第2話 空に落ちる_c

      2c

 船は壊れることなく着水したが、動力源は完全に力を失い、すっかり冷えてしまった。

「これはもう、一度ばらさないと」

「モリタでも、ダメかぁ。無茶しすぎた」

 ギブアップ、と京司が手を上げたところで、アンゼは残念そうに肩を落とした。

 京司は手持ちの道具で色々調べて見たが、お手上げだった。ケーブルはそこかしこで焼ききれ、ボイラー部は酷い亀裂が入っている。

 それより、根本的な問題として、各パーツはともかく、全体として何の目的で作られたものなのかよく分からないのだ。

「そういえば、さっきの“聞きたいこと”ってなにさ?」

「ここは何処?」

「海の上」

「そうじゃなくて……」

「じゃ、空の下」

「それは、分かるから」 

「なら、よかんべさ」 

「んだな……」 

 京司は、ペースに巻き込まれかけたが、ふと自分の方が意味不明なことを聞いていることに思い至った。知りたいことは山ほどあるが、慌ててもどうにもならない。

 そこは後にしよう、と見上げた空は、太陽が高いわりに少し赤味を帯びていた。

 雲は幾層にも重なり、何処までも高く広がっている。遠くに見える厚い雲がどれほどの厚みがあるのか見当つかないほどだ。

「あれは――」

 雲の切れ間から何かが下りてくるのが見えた。

 広げた翼が恐ろしくゆっくりと羽ばたいている。巨大な有翼生物にちがいない、と京司は思う。

「あれも、ドラゴンの仲間だよ」

 アンゼも空を見上げた。

 大きく青黒い影がゆっくりと降りてくる。

 さっきは気に止まらなかったが、体のわりに翼が小さすぎだ。

 などと京司は思ったが、現状があまりにファンタジックで考える気が失せ、ぽかんと降りてくるのを眺めていた。

 そして、鱗の形が見て取れる位まで近付いたところで、差し渡し十五メートルほどもあった翼が、かき消される陽炎と言うよりも、むしろありえない角度に折り畳まれるようにしてきえた。

 すとん、すとん。

 胴体も消えて、二人の若い男が船に降り立つ。

 すぐさま、京司に目もくれずに、アンゼの前に歩み出た。同時に何が言葉を発していたが、京司には聞き取れなかった。

「でいった。えんじん、モリタもたしらりた」

 アンゼが押し返すように言った。

 そしてしばしの無言。

 良好な関係とは言えないことが、京司にも察しが付いた。どう見ても険悪だ。

 身を守るものはないか、と作業着のポケットを探ったが、出てきたのは少々大きなコンデンサと、小ぶりなスパナくらいだった。

 これで何かできると思えない。しかも、相手は翼をどこかに仕舞いこんだドラゴンだ。

 その間にも、アンゼと男二人は意味不明の言語で、ぎゃーぎゃー、わーわーとやりあっていた。

「あの、アンゼ?」

「ぷぎゃ?」

 あまり刺激しないよう、京司が声をかけると、謎言語の勢いでアンゼが振り返った。

「あ、すまないね。こいつらしつこくて」

 そしてもう一度男たちに向き直り、「あーつぁ、け!」と強く声を叩きつけた。

 男たちは、一度睨みつけたが、直後、血相を変えて後ずさりした後、空間からさっきと比べてえらく小さな翼を引っ張り出して、飛び去ってしまった。

「なにがどうしたんだ」

「ドラゴン同士の喧嘩なんて、こんなもんさ」

 アンゼは、ゆっくり飛ぶ二つ影を見ながらいった。

「めったなことでは手を出さない」

「空でやりあってたじゃないか」

「見えなかったかもしれないけんどさ、空の相手は、ドラゴンじゃない。なんか変?」

 首をかしげて、アンゼが言った。ゼスチュアはドラゴンも変わらないのか、と京司は思う。

「追っ払ったから、いいじゃんけ。ボクの爺ちゃんが近くにいたんさ。割と有名なドラゴンでな、気配を感じて逃げてった」

「お爺ちゃんが追っ払った? とにかく、わからないことだらけだよ」

 京司も、飛び去るドラゴンを見上げた。

 墜ちたと思った先が落ちていた。訳も分からず、理屈の解らない機械を直して、無事に下りたらドラゴンが降りてきた。

 一体何が起きたのか、釈然としないことばかりだ。

「ああもう、一体ここは、どこなんだ!?」

 思わず声にでてしまう。

 空が異様に高い、ここは一体世界のどこなのだ――。

「空の下、って答えじゃ不満そうだね」

 だがアンゼは、意外そうに京司を見た。

「モリタは何でも知ってると思ってたよ」

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