9.この惑星の人間なら誰でも知っていて、だけど外にはあまり漏れない情報というものは結構こんなところからほころび始めるのだ。

 彼は協同組合で買った、いつものよりはやや軽い煙草をふかす。

 これでも組合にあった中では一番きつい奴を選んではいるのだ。だが所詮この惑星内で作られたものに過ぎない。

 大きく椅子にもたれかかり、ぴったりとしたパンツにくるまれた細い足を中佐は無造作に組む。

 キムに言われたこともあり、彼は昼間、学生の協同組合に顔を出していた。

 確かによくものが揃っている。日用雑貨やら食料に本だけでなく、嗜好品やちょっとした家電品までがずらりとこのシェンフンの中央大学に通う学生と教師、その家族のためだけに存在している。

 そしてそれが一つ残らず、この惑星の自家製品である。本や音楽ソフトといった文化的産物といったものをのぞき、生活に必要と思われるものには、一つとして輸入品はない。

 必要はない、ということか、と彼は思う。まあそうだろう。あれだけ広い生産のためだけの場所があるなら。

 だが……


「そんな悪趣味、田舎ものがするかい」

「そりゃお誉めにあずかってきょーしゅく」


 考えの流れはともかく、頬杖をついてくく、と彼は笑う。

 遠くに投げた視線の向こうには、見覚えのある栗色の長い毛があるのを彼は知っている。果たしてどんな口調で女の子を口説いているのかはなかなか気になるところではあったが。


「だが、それはなかなか私は悪くないと思うが」


 クラッカーをかじりながら、ゾーヤは低い声でぽつりと言った。


「あたしもそう思うわ。すごくあなたに合っているとは、思うもの」


 先ほどミルクをたくさんと砂糖を三つ入れたコーヒーを掴みながら、ヴェラも続ける。


「女優さん達に誉めてもらえるってのは嬉しいねえ。そうなれば張り合いも出るってもの」

「そうなってくれなくちゃ困るよ」


 部長のモゼストがため息をついた。


「何たって、もう試演まで時間が無いんだよな…… なのに当の役者が、公安にしょっぴかれてしまったんだから全く……」


 はああああああ、と部長は再び大きくため息をついた。


「何、俺の先人って、そーだったの?」

「そうなんだよコルネル君」


 額にはちまきを巻いた部長は、先刻から何度この調子だろう、と彼は思う。

 医学群正課の最終学年と聞いたが、果たしてこの神経で、あの時には無神経を必要とされる仕事をこなせるのだろうか、と思わずにはいられないくらいだった。

 おまけに置いてあるのは紅茶とヨーグルトだ。きっと胃も弱いのだろう、と中佐は何となく推測してみる。


「元々我々演劇部と彼の新聞部は、伝統的に当局から目をつけられる存在なんだよ」

「そらそーだ」


 畑は違っても、たくさんの人間に一つのことを発信するという意味では、この二つの効果は大きい。

 特に、この惑星のように、放送手段がさほどに大きくない場合には、紙媒体の影響というものは大きい。中佐は訊ねる。


「そもそも俺思ったんだけどな、何でシェンフンなのにこんなにテレビジョンが無いんだよ」


 中佐は彼らに対しては、この州の中でも田舎のほうから出てきている学生、という立場を取っている。


「それは」

「俺の居た所ならさ、そら仕方ないけど、いくら何でも、この街でこんなに少ないとは思わなかったぜ?」

「だって見てもつまらないものに誰がお金かけるっていうのよ?」


 ヴェラはむきになって言い返す。まあそれはそうだ、と中佐はうなづく。


「へえ。こっちでもつまんないの。俺田舎だからつまらんとずっと思っていたけど」

「馬鹿じゃないあなた? 全州放送なんだから、放送なんて何処だって同じじゃない」


 中佐は片眉だけを上げてみせ、自分の目の前のトマトジュースをちゅ、とすすった。ずけずけとものを言う女だよな、と彼は感心していた。


「なるほどね。だけど街頭テレビの量には感心したよ」

「だろ」


 イリヤはにっと笑う。


「だけどあれをつけた理由、知ってるかい?」

「さああ? どうなの? 情報通の編集長さん」

「あれは、非常時の一斉号令のために使われるんだとさ。司政官が軍に命じて、反乱分子を一網打尽にするために市民に呼びかけるんだと」

「ほぉ」


 それは彼も初耳だった。


「そんなことして、市民が反乱分子を掴まえると思っているんだ」

「まあやらないよりまし、と思っているのではないか?」


 ゾーヤはあくまで冷静に言う。


「まあそうだな。協力しろ、と言われて協力しなかったら、今度は反乱分子と見なされるのはこっち、ということになりかねない」


 ふーん、とうなづきながら彼は、幾つかの疑問が頭の中によぎるのを感じる。

 矛盾がある。

 そこで彼は一つ石を放ってみる。

 この惑星の人間なら誰でも知っていて、だけど外にはあまり漏れない情報というものは結構こんなところからほころび始めるのだ。


「司政官は、確か、十年前から変わっていなかったっけ……」

「だと思うわ。あたしはその頃はまだバウナンに居たけど、あの時は、一斉検挙が行われた年でもなかったかしら?」

「ああそうだ、ヴェラ。あの年だよ」


 ぽん、と編集長は手を叩く。


「君の居た地方でもなかったか? 反政府運動に加わった者を、程度の差無しに一斉に検挙した……」

「ああ、あれ。だけど俺まだその頃は毎日遊び回るのが大変でねえ。山の中とか走り回るほうに忙しかったから」


 適当なことを言っておく。


「そういえば、あの時、君の幼なじみも行方不明になったんだろ? ヴェラ」

「イリヤ」


 彼女は険しい目で編集長をにらむ。イリヤは肩をすくめる。中佐はそれに気付かないふりをすることにした。


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