反帝国組織MM⑧制御不可能~機械仕掛けの二人の最初の仕事は失敗が判っている革命。

江戸川ばた散歩

プロローグ

① 青空の下の出会い その1

 その日、惑星サルペトリエールは平和だった。

 平和というものの定義は実に様々である。だがとりあえず、戦争も貧困も餓えも存在しない状態を平和と言うのなら、明らかにその日、サルペトリエールの、軍警基地は平和そのものだった。

 良い天気だった。乾いた風が、上空に流れているのが、遠い雲の動きで判る。雲が高い。空が高く感じられる。

 抜けるような青い空は、温帯気候の地域において、季節が夏季から冬季に移り変わる、僅かな時期に与えられた特権のようなものだった。

 広いベース内のあちこちにある木々も黄色や赤に色づき、芝生と空にはさまれ、見上げる人々の目の中、晴天の空のもと、鮮やかなコントラストをなしている。

 そしてそこにもう一つ、そんな目に痛い程のコントラストをなすものがあった。


「うーん」


 一度大きく伸びをすると、中央管理棟の司令部から出てきた男は、今度は首を回した。


「あー~ 面倒くせえ~」


 チェンバロのような声が漏れる。

 誰に言うでもなく、彼は言葉を口にした。むしろそれは自分に言い聞かせているようにも見えなくはない。帽子を取ると、一度二度と、頭を振る。すると髪の毛がざっと揺れた。

 青い空の下、それがもう一つの強烈なコントラストをなしていた。

 赤と緋を足したような色の髪。長いとは言えないが、短すぎるとも言えない程度の髪は、帽子から開放されたとばかりに、ざっと揺れた。

 彼は帽子を腰のポケットに突っ込み、袖口のボタンを外すと、慣れた手つきで一つ二つと両方の袖を折り曲げた。そこから無駄な肉の一切無い腕が、姿を現す。ちら、と空と周囲の木々を見渡すと、ややまぶしげに目を細め、腰のポケットに両手を突っ込んだ。

 秋なのだ、と彼は思った。


 コルネル中佐は、秋は好きではなかった。



 とはいえ彼が好きではないのは、秋ばかりではない。朝一番にかかってくる予定外の電話というものもまた好きではなかった。

 一応今日は休みの筈だった。

 つい先日、集中して出た作戦行動が終わったばかりで、彼にしては久しぶりの休暇を、かなり怠惰に使ってやろう、と思っていた矢先だった。まあこの場合、実際に使えるかどうかは大した問題ではない。

 ところが、そんな彼のささやかなる願いは、細かい電子音で見事に粉砕された。まあそんなもんさと思いつつ受信機を耳にすると、彼の上官の声が聞こえてきた。まあそんなもんさと肩をすくめるしか、とりあえず彼にはやる事がなかった。

 そしてその用件というのが。



 七つ目の銀杏の角を過ぎるあたりから聞こえてきたざわめきが、八つ目の楓の角を過ぎるあたりになって、急に喝采の声に変わった。拍手とかけ声。

 何だろう、と彼は思った。そして角を曲がる。

 カンカンカン、と乾いた音が、彼の耳に鋭く飛び込んでくる。それはリズムカルに、何度も何度も繰り返される。ゆっくりと近づく彼にも、それが何の音なのか、さすがに見当がついた。


 カン…


 強く長く後を引く音が響いた瞬間、長棒が空に弧を描いた。

 一瞬の静寂。

 そして次の瞬間、声が上がった。


「おぉーっっっっ!! 十人だーっ!!」


 わぁぁぁ、とその声に反応したように、歓声と拍手と口笛と帽子が宙に舞った。


 十人?


 さすがに彼の眉も片方上がった。音をさせずに、兵士達の集まる方へと近づいていく。草を踏みしめる音はしているが、「平和な日」の興奮したざわめきの中、そんな微かな音に気付くような冷静な兵士はそういない。

 さほど背丈の大きくない兵士の背後に回り、左の胸ポケットからシガレットを取り出す。口にくわえたところで、彼はようやく、その騒ぎの中心に目をやった。

 思わず口を開き、煙草を落としそうになった。

 不意に、笑顔が目に飛び込んできた。


 何だこいつは。


 明るい笑顔だった。明るすぎるくらいの笑顔だった。不気味に無邪気に見える程の笑顔が、そこにはあった。

 次に目に入ったのは、長い髪だった。

 緩い三つ編みにまとめた栗色の髪が腰のあたりまで伸びている。持ち主が歩き、跳ねるたびに、その髪もまた揺れる。重力の存在は無視せずに、それでも実によく揺れる。

 そしてその右手には、長棒。訓練用のそれは、木製で、およそ1メートルはあるだろうか。レーザーソードの基本距離を模したそれは、軍特有のもので、初心者にはそう簡単に扱えない。

 それを何やら、いとも簡単に、その不気味なまでの笑顔を浮かべながら、上着を脱いだその腕で、簡単にくるくると振り回している。

 どうやら、その様子で攻撃を避け、そして隙を見ては、その死角にと踏み込んでは相手の長棒を跳ね飛ばしていたらしい。

 拍手と喝采。笑顔に付け加えて、手までひらひらと愛想良く振っていた。

 そして彼は煙草に火をつけた。煙が辺りに漂う。漂うごとに、後ろから見ている彼には、兵士達の肩がぴくん、と動くのが判って、何やら実におかしい。

 おそるおそる振り向き始める兵士の中で、最初にその勇気ある一言を発したのは、一人の士官だった。


「中佐…… コルネル中佐ではありませんか!」  

「何やってるんだこりゃ? ソングスペイ少尉」


 彼は口の端を上げてにやりと笑い、ソングスペイ少尉というこの勇気ある士官に訊ねた。彼の愛用の煙草の匂いは、その効き目同様、実に強い。この基地内でも彼以外に吸う強者はいないのだ。

 一方この中佐に対して、いきなり声を掛けられるような強者もまた、そうそう一般兵士の中にはいない。

 凍り付いたような笑みが周囲の兵士の顔に一斉に貼り付く。まあいつものことだ、と彼は煙を時々吸いながら、ちらり、とその向こう側の長髪に視線を投げた。

 長髪は、気付いたのだろうか、長棒で何やら整理運動のように筋肉を伸ばすような動作をしながらも、自分を見る視線に対し、にっこりと笑いかけた。

 ふむ、と彼は片方の眉を上げた。やや光の加減でメタリックにも見える金色の瞳は、ややその色合いを強める。


「十人抜きか?」


 彼はソングスペイ少尉に訊ねる。


「あ、はい。新入りの、歓迎をこめた立ち合いです」

「新入り?」


 ああそう言えば、と彼は先ほどの上官の話を思い出す。次の作戦用の補充人員が来る、と彼は言われていた。

 だがさほど記憶していないところをみると、上役の言ったその「新入り」の経歴にはどうやら彼はそう気は惹かれなかったらしい。


「なかなかやるな」


 フィルターを前歯で噛むようにしつつ、言葉を器用にその間から吐き出す。


「階級は?」

「花星一つです」

「貴官と同じか」


 花星は尉官の地位を現す。ちなみに彼の肩についているのは、花星ではなく、二つの黒の五芒星だった。軍の中でも、黒は軍警を示す。

 同じ黒でも、花星と呼ばれているそれは、奇妙に可愛らしい形をしている。肩と襟につく印は、星と呼ばれていても、むしろマーガレットやコスモスのような花に見える。


「もう終わり?」


 ややのんびりとした声が飛んだ。声は長髪の新入り少尉の口から発せられていた。

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