第14話
「改めまして、わたくし、シャルロッテと申します。以後お見知り置きくださいませ!」
彼女はホホ、と口元に手を当てて微笑んだ。
自分よりもずっと幼い少女に、こうして見下ろされるのは初めての体験で、ただでさえ経験値が足りない私の脳みそがぐるぐるしている。こんなときこそギフトを使って、と思うのに、何をどうしたらいいのかさえわからない。なので、「奥様でいらっしゃいますわね?」 シャルロッテさんの言葉に、ただコクコクと頷くことしかできなかった。
「今回、リオ様から契約解除のご連絡を、騎士団を通じて頂いたのですけれど、今一度お考え直しいただきたく伺いましたの。あんまりにも急でしたから、わたくしもびっくりしてしまいまして――――ときに奥様、ご新婚ときいてはおりますが、お料理はどうですの? 見たところ侍女はいらっしゃらない様子ですが、案外めんどくさいと思っていたり、たまには他所様のご飯を食べたいと旦那様には言えずともこっそりお考えに――――」
ずいずい、と彼女が小さな体をこちらにどんどん近づけてくる。ただ首を振った。あまりに迫力に飲み込まれそうになりながらも、カクカクと。否定の気持ちを強く持っていたわけではなくて、もはやその動き以外、何もすることができなかっただけだ。
(まあ、そんなわけないわよねぇ)
そんな私の動きを見て、ふう、とシャルロッテさんが小さなため息をついた。そうして聞こえた声に、実は彼女はすでに諦め半分な気持ちであったことを知った。別に無理やり押し付けようとして来訪したわけではないらしい。そう気づくと、やっとこさ心臓も落ち着いて、ゆっくりと立ち上がった。
「あの、シャルロッテさん、大変申し訳無いのですが、お料理は好きですから、負担に思っていることはありません。まだ……結婚をして、2ヶ月も経っていませんし」
これが何年と重なれば話は変わってくるのかもしれないけれど、あいにく、あとは8ヶ月ちょっとの生活だ。お世話になることは恐らくないと思う。
「……そうですわよね。こちらこそ、無理なお願いをしてしまいました。その、わたくし、リオ様がご結婚をされたときいて、とても驚いてしまいまして」
あまりにも残念そうなその様子に、まさか、とドキリとした。そりゃあ、リオ様はかっこいいし、彼女も可愛らしいし。(いい男ではありますが、あの押しの弱い性格でしたら、一生カモにできるかもしれないと期待しておりましたのに) 彼女の思考は聞こえなかったことにした。
「とは言いましても、実はわたくし、今回もご依頼いただけるものと思っていましたので、実はある程度の準備をしておりましたの。今までごひいきにしていただきましたから、お代金は結構ですわ。最後に少しだけキッチンをお貸しいただけませんか?」
そのあまりにもしゅんと垂れたツインテールが悲しそうで、思わずはいと頷いてしまった自分にため息が出た。
今現在、彼女は勝手知ったる様子で、可愛らしい花柄のエプロンをしながら、忙しなく台所を動き回っている。
「あら、立派な包丁が! これは奥様のものですの? 以前はありませんでしたから」
「あ、はい。ナイフは何だか怖くて持てないので、それならなんとか」
「普通反対ではありません!?」
まあ、これだけ立派なものを使っていらっしゃるのだから、わたくしなど不要ですわね、と呟く言葉は嫌味でもなんでもなく、心の底から思っている言葉らしい。野菜が大好きらしく、ふんふんと鼻歌まじりに無駄のない動きをする彼女を見ていると、なんだか不思議な気分になってきた。どう見ても私よりも年下だけれども、リオ様のことをお得意様、と言っていた。彼の内面を含めてよく知っている様子で、長い付き合いのようにも見える。
可愛らしい子だな、と思った。
先程、ふと考えたことを思い出して、もやもやした。なんでそう感じるのか、と考えてみて、理由を一つ思い至って、そんな自分が嫌になった。別に私は妻と言っても書類上なわけだから、そんなことを気にしても仕方がないのに。
「エヴァ様、もしかすると、疑問に思っていらっしゃいます?」
「えっ」
心の中を見透かされたみたいで、どきんとして飛び跳ねた。シャルロッテさんが、いたずらっ子のように八重歯を見せてくふくふと笑っている。
「いえいえ。お客様の誰しもが一度は尋ねてこられますから。こんな小さい子が、なんて。言っておきますがわたくし、見かけ通りの年じゃありませんの。リオ様は、まあ見目のよろしい男性でしょうが、私からするとひよっこちゃまですので、興味もございませんことよ」
えっ、と口にして、それじゃあ一体何歳、と誰しもが問いかけるのだろう。そこはいつものこととばかりに、シャルロッテさんはちょんと可愛らしく口元に人差し指を置いたのだけれども、私は知ってしまった。いや知りたくなかった。このまますぐに忘れる努力をしようと思った。まさかそんなご年齢とは。
「まあ、お疑いになるもの無理はありませんが、若作りの秘訣は健康な食生活でしてよ」
例えば野菜とか、と彼女は笑っているけれど、別に私はまったくもって疑っていない。シャルロッテさんの心の声が、しっかりと聞こえたのだから。聞きたくなんてなかったけど。
そうこう話している間に、彼女の料理もいよいよ大詰めになってきたらしい。しかしやっぱりお仕事にしているだけあって、切り方一つでさえも、勉強になる。
「さて、それじゃあ、やっとこさ本番ですわね!」
彼女はかまどの扉を開くと、型を中に入れると、かつん、と炎色石を2つ、叩きつけた。それからぽいと放り投げた。石が少しずつ熱を放ち、煌々と白く輝いていく。そしてなにやらシャルロッテさんが、そちらに向けて両手を向けた。うんうん、と頷き、かちりともう一度石を叩く。
「あの……?」
「わたくしのギフトですわ」
疑問に思うのは無理もない、という口調だ。通常、炎色石は、2つで十分な熱を発する。石の使い方はただ一つ、思いっきり叩く。それだけだ。だから追加で石を入れる必要はないし、シャルロッテさんは二度目に入れた石は、ほんの少し、小さく叩いていただけだった。石には使うことのできる熱量が存在して、使い切っていなければ、再利用できるけれど、あれでは大した温度も出ないから、一見なんの意味もない行為に見える。なぜだろうか。
彼女の頭で考えるよりも先に、シャルロッテさんは説明してくれた。
「わたくしのギフトは、温度がわかるギフトなのです。例えば今日の寒さと明日の寒さ、普通の方なら、どっちがより寒かったかと言われると、なんとなくで答えるしかないことも、わたくしなら、具体的に、どの程度の変化があったのか理解できます。まあ、この通り名字もない平民ですから、通常なら大した使いみちもないギフトですわ。エヴァ様は――――」
ぎくりとした。そうしたあとで、すぐさまシャルロットさんは口をつぐんだ。「いえ、なんでもありませんわ」 自分から言うのであればともかく、他人にギフトを尋ねる行為は、あまり褒められたことではない。そもそも保有していない人間だっているし、肉親でも互いのギフトを知らないことさえある。お父様と私がその例だ。
一般的には、平民はギフトを持っていない、もしくは持っていてもほんの少しの特技という程度らしい。個人差はあれど、シャルロッテさんのギフトもそう珍しいものではないのだろう。
「しかし私はこのギフトを、どうにか使いこなせないかと頭をひねらせまして、練度に練度を重ねましたのよ」
相変わらず両手を突き出しながら、シャルロッテさんはむふんと笑った。そうして満足した様子でかまどの扉を閉めた。
「ギフトの練度を上げる……?」
「もともと強いギフトを持っていらっしゃる貴族の方には、あまり縁のない話かもしれませんが、わたくしとしては死活問題でしたから」
ただの特技も、磨けば立派な仕事になりますのよ、とシャルロッテさんは語った。通常は叩きつけるだけの石を、幾度も検証して、練習して、理解する。そうして、誰しもが不要と思っている料理に、彼女は“温度”を取り入れた。
「料理とは、繊細なものですの。温度がわずかに違うだけで、味にも気持ちにも変化がありますわ」
そうして竈から取り出した、ふかふかのお菓子のような野菜が練り込まれたパンは、驚くほどに美味しかった。ほふほふと必死に口にふくんで、ちょっとしたしょっぱさが、これはもう、大変に素晴らしいとほっぺが落ちそうになっているとき、私と同じく食卓に座っていたシャルロッテさんが、私以上に頬をぽろりとこぼしていた。
「あ、ああああ、やっぱり、リオ様のお野菜は最高、ですわ……!!」
「お、おう……?」
想像以上のご反応に、なんだか怖くなりつつも、もふもふと切れ端を口に移動する。やっぱりおいしい。シャルロッテさんは、どこぞの小動物のように全身を揺らしながら、はむはむとほっぺを膨らませて、「ううううううん!」 もう一回震えた。
「やはり若さの秘訣はお野菜! しかも殿方が育てたものに限ります……! リオ様のご自宅にあるお野菜は、騎士団の溢れる若さが弾けた方々が丹精に作られたもの! はああ、若返りますーー!!」
どうやらシャルロッテさんが契約の解除にあわてて乗り込んできた理由はこれだったらしい。通りで思考の節々に、野菜野菜と考えていると思った。
リオ様がこっそり持って帰って来てくださる家庭菜園ならぬ騎士団菜園は、彼以外にも面白半分に手伝っている人もいるらしく、その人達にも持ち帰ってもらっているようなのだけれど、やっぱり色んな種類が数多くあるのはこの家で、もともとシャルロッテさんは宅配屋のお値段をちょっとばかし安くすることと引き換えに野菜をいくつか持ち帰ってもいいという契約をしていたらしい。
「エヴァ様! どうか、どうかお願いです! 宅配屋の仕事をさせてください、なんてことは言いません! 寧ろあなたのお友達としてたまにこちらのお家に、お邪魔させていただけませんか!? そしてちょっとばかりのデザートと、お食事を一緒に食べましょう!?」
わたくし、存分に腕をふるわせていただきます! と小さな女の子が、大きな瞳をうるうるさせてこちらを見ている。いや実年齢を考えればちょっとあれなのだけど。「えっと、あの、その」 悪い人じゃない、ということは分かった。それにあの料理の手さばき。もっと身近でみたい、という気持ちもある。でもあまり人と関わりたくはないし、そもそも友達ってなんだっけ? と言う混乱で、うまく頭が回らない。
ここはまあ、リオ様のご自宅なわけですし、せめてリオ様に確認させてください、という言葉が絞り出せたのは、それからしばらくしてのことだ。
「これでまた、リオ様のお野菜が食べられますわーー!!」
「ま、まだ了承は、了承はしてませんよ!?」
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