8.そもそもこの州、ないしは惑星において、それほどの情報統制を行う必要などないのだ。
「だからってどうだって言うの? 時々、来るのよ?」
彼女は次第に声をひそめた。
「何が?」
「監察官」
「図書館の本相手に? だって、そんな、本を仕入れたことくらいは簡単に記録に残るでしょ」
たとえその管理の方法が、昔ながらのカード式であったにせよ。
「内容までは、タイトルじゃ判らないでしょ!」
「でも『放送と力』じゃそのままだね」
彼女はぐっと言葉を飲み込む。
「確か、この近隣州から流れる電波の収集法まで書いてなかった? 例えばこのシェンフンだったら、一番入りやすいのはエマ州のテンションから発信される『自由の声』が一番受信しやすい、とか…… とても、文学部の教授とは思えない」
「文学部の教授よ!」
そう彼女は言い返して、またクッキーを一つ放り込む。
「文学部の教授だからこそ、今の、この状態が許せないのよ…… 好きなことを好きに書けない自由が無い状態が…… 気付いたことないなんて言わせないわよ?」
「確かにそうだね」
キムが実際驚いた、のはこの州におけるバランスを崩した情報統制のやり方だった。
そもそもこの州、ないしは惑星において、それほどの情報統制を行う必要などないのだ。
情報統制は、それが必要とされる時にその効力を発揮する。例えば戦争時。例えば災害時。時によっては「選挙」でもいい。また飢饉が続き、州土自体が餓えたりすること。
そんな時に情報を規制して、不満を目の前の政府にぶつけることを回避するのは、ある種有効なやり方だ、と彼も思う。
だが現在のこの状態は、決して利口な方法ではない。
この惑星は、決して貧しくはない。
確かに帝都付近のような飛び跳ねた文化が生まれるような豊かさではない。だが、人々は餓えることもなく、日々の生活をこなし、そしてさらに、少しでも自分の生活をよくしようとする極めて健全な姿勢を、幼少時から身につけている。
速度はゆっくりかもしれない。だが、決してそれは悪い発展の方向ではない、とキムは思う。
例えば、この地の主な情報源は、ラジオとテレビである。それはあくまで二次元なテレビであり、インタラクティヴではない、あくまで送り手が送るだけのラジオである。
音楽にしてもそうだった。この地ではこの地の流行り廃りがあり、中央からのものは入ってくることは少ないようである。好みもまたずれている、と言えばそうなのだが。
そしてその音楽を聞くものにしてもそうだった。
この地で最も使用されている携帯型の音楽は、帝都やその近傍で生産され輸出されている手に入る程の小型で、キップ程度の薄さしかない音楽カードではなく、ずっしりとした重量、握れば固さに手が痛むかもしれない、スチールで覆われた磁気カセットテープだった。
技術的な面もある。素材の手配の関係もある。
例えば電気が引かれず、電池の補給もままならないような草原の国で最も重宝されているのはぜんまい式の自家発電ラジオであったりするように、その場にはその場にあった機械というものがあるのだ。
この惑星は、そんなハード的な面でも、市民の日常というソフト的な面でも、落ち着いて安定した進歩と調和を目指しているように思えた。
だから余計に、目の前の彼女が話すような現状には、違和感があるのだ。
電話に盗聴器がつけられているだけではない。街のあちこちには、「不審な人を見付けたら直ちにご一報を」というボスターが貼られている。
ラジオから流れてくるのは、まだ半分は普通の娯楽番組だが、あと半分は、現政府を称えるようなものだった。
政府高官の一人一人の生い立ちを追ったドキュメントだの、各地で行われた式典だの、毎日あるものではなければ、フィルムが繰り返し繰り返し流される。
*
「くそったれな放送さ」
編集長イリヤはコーヒーを口にしながら毒づく。
「誰が見るかって言うの。あんな放送」
ふうん、とコルネル中佐は両眉を上げることで応える。
彼はこの時間、演劇部で知り合った学生達とミーティングがてら、食事をしていた。秋の日の夕暮れは早い。既に日は沈み、学生食堂の一角にも、灯りが点いていた。
大学祭が近いためだろう。学生達の姿もあちこちに見られた。
「あんただってそう思わなかったかい? コルネル君よ?」
「はて。俺は所詮田舎ものだからねー」
「そんな格好して何が田舎ものだよ」
つん、と学生新聞の編集長は彼の腹をこづいた。
確かに、と中佐は思う。
この編集長は、実にマトモな格好だ。シンプルなシャツの袖も襟もきっちりと止めているし、加えてそこに劇団員にも共通なネッカチーフをきちんと結んでいる。何となく育ちの良さを感じさせる。
買ったサンドイッチは適当に紙に包まれているだけなのに、彼の手の中では妙に優雅に見える。
ふう、とコルネル中佐はまた一つ煙を吐く。軽すぎるな、とは思うが、そこは仕方がない。
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