第4話 通信局d
「それにしてもさぁよ」
アンゼが呆れたような、感心したような声で言った。
「モリタぁ、魔法使いだったをんか。先に言えってばさ」
「いや、魔法を使った覚えは」
「あの、さっきの、魔法でした」
京司は否定たが、即座にユラから断定された。
「魔法でなくて、何なのさ」
と、ガエン。やれやれと肩をすくめている。
「イメージした物理現象を実現した。即ち魔法」
「そんなイメージは……」なかった、と言いかけて京司は思い直した。
たしかにスパークして、焦げ跡のひとつも付けたいと思わなくもなかった。
だがここが異世界だとしても、自分が魔法を使えるとはつゆほども思っていない。
「でも、今は後回し」
ユラはそう言うと、預かってきたカギを使って開錠し、ガエンが「おーらよっ」と重たそうな鉄格子を開いた。
一歩足を踏みこむと、何気に広い敷地は隅に、木造の小屋がある他は、ぼさぼさの草に覆われていた。真ん中の大きな建物は、京司の基準で四階か五階建てくらいで、窓はほとんど無い。てっぺんには、見たことがない形のアンテナがそそり立っていた。
思わず見上げた京司の隣で、ユレが並んで見上げ、言った。
「見ての通りです。普通でも、“取り次ぎをする道具”があるだけで誰もいない。それどころか、しばらく前に原因不明のまま故障して、それから直す人もいなくて放置状態に」
「そう、か」
京司は、やはり、と思った。
「こんなに広くちゃ、どこが壊れてるか探すのが大変だ」
地道にやるしかないのだが、見た感じでは今日中には無理そうだった。
「そんなことは、ない」
ユレが、壁にそって歩き始めた。
「モリタなら、中に入ればすぐ分かるはず。入れれば」
そして、大きな建物には目もくれずに、小屋の扉を開けた。いや、開けようとした。
扉は小さかったが、恐ろしく重たそうだった。
開錠は問題なかったようだが、扉を僅かにスライドしたところで、ユレの力だでは動かなくなった。ガエンと代わったが、それでも拳一つ分開けたところでで限界となった。
「壊れてなければ、簡単に開く……」
ユレが困惑して扉にもう一度手をかけたが、やはりピクリとも動かない。
電気があるくらいだから、電動なのだろうと京司はそう思い、辺りにスイッチなどが無いか探った。
中は真っ暗でよく分からないが、異様な感触だった。
「なんだ、この建物」
木造なのは見た目だけで、貼り付けられた木の板の内側は分厚いコンクリートだ。扉は、種類が違う材質が何層か重ねられ、厚さ十センチもある。
「戦車かよ」
滑車か梃子、下手すると重機が要るぞと、京司は途方にくれた。
「なあ、モリタ。さっきの“もべ”貸してくれっかな」
「モビ、な。何するんだ?」
「ちっこいから、中を照らせっかな、て」
「ああ、とにかく見てみよう、か」
京司はかつてスマホと呼ばれたモビを取り出し、ライトで、中を照らした。
「戦車と言うより、潜水艦だ」
驚く京司の少し下から、アンゼが、覗き込む。
「センスイカ? ナンダそれ」
針が付いた計器や、押しボタンやレバー式のスイッチが所狭しと並んでいる。まるで、大昔の潜水艦だった。
「ん〜、ボクだけなら、入れるんだけど」
アンゼは中に手を突っ込み、中をあちこち照らしながら言った。
「内側から開られっか、見てくんよ。チコっと下がって」
「え?」
「え、じゃなくて、モリタも下がってな」
ほいと背中を押され、京司が三歩さがり、皆も離れた。マッシュが突っ立っていたので、三人で押して下がらせる。
「よっ、と」
するり。
ただ前進しただけで、アンゼは建物に入っていた。
尻尾ゴブリンの時と似ている、と京司は思った。
接触、いや重なったようでいて重ならずに素通りしている。違うのは、一度重なった物がアンゼが通り過ぎたところで元に戻っていることだ。
「何か、見てほしいことある?」
アンゼが中から声をかけてきた。
ヤウレたちが、どうすればいいか分からず顔を見合わす。
「こらー、みんなタマゲないで。ボクはドラゴンだからさ、こう見えて」
暗くて見えないが、アンゼは中で苦笑していた。
京司は少し考えた後「それじゃ、そのモビ一旦こっちに」と、扉の隙間から手を差し入れた。
「ほい、さ」
「ちょいまち」
京司はモビを受け取ると、慣れた手つきで動画撮影モードに切り替えた。
「それじゃ、これを胸の前に構えて、真ん中で一回りしてくれる?」
モビを一度胸の前に縦向きで構えて見せ、アンゼに戻す。
「で、シャッターどれ?」
渡されたアンゼがシャッター式のカメラと勘違いして、あれこれのぞき込む。
「いやそれ動画だから、といってもわからないか。とにかく、くるっと回って」
「なんだ、このまま回るのか……」
回ること二回半、アンゼは「これでいっかな?」と、モビットを渡してきた。
「ありがとう、じゃあ……」
京司は撮影をとめ、再生を始めた。
『このまま回るのか』
アンゼの声の後、トリガーが切られる。
そして数秒後、パノラマ写真が、出来上がった。
「画面が、もっと大きいとよかったんだけどなぁ」
京司は小さい画面の中に、何か手掛かりがないか探した。
不思議そうにユレが覗き込み、ヤウレが首を傾げる。
後ろでマッシュが「ふかー」とあくびもした所で、京司の手が止まった。
写された内部の、壁の一角が金属の線やバーが重なるように占められている。
その足元に、焼けたぼろ雑巾のような物が落ちていた。
「さっきのチビ共の死体じゃないか」
ガエンが覗き込んで言った。
「これが死体?」
だとすると、感電死か。
京司は特に意識せずにそう思った。
いや、何故感電? と思い直す。
もう一度見返して、すぐに合点がいった。どこかしか、その金属の重なりが、配電盤に見えたのだ。
それどころか、京司もよく知る資格持ちの電気屋が組み付けたようにすら見えた。
「モリタなら分かる、とはこの事か」
しかも、拡大してよく見ると、天井近くの大きなレバーには「主電源」と記されている。
驚くことに漢字で、だ。
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