 再生は『ビッ、ビー、ビー』と、はじめからスロー。

 その音に合わせ、画面の端で文字や記号が浮かんでは消える。ほとんどが、いわゆるローマ字だ。

「まさか、このアプリ使うことになるとはね」

 現れる文字を見ながら、京司は呟いた。

「しかし、変な字だな」

 アンゼがクビを傾げる。ユレもまた同じで、逆に謎の文字だった。

「よし、きた分だけは取れた」

 動画が終わると画面が切り替わり、現れた文字が数行に渡って並べられていた。

 京司にとってはただのローマ字、アンゼやユレには謎の文字。

「読めるんけ?」

「もちろん」

 一息置いて、読み始める。

「コチラ、ソラノミヤ。SOSジユシン、イズコナリヤ、イズコナ……で切れた。何処と言われてもな」

 答えたくても、うんとも住んとも言わなくなってしまった。

「いま、ソラノミヤ、って言ったけ?」

 アンゼは、ソラノミヤだけを区切るようにして訊いた。

「そう、そう言ったよ」

「本国の、都の一つだ。ボクも良く知ってる」

 ユレがしばらく考え、訊いた。

 信号は、どこかにある本国に届いているのだ。

「少しだけ、電気をプチ込めれば」

 何とかして一言返したい。

 気がつくと、京司は簡易スタンガンにしたてた、小さな箱を手にしていた。

 ベースは最新型の電源パックだから、貯められる電力は見た目より大きい。

 だが、いくらなんでも無理そうだ。

 電圧だって違いすぎる。

「でもなんで」

 考えながら、思わず口にでた。

 短剣がショートしていたのはともかく、見ただけで電圧が分かってしまったのだろう。

 大規模な仕掛けだから、何となくだろうか。

 でも、止まった今では、測りようもない。

「パーツがあれば、電圧くらいどうでもなるんだよな」

 仮に相手が高電圧だとしても、箱をばらして、こんなバーツをん組み合わせて、変圧器を作れば。

 などと思い浮かべるが、そんな都合のいいものは、持ち歩いていなかった。

「今の感じ」

 思わぬところで、ユレが声をかけた。

「今の?」

「そう、もっとしっかり思えば、魔法になる」

 また、魔法。

 京司は少し困惑しつつも、ここが異世界だと受け入れ、いや想定して、よりはっきりと頭の中でパーツを組み上げた。

「さすがモリタ。だいたいあってっけど、少し違う」

「でも、わかった気がする」

 京司はアンゼの言葉に静かにこたえると、小箱を持って短剣が嵌っていた辺りに近づいた。

「モリタさん、いけそう?」

 京司がやろうとしていることを察し、ユレが訊いた。

「もし、うまくいったら、私が“受付”して、この場所を知らせる」

「わかった、ユレさん」

 京司の視線が、モールス信号のスイッチに移る。

「いけそうだったら、合図をします」

「うん」

 そしてもう一歩進み、小箱を差し出した。

「行け……っ!」

 ブオン、と重たい響き。

 計器の針が一斉に動く。

「お願いします!」

 合図と共に、ユレが子気味よくスイッチをたたく。

 それに合わせて『ビッビー』と音が鳴った。

 わずか十秒程でそれは終わった。

「“イブキ”、三回送れた。きっと、伝わった」

 ユレはスイッチに手を乗せたまま言った。

「ありがとう」

 礼を言う京司の顔は、少し疲れたようだった。

「ご苦労さま、モリタ。でもな」

 見ると、いつの間にかアンゼが入口の前に立っていた。

「お客さんだ」

 外からガエンの声がした。

 隣で、ヤウレが弓を構えている。

 その視線の先では、尻尾ゴブリンの群れが、子供が落書きしたワニのような不細工かつ大きなイキモノを伴って集まっていた来ていた。

 不細工ワニは、全長五メートルはある上に、その半分近くが口になっている。しかも、七体もいた。

 ほかにも、良く分からないイキモノたちが集まっている。

 まだ距離はあるが、物々しい集団だ。

「音を、聞きつけてきたな」

 ガエンが大剣を構える。

「どうだろう。違和感があるんだが」

 と、京司。

 いかにも殺気だった怪物たちだが、その姿のわりに統制がとれた動きをしているようでもあった。

「ちなみに、アンゼちゃんよ。本国からここまで、早くてどのくらいだ?」

「早くてって言われてもさ。メンツに寄るけど、今からソラノミヤを出たら、三日はかかるね」

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