第1話 荒れた心、腐った世界(1)

「ここの政府はクソだ! お前らに統治なんざ出来るわけがねぇだろ!」

「なんだと!? てめぇ、今なんて言った!?」

「何度でも言ってやるよ! てめぇらはクソだ! カスだゴミだ死にやがれ!」

「前衛! 射撃用意!」


 少しばかり言い過ぎたと思いつつ、奏多かなたは自分に向けられたを見つめていた。今更この光景を見てたところで、ため息しか出ないのだが。


「やれやれ、俺を殺すだけだろ。こんな量の鉄砲なんて用意する意味あるのかね?」


 挑発ともとれる奏多の発言に、ついに相手はしびれを切らしたようだ。


「打て!」


 奏多と対峙している集団のリーダーと思しき男が、よく響く声で指令を出した。

 音速並みの速さで放たれる黒光りした玉は、すべて奏多に向けられたものだ。

 鼓膜がはち切れそうになるほどの大音量がで鳴り響く。


 音速の銃弾は空気を切り裂いて一直線に飛んでくる。周りの砂が舞い、奏多の姿はみるみるうちに見えなくなっていった。


「ターゲット、魔素の反応ありません」

「よし、やったか」


 空間が落ち着きを取り戻し、視界が晴れた。

 そこには、先ほど銃撃していたはずのターゲット──奏多の体すらもなかった。


「……!? ターゲット、消失しました!」

「探せ! まだこの近くにいるはずだ!」


 奏多は、気配だけではなく肉体そのものを消して、自分を血眼で探し回っている敵──治安維持組織『光槍こうそう隊』の様子を二つの建物の間にある僅かなスペースに隠れながら眺めていた。


「……まったく。いくら探しても絶対に見つからないってのに」


 奏多が使用した魔法──ステルス・エクステンス(奏多命名)は気配、存在感だけではなく、肉体そのものを透明化し、さもそこにいなかったかのように振る舞うことができるのだ。


「さて……」と、まるで他人事のようにつぶやき、目の前の戦場に目を向ける。

 血眼になって奏多を探す光槍隊が、目の前に透明化した探し人がいるともつゆ知らずにウロウロしていた。

 一歩間違えたら、間違いなく死ぬ。しかし奏多はこの状況をむしろ楽しんでいた。


「殺す。さもなくば死ぬ」


 己がこの世界に来てからずっと胸に抱き続けている教訓を口に出す。

 ここでは生きるか死ぬかだ。この腐りきった都市に『情』などない。

 などと考えつつ相手の様子が窺いながら、この周辺一帯に攻撃するための広範囲魔法の準備をする。


 と、その時だった。


「誰だ……!?」


 自分以外の場所から魔法を発動しようとした形跡——魔力波を検知した。それも、明らかに自分に向けられたものだ。

 振り返っても姿は見えない。魔力波を出した人物も、奏多と同じく透明化の術を使っている可能性が高い。


 奏多はその方向に向けて鞘に入ったナイフを3本取り出し、無駄のない動作で投げる。

 そのまま何にも命中することはなく、真っ直ぐとどこかに飛んで行ってしまった。

 なので、飛んでいったナイフに己の魔力を転送して刃先をクルッと方向転換──遠隔操作を行った。油断しきった対象を背後から刺すのだ。

 今度は狙い通り、背後からの攻撃には対応しきれなかったのか、少々の手ごたえを感じた。

 この流れでとどめを刺すため、魔力操作によって宙に浮いたナイフを、今度は3本すべてを相手がいるであろう場所を取り囲むように配置して退路を断つ。

 ナイフに魔力を注いで、先ほどよりも素早く、ターゲットに向けて発射させる――。


「……遅いです」


 何やら女性の声が聞こえた次の瞬間。


 奏多は、一瞬にして意識を失った。


 * * *


 うっすらと目を開くと、そこは日光が入り込まない薄暗い空間だった。眼前には岩が飛び込んできた。洞窟と考えていいだろう。


「……じゃなくて、ここはどこだ!?」

「おや、意外と早く目が覚めましたね」


 そこには、長い青髪をまとった女性——いや、女性と呼ぶには少々幼い少女がいた。奏多は焦って鞘からナイフを取り出そうとした。


「落ち着いてください。別に危害を加えようなんて全く、微塵も、これっぽっちも思ってませんから」

「っ──!?」

「あ、そういえば、あなたのナイフに魔素毒を注入したので、しばらく使用できませんよ」

「それを、先に言え……!」


 時すでに遅し。奏多の手は痺れ始めた。


「まったく、しょうがないですね」


 奏多の手が光ったと思えば、麻痺が一瞬にして消えた。

 またうっかり触ったら面倒なので、ナイフは鞘ごと腰から取り外してその場に置いた。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はアトリアと申します。俗に言う精霊です」

「なるほどな。あんな高度な魔法をさらっと使えるくらいだから人間ではないと思っていたが、やっぱりそうだったか」


 奏多は、さも知っていたかのように言い放った。


「冷静に分析して、しかも透明になった私の居場所を見つけるあなたこそただの人間ではないわね」

「どうだかな」


 外見は十五歳くらいの少女、改めアトリアと名乗った人物は苦笑いをした。しかし、その顔にはなぜか苦悶の表情も見て取れた。見兼ねた奏多は話を聞くことにした。


「ところで、さっきから何か悩んでいるようだが、どうしたんだ?」

「いえ、その、実は……」

「煮え切らないな。ハッキリ言ってくれ」


 観念したのか、ついに口を開いて、こう言った。


「……実はここ、オルトロスの巣らしいんです」


 オルトロスとは、この世界に住まうモンスターの一種で、ケルベロスの弟分である。首が二つある狼のような外見で、三つ首のケルベロスの子分であることは外見からもわかる。

 この世界では、B級危険生物に認定されていて、一度襲われたら生還できる確率はとても低いと言われている。


「なあ、アトリア。なぜここを選んだんだ。俺を殺す気なのか」

「光槍隊から逃げるためにやむを得なかったんです」

「いい加減教えてくれ。ここはどこなんだ」

「オルトロスの巣——」

「そうじゃなくて、ロケーションだ。どの辺なんだ、ここは」

「サウスエリアの郊外です。とにかく光槍隊のアジトと逆方向に逃げていたらここを見つけて——」

「——待ってくれ。俺が居たのはノースエリアの北端の町だぞ。こんな短時間でどうやって移動したんだ?」

「瞬間移動です。テレポートを使いました」


「歩いてきました」とでも言うようなほどの軽いノリでテレポートを使った精霊にただ驚愕するばかりだ。


「なんでもありかよ、おい」


 などと雑談しているうちに、重い足音が洞窟内に響き渡る。間違いなく人が発する音ではない。この洞窟の主、オルトロスで間違いないだろう。


「チッ、来やがったか。気づかれないように逃げるぞ」

「……無理です」


 アトリアは消え入りそうな声で呟いた。


「どういうことだ?」

「……出口が分からないんです」

「……おいおい、嘘だろ」


 奏多はため息をついて、別の提案をした。


「なら、戦いながらモンスターと戦うしかないな。魔素はまだあるか?」

「さっきの移動で使い果たしました。もう、ロウソクの火くらいの火力しかでないです」

「やる気あんのかこの野郎め」

「……テヘペロ☆」

「『テヘペロ』じゃねぇ!」


 しまった、と思って口をふさいでも、もう遅い。

 直後、オルトロスが吼えた。その視界は、確実に奏多らを捉えている。


「うわ、気づかれました!」


 双頭の狼がこちらを見つめ、洞窟の出口はわからない。ナイフは魔素毒の効果がまだ消えてないから武器は使えない。

 精霊は魔素を切らしたため魔法は使えず、奏多も攻撃する魔法は覚えていない。

 まさしく、絶体絶命。この状態を一言で表現するなら「詰み」である。


 誰かが仕組んだとしか思えない危機的状況。しかし、ただ一人、静かに不敵な笑みを浮かべる者がいた。


「……殺す。さもなくば死ぬ」


 豹変した奏多は、にやけた口元を隠そうともせずに呟いた。


「さて、殺し合おうか、オルトロス」


 そこにいたのは、もはや先ほどの青年ではなかった。

 狂気に満ちた、言うなれば『死』そのものだった。

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魔法都市プリズニカ 山波アヤノ @yokkoo

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