第4話 通信局b
ヤウレが言うに、通信局はこの先に見える丘の上にある。
港から少し歩いたら、その大きな建物とアンテナが目に入ってきた。
街は思いのほか広いようだったが、港から少し離れただけで、急に人気が少なくなった。
建物の多くは石造りたが、状態は良くなく、通りから少し奥に入ると崩れかけているものも少なくない。
時間をかけて寂れて言った街を、京司も知っていた。まるでそんな感じた。
もちろん、生き返った街も知っている。
この街も生き返るかもしれない、と思いながら、丘に向かって通りを歩いた。
かつてスマホと呼ばれた携帯端末“モビ”によると小一時間ほど、辺りに注意しながら歩いたところで通信局のゲートと、身の丈の五割増しほどの高さがある塀の近くまでたどり着いた。
ゲートは鉄格子でできており、左右とも守衛室か物置のような建物と一体になっている。
無人なのか、丈夫な錠前の突いた閂で締め切られているようだ。
「なるほど、護衛が要る訳だ」
辺りを見回すふりをし、ゲートから十五メートルほどの所で京司が立ち止まった。
「どした、モリタ?」
京司は黙って目を閉じていた。
――沙織ほど巧くないけど。
「右手、小屋の中に何かいる。窓の下あたり」
あえて囁くような言葉だけで示され、全員が自然体を装い足を止めた。
「何故そう思う?」
ヤウレが後ろを確認、振り返らずに訊く。
「気配。合図したら、飛び道具が来る」
護衛達が無言で、体勢を変える。
「俺たちが突っ込む」
「ボクらは、守りを」
京司が「わかった」と、息を殺す。
「まだまだ……今!」
ストンと京司が身を屈めるのと同時に、ヤウレ達が示された窓に向け走り出す。
直後、さっきまで京司の頭があった空間を矢か石のような物が飛び去り、後ろで硬質な音を立てた。
京司はすぐに身体を起こし、やはり微妙に体が軽いと思いつつも左に大きくステップして、足元に向けられた飛来物を躱す。
その間にヤウレ達は足早に体制で窓に取り付き、飛び込んだ。
中で、金属同士がぶつかり合う音と、フラッシュのような光が迸る。
それと入れ替わりに、長い尾の生えた小柄な大人ほどのイキモノが三匹、別の窓から飛び出し、短剣を構えて京司の方に向かってきた。
まるでゴブリンだ、と京司は思った。ある意味、よく見かける。
慌てず一匹目を半歩進んで躱し、二匹目の脚を払って転がし、三匹目はポケットから黒い塊を取り出して握り込み、腹に叩き込んだ。
ばすっ!
鈍い音がして、尻尾ゴブリンが身体をくの字に折って倒れた。
黒い塊は、箱に入れていたジャンプスターター。物は試しに一発勝負のスタンガンにしてみたが、かなり効いていた。
倒れた相手が立ち上がってこないのを、確認する。
そして瞬時に身を翻し、転がした一匹目の尻尾ゴブリンに向き直る。
「モリタ、やンなぁ」
感心するアンゼのことを、立ち上がったそいつが空いている左手で掴みかかろうとしていた。
人質にするつもりか、と京司は思ったが、アンゼは身動ぎひとつしていないのに、その手がすり抜けるように空を切った。
空を切った後、手が消えていた。
切り落とされるでもなく、引きちぎられるでもなく、ただ肘から先が見えない水面に差し入れられたかのように、自然に見えなくなっている。
尻尾ゴブリンは必死で手を引き抜こうとするが、全く動かない。
「コォノガキャ!」
そして、右手の短剣を振り上げた、
「喧嘩するための力じゃないんだけどさ」
アンゼはすました顔で手を伸ばし、短剣の刃をピタリと掴みとめた。
「この武器を、離そっか。な?」
暴れる相手を諭すように言ったが、アンゼの言葉は届かない。ただ声を荒らげるだけだ。
その後ろで、転がされた一人がマッシュにどっしりと踏まれ、動けなくなっている。
「くわぁ〜」
「どうすっかな、これ」
「どうするって、とりあえずノシとけば」
京司はノックアウトしておけ、と言ったつもりだった。
だが次の瞬間、「くぁふっ」「ほいさ」という声とともに、ぐしゃりと嫌な音が響いた。
「くわっ」
「ノシた」
見ると尻尾ゴブリンは、方や踏みつぶされ、方やあらぬ形にひしゃげて絶命していた。
「死んでるじゃないか!?」
「何を、魂消てんさ?」
驚く京司にアンゼは意外な反応を見せた。
合わせたように、ヤウレ達が「こっちも片付いた」と戻ってきた。
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