第3話 港街_a

 京司が落ちてきた船は傷ついていたが、沈みそうな気配もなくゆっくりと水の上を動いていた。

 原理はよくわからないが、アンゼが動かしているらしい。

「港に入るよ。ヒト語話せるからだいじだと思うけど、ま、一応な」

 アンゼからしてみれば突然現れた乗客なわけだったが、放り出すつもりはないようだった。

「ヒト語?」

「ヒト語が話せれば、だいたい何とかなる」

 なかなか肝心なことを聞けないまま、二人を乗せた船はするすると水面を進み、小さな港に辿り着いた。

 アポなしで来たはずなのに丁度よい空きがあり、現れたガタイの良いスタッフが舫につなぎとめてくれた。

 飛び降りるようにして桟橋に移ると、波飛沫が京司の顔にもかかった。割としょっぱかったので、なんとなくここが海だと感じた。

「街に行くよ。そろそろ、何か食べないと」

 気が付くと日は傾いて、薄暗くなっていた。

 京司には夕暮れはやけに赤く遠く感じたが、どっと来た疲れと空腹が先行してどうでもよくなっていた。

「電灯が、灯ってるな」

 見渡して、思わず声になる。

 港から伸びる通りは石畳で固められており、所々に立っている柱の天辺からは電灯、白熱灯のような明かりが街を照らしていた。

「暗っくなってきたから、つけんだな。珍しい?」

「ああ、そうだな」 

 京司がもの心ついた時には、もはや過去のものだった。

 そんな白熱灯のほのかな明かりの下から、どうにも食欲をそそられる香りがしてきた。

 二人とも、どうにも空腹に耐えられなくなり、道端の屋台に入った。

「おまちどさま」

 出てきたのはうどんともラーメンともつかない麺類。丼には麺と汁と、山のような具が盛られていた。

「すげえな、おめえら」

 店の主人が呆れる勢いで、二杯とも胃袋に吸い込まれた。

「こんだけ食って、その値段? いいね、また来っから」

 アンゼがころんと硬貨を渡すと、二人は店を後にした。

 空腹のあまり全力で食ってしまったが、ここの食べ物が京司にも食べられるものである事に気が付き、改めて安堵した。

「あ、お金については、当面心配ないからナ」

 アンゼはコイン入れを仕舞いながら言った。

「済まない」

 ここでも物は金で動いている。何とも、絵に書いた様な異世界じゃないか。

「いいさ、恩人なわけだし」

 二人は、そのまま夜道を歩いて船に戻った。

 来るときには空腹と疲労の余り見過ごしていたが、通りには京司にとって珍しいものが有った、もとい居た。

 一見ヒトのようだが、耳が長かったり、しっぽが生えていたり、フサフサの毛で全身覆われていたり、である。

「まぁ、ドラゴンがいるくらいだから……」

 やっぱりゲームのやりすぎかもしれない。京司は、心の中てめいっぱい頭を抱えた。

「うん、ドラゴンの方が珍しいに決まってる」

 ごく普通のことと、アンゼは岸ぞいにすたすたと通りを進み、京司が続いた。

 住人の姿が変化に富んでいると同時に、身につけている物も同様で、京司の作業着姿が珍しがられることも無い、

 それとは裏腹に、聞こえてくる街の住人達の言葉は、大半がやや古い訛りにが混じったなじみの言語に聞こえた。もちろん、そのほかの言葉も混じっているが、街で見かけた外国人たちの会話みたいなものだった。

 コレはまるで……

「異世界転生、てやつか」

 どうしようもなく、コレだった。

 最初に出会った相手も、見た目においては間違いなく“美少女”だ。

 まったく、いい具合にゲームか何かの異世界だ。

「いせかい?」

「そうだよ。ここは、俺が住んでた世界とは、違う」

「とっくに気がついてっから」

 アンゼは特に驚くでもなく答えた。

「なんか、軽いな」

 京司は声を荒げはしなかったが、どうしようもなく困り果てていた。

 だが、アンゼは「見ての通り、あっちこっちから集まってんだ」と、肩をすくめて見せた。

「でも幸運なことに、キミはボクと出会った」

「帰り方、分かるのか?」

「それは今のところ分からないけど、ポクはドラゴンだ。何とかなっからさ」

 苦笑ひとつ、港に泊まる自分の船に目をやった。

 辿り着いてみると、思いのほか大きな船だ。

「立派な船だね」

「お大宮そうでも無いさ。せっかくだ、案内すっから」

 さっきはそれどころでは無かったが、戻って落ち着いたところで中を回ってみる。

 それなりの大きさがあるので、数人なら寝泊まり出来るスペースと、簡単な寝室も有った。

 船底近くのスペースは貨物室になっており、半分以上が、丈夫そうな箱でうまっている。

「キミがどこから来たか知らないけど」

 一通りまわって外にでたところで、アンゼは船べりから夜空を見上げた。

「船さえ直れば、世界のどこにだって送ってけんだ」

「それは心強い」

 京司はそう言ってはみたが、期待薄と感じていた。

 アンゼの言うことが真実であっても、だ。

 夜空の星々は、どれ一つとして見た事のある星座をなしていない。

 世界のどこにも、京司の故郷はあると思えなかった。

 だから……

 この世界で生きて行くことを、まずは考える事にした。

「色々、教えて貰わないと」

 いったい、何故、何者に襲撃されていたのだろうか。

 そもそも、ここはどこなのだろう。

「そうだろうね。でも、明日。くたびれたよ。明日話す、にさせて」」

 アンゼはそう言うと「それに……」と続けた。

「じつは、ボクも帰れくなったんだ」

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