第1話 街角の電気屋
六、三、三。それと四。
といえば、学校に通う年数だ。
いつ始まったのか、彼らが親に訊いても「気が付いたらそうだった」と言われるのがオチだ。
ぞろぞろと帰っていくのは三の片方、名目上は高校の二年生たちだ。
何世代か前には事実上の義務教育となっており、三のもう片方、中学校が道を挟んで並んでいた。
「よ、京司。今日も直行帰宅かい?」
声をかけたのが細川健太で、相手は同級生の森田京司だ。
「なんだ、健太か。部活は?」
「テスト明けで休み」
秋の定期テストのおかげで、部活は総じて休みだった。
それに合わせたように、道の向こう側から背の高い女子生徒が現れた。
ほっそりとした体の天辺で、まん丸メガネが小ぶりな顔の半分を占領しいる。
「京くん、待ってたよ」
待ってたのはその妹だった。
その妹は、ぺたっと兄の手を握って、右側に寄り添った。
「どうした? いつものことじゃね?」
「そうだけど」
健太としては、事情を“ちゃんと”知っている人以外の目線が痛い。
「今はいいけど、京司が卒業したらどうすんの?」
「さあ」
妹の佐織がつれない返事をする。
でも、割と深刻なはずなのに、だ。
「大丈夫、タレ助と帰るから」
いつの間にか、足元にキジトラ模様のでかい雄ネコが付いてきていた。
「タレ助、お前、もしかして時間通りに来れるの?」
「ごなー」
かったるそうに答える雄ネコ。
まるで会話が成立しているようだった。
「健太が心配することじゃねえし。生まれつきだから、とっくにどうにかなってるよ」
「その割にべったりじゃないか?」
「うらやましいか?」
健太としては正直うらやましい。
事情を知っていればこうなるのは自然なことは分かっていても、だ。
普通に兄と校門で待ち合わせてすたすたと歩いているが、佐織の左目は、かろうじて明るさが分かる程度で、ほぼ見えていない。
右目も弱視判定スレスレくらい視力が低いから、すぐ隣の学校にいる兄と帰るのが一番安心というわけだった。
それと……
「タレ助とは付き合い長いから、いつでも迎えに来てくれる」
小さいころから、佐織は動物とすぐ仲良くなれるたちだった。
一部の人は知っているが、すぐ隣にいる兄もまた勘が鋭く、どんな動物ともすぐに仲良くなる。
二人とも、なんとなくだが、何を言ってるのかわかるようなことを周囲に話していた。
もちろん、健太にはちっとも実感できない。
とにかく、兄妹で妙な関係になってるわけじゃなくて、目が悪いから仕方ないのだった。
「ところで、健太。試験も終わったことだし、例のアレ、続きをやるぞ」
「アレ? ああ」
定期試験で止まっていたが、ここ何か月か、爺さんの物とかいう変な機材を掘り出してきてて、動かそうとしてた。
「今日は、絶対成功させるぞ」
「去年からやってて、さっぱりでね?」
「あれは電気が足りなかったからだ」
「電気け……」
何かの増幅回路を流用した装置のようだったが、健太から見たら何が起きるかさっぱりわからない変なものだった。
――お爺さんの書置きからすると、タイムマシンかワープ装置だっけ? 実際は通信機か何かドうけど……つか、試験期間中に何してたんだか。
と思った健太を、佐織が見えない左目でみた。
「そうやって、爺ちゃんを変人扱いする」
「あ、ああ、ごめんよ」
健太が声に出やすいのか、勘が鋭い佐織には、よからぬことを考えてるとすぐばれてしまう。
「安心しろ、俺もあの爺さんは変人だったと思ってるから。ま、五歳のときに行方不明になって、それっきりだけどな」
「知ってるけどさ」
変人だったことも、いなくなったことも。健太は、小さいころに遊んでもらったから知っていた。
それから、健太は一度家に向かった。
父がやっている病院のおまけみたいになったその家に、荷物を置いて、着替えを済ませ、アノ兄妹が住んでる家に向かった。
行き先は駅の向こう。
彼の街にある小さな駅を取り囲む街並みは、アンテナくらいしか高い建造物はないが、人は集まっていて商店もけっこうにぎわっていた。
昔はちょっとした総合スーパーもあったらしいが、今は残った建物だけ共同で使っている。
それから駅を越えて、少し古い街並みを歩いていくと、町の一角に三階建ての店舗兼住宅が見えてきた。
健太が物心ついたころからほとんど変わらない、森田京司と、妹の佐織の住んでる街角の電気屋――“森田電気”だ。
「いらっしゃいませ」
入ると、店番モードになってる佐織が、奥のカウンターから此方を見もせず挨拶してきた。
別のお客さんのお会計をしており、ちょうどお釣りを渡すところだった。
中は、一応電気屋っぽく適当に家電とかのサンプルが並べられていている。
ここから直接持って帰れる商品といえば、電池とか精々照明の替えくらいだ。洗濯機とか冷蔵庫とか、大きなものはは当然配達だ。
携帯端末は売る店が違い、昔ながらのパソコンという個人向け半固定端末も最近はみかけない。
業務用コンピュータは相変わらずあるが、仕事用に店の隅っこに一台あるだけだ。
「京くんなら、上」
健太に気が付いた沙織は、伝票に書き込みながら言った。見える方の目を使うのに、少し首をかしげている。
「ごな?」
膝の上では、タレ助がちょこちょことカウンターの上に目を向けていた。
「あ、ありがとう」
今日も店番、大変だな。と、思いながら「お邪魔します」と、健太はカウンター奥の住居部に向かった。
「もう、大変だよ」
健太の気持ちを察したのか、佐織の方から話しかけた。
「京くんたら、一度こもると、絶対店番代わってくれないんだから」
「しょうがないなあ」
「言ってやろう……」
佐織がぼそりと言うと、タレ助がのそりと退いた。
「一緒に」
「二階だな」
猫一匹おいて、二人で二階に向かう。
健太は薄暗い階段の手前でふと立ち止まり、「手、貸そうか?」と右手を差し出した。
「また? 自分の家、だぞ。もう」
と、言いつつも沙織はすっと手を出し、エスコートを受け入れた。
上りきったところで、沙織はすっと手を離して、手すりに持ち替える。
「よう、来たか」
部屋に入ると、京司は振り返りもせずに言った。
背中に「森田電気」と大きくプリントされた、つなぎの作業着を着てごそごそと何かの配線をしていた。
「試験前からやってるけど、増えてないか?」
「五軒先の車屋から、整備で外したバッテリーを五個ばかりもらってきた。十二ボルトタイプ、なかなか無くて、これだけ集めるのに一年かかったよ」
「一年、て。俺に声掛ける半年も前から始めてたンか」
部屋の床半分に沢山のバッテリーが並べられ、ペットボトルのような大型コンデンサが積み上がっている。
「すごい数。重さで床が抜けそうだよ」
佐織が呆れ顔で言った。
「安心しな。こう見えて、ウチは鉄筋コンクリート造りだ」
「そうだけど……」
「そういうこと。こンで、電源は準備完了……と」
京司はゴムホースほどもある電線を銅製のバーにねじ止めすると、一先ず手を止めた。
そのバーは、同じようなバーと井桁状に何本も組まれ、丈夫な台に乗せられた、赤く巨大なマナ板のようなモノの横まで伸びていた、
その巨大マナ板、天盤には星座にもなったギリシャ神話に登場するハンターの名が刻まれており、片方の端には何本もの極太電線が差し込まれている。
「これ、年代物のアンプだよな? スピーカー鳴らすやつ。車に載せてたとか」
作られなくなってきた久しい、移動式の野外ライブでも出来そうなシロモノ、もしくはバケモノだ。
「実際載せてたのは、かなりの物好だ。こんな電気食い」
そういいながら、京司は変わった形の、背丈ほどある金属のタワーを二本、巨大マナ板の手前に立てた。
タワーからは、やや細めの、電源とは違う線が二本ずつ伸びていて、京司はそれらを巨大マナ板の空いているコネクタに繋いだ。
さらに、マナ板の反対側から伸びているケーブルを自分の携帯端末に繋ぐと、バタバタと道具類をお気に入りの道具箱にしまい込んだ。
「終わりけ? 俺がやること、無かったな」
「構わんさ。今日は、記録とるのだけ頼むわ」
京司はケーブルが伸びた端末片手に、足元に置いてあったスイッチをオンにした。
マナ板の縁にあるランプが灯り、部屋がどことなく熱を帯びる。
「あいよぅ」
健太が部屋の椅子に背もたれをまたいで座り、少し大きな自前の携帯端末のカメラを起動する。
「いつでもいいよ」
わざとらしくサムアップする健太の隣に、「わたしも、こっちに」と沙織がすすっと並んだ。
「じゃ、いくぞ」
京司は、ずるりと重たい道具箱をタワーの間に引っ張ると、ドスンと腰かけた。
そしてニヤリ。
端末のマイクを起動して、話しかけた。
「あー、あー。爺さん、生きてるか? 死んでたら、あの世から返事してくれ」
ジョークなのか本気なのか、『爺さん』の記憶がほとんど無い沙織が戸惑っていると、急に目の前が暗くなった。
部屋の電気まで使ったのか、と健太が見まわすが、照明は普通に光っている。
「お、おい……なんだこれ」
やけに遠く、京司の声が部屋に響く。
見るとタワーの間だけ、吸い込まれるように薄暗くなっていた。
京司の存在も、薄く暗く遠ざかる。
「京司、何処に行く!」
「京くん!」
二人は叫びながら手を伸ばしたが、その場にいるはずなのに手は届かなかった。
叫んでいるはずの声は届かなくなり、海の底に沈むように京司は消えていった。
そして、大量に用意したバッテリーが、全て力尽きた。
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