第4話 通信局e

 入口から入る明かりを基準に、場所をだいたい特定して、アンゼに電源を入れてもらおうと思った。

「いや……」

 京司はいったん思いとどまった。

 これがブレーカーだとしたら、なにか落ちた原因があるはずだ。

 その原因らしきものは、すぐに見つかった。

 中途半端な場所に、尻尾ゴブリンがもっていたと思しき短剣が刺さっている。

 入ったはいいが出られなくなって、暴れてるうちに刺さったか、もしくは誰かに指示されたか。

 どのみち、まずはその短剣を外さないとならなさそうだった。

「入れるのはアンゼだけだし」

 画面の短剣とアンゼの間を、三度視線を往復させ、京司は「うーん」と頭を抱えた。

「なんだ、あの短剣、取って来て欲しいんけ?」

「あ、危ない!」

 人が普通に感電死する、直流で五十ボルトくらいある。

 と京司は思い、止めようとしたが言葉が続かなかった。

「そうか?」

 そんなことは気にとめず、アンゼは再びするりと中に入って短剣を掴んだ。

 一瞬、バチンとスパークしたが、何事もなかったかのように短剣が引き抜かれる。

「ほれ、取った。こんな短剣欲しがるなんて、モリタだな。量産品の安物たぞ? あ、持ってないから欲しいだけとか」

「あ、いや、そうじゃなくて」

 妙にアンゼが楽しげに話すのを、一旦止めた。

「この、上にあるレバーを、押し上げて欲しい」

「あ、そっちか」

 アンゼか、短剣を戻そうとしたので「それはこっち」と、今日は手を出した。

「あはっ。なんだ、やっぱり欲しいんけ。めんどいな」

 短剣がほいと渡される。

 そして、アンゼは数歩あるいて、リレバーを「入」と書かれた方に押し上げた。

 パシンと小さな火花。

 天井の照明がうっすら光り、あれほど重かった扉がするすると勝手に開いた。

 少し遅れて、大きい方の建物から、ごうごうと野太い振動が伝わってきた。

「うわ、ぶっ壊れないよな、これ」

 思わず京司は建物と屋根のアンテナを見上げた。

「ここ、動いてる時はこんなものだから」

 ユレは同じくアンテナを見上げた。だがその声は至って冷静だ。

「ほら、問題ねっから、中おいで」

 中からアンゼが手招きする。

「くぁ〜?」

 下がって待っていたマッシュが、とことこと歩き出し、入口で丸っこい体を少しつっかえさせたあと、ぽんと中に入った。

「くわっ!」

「お前が先に入ったら、狭いじゃないか」

 そのマッシュを押しのけるようにして、京司も中に入った。これ以上は、とヤウレ達が外で見守っている。  

「これなぁ」

 京司が見渡す。

 四方の壁に取り付けられた計器には、見慣れたボルトやアンペアの記号が書かれている。スイッチは、固そうな押し込み式やレバー式ばかりだ。

 タッチパネルや音声認識に慣れた京司には、どうにも古く感じる。やっぱり昔の潜水艦みたいだ。

 しかし、何だこれは。

 ここが通信局だとして、むき出しの配電盤や計器が並んでるのを眺めていても、どうしていいか分からない。

 考えながら、ふと「なんでまた、建屋の外まで四十八ボルトを」と口にして、京司ははたと気がついた。

 四十八って、どこから来た数字だ?

 急に気になって、マッシュの背中からテスターを取り出し、実際に短剣が刺さっていた辺りで測ってみると、間違いなく四十八ボルトを指した。

「よくある作りではあるんだけど」

 ふと呟いた京司の横で、アンゼが「ほ、良くあるのけ?」と、首を傾げた。

「ボクには、分からないや」

「それは仕方ないさ」

 こっちは本業だ。

 と、京司は何かできることが無いかと、操作出来そうな物を探してみた。

 あった。

 ばね仕掛けでわざと少し浮かせた、スニーカーくらいの大きさの、スイッチみたいなものか、隅に置かれた台の上に固定されている。

 京司は、手の甲でそれを軽く押し下げた。

『ビッ』

 スイッチの横から、小さな音がして、計器の針が一斉に動いた。

「なんか、わかったけ?」

 アンゼが、そっと覗き込む。

「多分。途方もなく、大掛かりだけどさ」

『ビッビッビッビービービービッビッビッ』

 最も知られたモールス信号、「SOS」を、ゆっくりと発信。この位は、京司でも知っている。

 薄暗い部屋の中で、踊るように針が動く。

「どう見ても、このためのだ」

 そして、これを作った者は間違いなくモールス信号を知っていると思えた。

 ――きっと返信は来る

 京司はそこで待つことにした。

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