第2話 空に落ちる_a
2a
唐突に、全てが遠ざかり始めた。
部屋にいて、一歩も動いていないはずなのに、全てが離れていく。
手を伸ばして、ケーブルや赤い増幅器、妹や友人の手をを掴もうとしたが、すぐそこにあるのに届かない。
目の前でパチンとはじいたスイッチさえ、戻せない。
「たすけて!」
叫んだ声が、どこかに消し飛んだ。
そして全てが真っ暗に。
電池切れか、と京司は思った。
同時に、こんな時に分析してしまう自分が嫌になり――尚も落ちていく。
無重力はこんな感覚だ、と聞いたことがある。
浮いてるのではなく、何処までも落ちていく感覚。
そう、ずっと宇宙飛行士になりたくて、勉強して、理系科目は全国上位をキープして……
余計な実験で、どうにかなってしまった。
これが、死ぬってことか――
スドン!!
京司は飛ばされるように堕ちた。
何かを考える間もなく吸い込まれ、落ちた。
二転三転、そして、何か固いものにぶつかって止まった。
「いてて。どこだ、ここ……」
落ちたなら一階の店舗のはずだ。しかし 見る限り、やけに広い木造の部屋だった。
左右に窓があって青空が見え、奥には大きなボイラーのようなものが据え付けてあった。
ぐらり。
急に床が揺れ、空が傾いた。
「地震!? いや、俺、何階にいるんだよ」
傾いた上も下も、やはり空だ。
見渡す限り濃い青色をした眺めは、のどう考えても、一階からの景色ではない。
そんな空の高みから、何か黒いものが急激に迫ってきた。
京司が「ぶつかる!」と、咄嗟に伏せたすぐ上でガラスと木が割れるような音、一瞬遅れてドスンと床に何かがたたきつけられたような音がした。
「イガミダナ……」
誰もいなかったこの部屋に、うめくような声がする。
京司が顔を上げると、木片とガラスでできた山の中に、見た目には妹と同じくらいの年頃の少女が立っていた。
少女は、青を基調とした、どこかの民族衣装のような服を着ている。全体的に見た目に立派ではあるが、とても動きやすそうなつくりのようだ。
「大丈夫か」
「ダンヅケ」
合わせたように二人は訊いた。
お互い体には大事なさそうではあったが、壁に大穴が空き、近くの窓が跡形もなくぶち抜かれていた。
「大丈夫だ」
「ダンヅ、ジャ」
「怪我は、ないか」
「イルァグデ、ネゲ」
なぜか、声をかけるタイミングがぴたりと合ってしまう。
二呼吸、あけて目を合わす。
違う言語のようだが、なんとなく通じてる――と、京司は感じ、立ち上がりながらもう一つ、訊いた。
「君は?」
「メバ?」
「俺は、京司」
「ワ、アンゼ。アンゼ・ヴェグ、ナ」
二人は、自分の胸に手を当て、言った。
「京司。森田、京司」
「モリタ!?」
少女が驚き、目を見開く。
「あ、ああ。森田だけど……」
「モリタ、ナオセ!」
少女は乗り出すようにして部屋のボイラーモドキを指差し、叫んだ。
ガツンと固い衝撃が床から突き上げ、あちこちが軋んだ。
ぶち抜かれた窓と壁がさらに壊れ、ボイラーモドキから白い煙のようなものが噴き出し、シュウシュウと危うげな音を立てていた。。
「アワワ! ホボツル、ナオセ!」
ぐらりと、もうひと揺れ。さらに傾いた窓から、はるか下方の地面が見えた。
どう見ても、どんどん近づいている。
「参ったな。直すよ、直せばいいんだろ」
「メナオセ! ワ、タクゥエ!」
少女は立ち去りながら、空の上、雲の合間を見上げた。
見たこともない、光景が京司の目に入る。
船とも飛行機ともつかない――しいて言えば小さな翼のある帆船――飛翔体が、二手に分かれ、ぶつかり合うように激しく動き回っていた。
その一部なのか、二つの飛翔体がこっちに向かってきていた。
「つまり、これは飛行機かなにかで、戦闘に巻き込まれたってことか」
攻撃を受け、大穴が空いて落ちている。目の前のは動力源で、直さないと、そのまま地面にたたきつけられる。
と、京司は理解した。
どういう原理で飛んでいるかは、さっぱりわからないが、とにかく、それに取り付いてチェックしていく。
「初見で直せるものならいいが。ん――?」
ふと、妙な違和感を覚えた。
これほど傾き、時に大きく揺れているのに、今は普通に立っていられる。それに、大穴が空いているのに、風の吹きこみもない。
「操縦が、うまいんだろう」
京司は自分に言い聞かせるようにして、再び目の前のものに向き合った。
見てわかる範囲で、小さな亀裂と、パイプやケーブルの損傷が数か所。
「応急程度なら、楽勝なんだけど。道具はどこだ?」
備え付け道具箱がないか探すが、それらしいものは見当たらなかった。
「近くに用意しておけっての。ま、どうにでもなるけどな、“相棒”」
備え付けがない代わりに、さっき椅子代わりにしたお気に入りの道具箱が、部屋の隅で横倒しになっていた。
京司は二十キロほどあるそれをどさりとおこすと、ふたを開けて工具と絶縁・断熱タイプの作業用手袋を取り出した。
小学生のころから親について回り、小遣い稼ぎに手伝いをしている。工具箱は、高一のときに買ってもらった“相棒”だ。
人手不足で取得制限が緩くなったおかげで、電気工事士やボイラー技士の資格もとっくに取ってある。水回りや空調も、守備範囲だ。必要なものは、この“相棒”に詰め込めるだけ詰め込んである。
「普通は止めてからやるが」
緊急作業もたまにやった。
などと、京司は意識することもなく、工具や測定機材を駆使してたちどころに修復していく。
その手際は、ベテラン顔負けだ。
なんということはない。
「街の電気屋、なめるな」
がしゃん。
中身を戻した“相棒”の蓋を閉め、外の様子を見に出る。
しかし、だれも見当たらなかった。
見えるのは迫る追手と、揺れも風もないのに相変わらず傾いている景色ばかり。
「直したぞ!」
さっきの少女がいるはず、と声を上げるが、返事はない。
代わりに、乗っている飛翔体が降下をやめ、急加速しながら上昇に転じた。
京司は振り落とされるまいと前のめりに足を踏み出したが、変化する景色とは裏腹に加速感が全く起きず、おかげでバランスを崩して転びそうになった。
「慣性はどこに行きやがった」
膝をついて顔を上げると、舳先のさらに前方を見たことがない、いやいるはずのない生き物が、先導するように飛んでいた。
「ゲームのやりすぎか!?」
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