第2話 空に落ちる_b
2b
力の限り船を操り、追手を何とかしようと飛び回る。
だが動力が半ば壊れており、鈍いことこの上ない。
ここは賭けみたいなものだが、砲弾で穴が開いた船室にいた少年が頼りだ。それまで、耐えるしかない。
なんでそこにいたのか、分からない。しかも、モリタを名乗る者が、だ。
ほどなくして、ふと船が軽くなった。
動力の調子が良くなっている。
しかし、無理は禁物だ。
急な動きを避けつつ、船を水平飛行に戻していく。
その程度では追手を引き離すことはできないが、すぐに後ろから声がした。
「ナオシタゾ!」
さっきの少年の声だった。
聞き取りにくいが、修復できたと確信し、一気に速度を上げた。
デッキで少年が転びそうになっているが、落ちそうなわけでもないので後回しだ。
ちゃんと動けば、負けはしない。
少し追手を引き離したところで、自身の“翼”を大きく広げて上昇に転じた。
勢いを付けて、船もろとも右に大きくひねり、速度を殺さずに追手の後ろに回り込む。
そして、放つ。
もう一つ。
閃光と轟音。
――わたしの勝ちだ。
「あっ、ぶねえ!」
いつの間にか、京司は近くの柱にしがみついていた。
相変わらず慣性がどこかに行っているが、気分的にどうにもおぼつかない。
船は急上昇すると、前方を飛ぶ飛行生物、京司の言葉にすると“ドラゴン”を追うようにして一気に空を駆け上がったかと思うと、サイズを無視した軽やかさでくるりと横に回転した。
その間、ぴたりとドラゴンのすぐ後ろに追従している。
天地が一周すると、さっきまで後ろにいた二つの船の、さらに後ろについていた。
「戦闘機かよ!」
チェック・シックス。見事なロールシザーズだ。
そして、ひと呼吸。
凄まじい電撃、いや雷撃がドラゴンの口から放たれた。
空に音と光が消えると、船といえるものはそこには残っておらず、燃えながら落ちる断片だけになっていた。
吐くのは火じゃないのか、と思ったがすぐにどうでもよくなる。
それどころじゃない。ボイラーモドキが焦げ臭くなっている。
なにかの過負荷が起きたのか、応急修理したケーブルが燃えそうだ。
「早く降ろせ、燃えちまう!」
京司は、どこかで操縦してるであろう者に向けて叫んだ。
ドラゴンが振り向き、「?」と首をかしげるようなしぐさをしたかと思うと、急いで前を向いて高度を下げ始めた。きっちり船も併せて下がっていく。
今のところ、コントロールされた降下のようだ。
それから何分か。
感覚的なものだが、飛行機には何度か乗ったことがある京司にとっても、驚くほどの高度を降りていった。普通に考えたら確実に高山病で倒れそうだったが、今のところ体はなんともない。
「おーい、いつ着陸するんだ!」
少しは落ち着いたようだが、手当した配線は相変わらず燻ぶって、嫌なにおいをまき散らしていた。
京司はまたテープを出してボイラーモドキに近づくと、「大丈夫かよ」と危ういところに巻き付けた。
「もう大丈夫、もうすぐだよ」
巻き終わった京司の後ろから、さっきの少女の声がした。
少しの違和感……
「言葉――?」
「ああ、ごめん。慌てってさ、キミらの言葉、抜けてたよ」
その言葉は、京司にとって懐かしいような訛りがあったが、十分“普通”に聞き取れた。
「そうけ、よかった」
が、つい、その訛りにつられてしまった。
分かっているつもりが、吸い込まれるほど似ていたのだ。
おかげで、京司はなんとなくほっとした。
「で、どのくらいで地上に?」
「まもなく、さ。ほれ」
船べりから、急に陸地と水面が見えるようになったかと思うと、バシャンと大きな水しぶきが上がった。
「なんとか、降りれたね。助かったよ」
少女が船べりにつき、手招きする。
落ち着いて見ると、顔立ちはボーイッシュに整っていた。背は妹よりは少し低いもののそこそこ高く、妹と違い華奢ではない。動きやすく作られた青い衣装が、そのバランスの良い体躯を際立たせているようだった。
「俺なんかが役に立てて、良かった」
ゆっくりと、京司が隣まで歩いていく。
船べりから見渡すと、空が上にあり周囲には陸地と水面がある、彼にとって当たり前の光景が広がっていた。
ゆらりゆらり。優しい波に船が揺れる。
波間からは、大小他の船が浮かんでいるのが見え、それほど遠くない岸には港のようなものも見えた。
だが一つ、大きなものが見えなかった。
「あの、ドラ……大きな生き物は?」
飛び去ったのか海に潜ったのか、いつの間にかその姿がなくなっている。
「ドラゴン?」
するり。
何ともなしに“ドラゴン”の名が出た。
「そう、ドラゴン」
「いるよ」
「どこに?」
見渡しても見当たらない。
あれほど大きいのに、と京司はもう一度見回した。
「どこって、こ・こ・に!」
少女に重なるとも覆いかぶさるともつかないして折りたたまれた空間が開き、船とともに飛んでいたドラゴンが、陽炎のように浮かび上がる。
そして、すぐ消えた。
「信じてくれた?」
「あ、信じたよ」
「じゃ、改めて……ボクはアンゼ。アンゼ・ヴェグ、な」
「俺は森田京司。聞きたいことは沢山あるけど、まずは、よろしく」
京司は、ここにも握手の習慣があるのかと思いつつも、右手を差し出した。
「よろしく。こんどのは、助かったぁよ。ありがとう!」
アンゼは訛りのある言葉で礼を言いながら、京司の手を取った。
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