第13話 帰郷


 翌朝、村へ向かうと五人はそれぞれ旅立ちの用意を済ませていた。皆思うところは同じ。ただ少しの食糧と水分だけ念を入れて持っただけの装い。待ち合わせもしていないのに万全の状態で集まったことに思わずニヤリと笑いあう。


「おはようございます、皆さん。準備はオーケーですか?」


ばっちりだ、おっけー、と方々から聞こえてくる。皆準備万端のようだ。それでは、出発しよう。この桃源郷と別れるときが来たのだ。道案内はロボが務めてくれる。あの山の入口に、帰り道があるそうだ。


私たちの、バカンスがおわる。桃源郷での何も恐れなくていい暮らしから脱却し、恐ろしいあの世界へ帰るのだ。優紀は改めて、ここにしばらくいたこの五人が決断してくれたことを有難く思う。


最後になるのだし、この世界を見回してみた。鬱蒼と生い茂る木々。そこになる果実はずっしりと身がつまりみずみずしい表面をしていて、いかにも美味しそうだ。小動物達がちょろちょろと走り回り、なんとも可愛らしい。気候も熱すぎず寒すぎず、ちょうど良い適温に保たれ続けている。

……確かにここは桃源郷だった、と思う。滞在が数日だった優紀でさえそう思うのだ、自分が説得したとはいえ名残惜しかろう——そう思って左右を歩く皆の表情を伺う。


彼らの表情は、優紀の予想に反して晴々としていた。向こうへ行くのを誇り高い行為だと言うように。すっきり、さっぱりとしたその面々を見て、優紀は人知れずほっとしていた。

するとその時綱嶋が、


「どうした?俺の顔になんかついてる?」

「いえ、晴々とした表情だったので。良かったなぁ、ってしみじみ思ってました。」

「そりゃあそうだ。俺達は一度死んだも同然!また人生仕切り直してやり直せるんだ。わくわくするってもんだろう?」

「なるほど。その考え方、いいですねぇ。」

「優紀ちゃんは戻ったらまず何したい?」

「うーん・・・・・・まずは家族とハグして、沢庵食べて、お店の手伝いがしたいです。あと今の職場へ退職届叩きつけに行く。」

「あら、今までの仕事やめて違うのにするの?」

「はい。今の所、残業多くって。なので、そこをやめて芋菓子店してる叔父の手伝いでもしようかなーって、結構楽しみにしてるんです。」

「へぇ、いいねぇ。」

「お二人は、戻ったらなにがしたいですか?」

「うーん・・・・・・まずは誰が見舞ってくれてるのかを確認して、できるなら話がしたいかな。誰がいるんだろうな。……想像つかねぇや。」

「私もまずはそれね。でもそのあとは即効でユニセックス系の服を大量買いとヘアカット行くんだから!」

「ふふ、それいいですね!私も髪切ろうかな。いっそのことショートに。」


とそこで他の三人も会話に混じって来る。


「はいはいっ僕は姉さんに謝りに行きます!そんで姪っ子のためと思って、もうくさらずに真面目に働く!」

「私は・・・・・・夢、目指してみようかな。物書き。何だったら自費出版でもいいや。なんなら営業もやるし通販って手もある。」

「僕は我が子に会うね。そんで、定期的に会えるように妻と交渉する。」

「ねえ皆さん、私が言ったここでの本の執筆のことも忘れないでくださいよー!」

「勿論!文章書きながら飲めるもん酒以外で探さないとなぁ。」

「それよりまずは依存症の治療を頑張ってください?」

「手厳しい!・・・・・・でも、ここにいる間はずっと飲んでなかったんだ。向こうではニリットルくらい毎日飲んでたんだけどな!あーこの流れですっと酒断ちできないかなぁ!」

「それくらいいけるでしょ、しゃんとして!」

「奏ねぇさん相変わらず手厳しい!」


そんなことを話しながら、歩くこと半日と少し。途中休憩で果物を食べたり、水を飲んだり。はたまた仮眠したり。ゆっくりゆっくり、やりたいことやらないといけないことを話しながら、ここまでやってきた。

・・・・・・それももうすぐ終わりだ。もう山の麓まで来てしまった。短いようで長かったこの数日間、思いがけないことになって随分と普段の自分らしからぬことをした気がする。・・・・・・いや、本来の自分がそういう自分なのか?まあそれは追い追い考える楽しみとしよう。

一歩一歩踏み締めて歩く。この不思議な世界を惜しむように。身体に覚えさせるように。


「着いたぞ。ここが向こうにつながる穴だ。」

「うわぁ・・・・・・凄い綺麗・・・・・・!」

「なんだか、神秘的ですね…。」


そこには洞窟の入口の様相を呈する溜水があり、宮路の言う通り綺麗に澄んだエメラルドグリーンの色が鮮やかだ。静かに満ちているこの溜水に身を沈めれば、向こうに帰ることができる・・・・・・。


帰る順番は予め決めてあった。ここにいる歴の長い者から……つまり、奏、綱嶋、甲子、宮地、朝見、そして優紀だ。

意を決したようにして、初手の奏が歩を進める。溜水に腰まで浸かったところで振り返る。


「ほんと、随分世話になったわね、みんな。ロボ、それに優紀。ロボ、きちんとあの湖畔の神様にもお礼を伝えておいて頂戴ね。お世話になりました、って。」

「わかった。」

「それから、皆。約束の日、約束の時間。・・・・・・ちゃんと待ってるから。会えるのを頼りにしてるから。お願いね、向こうでまた会うのよ。わかってるわね。」


泣きそうな表情でいう。向こうに帰ったら顔かたちは変わる。なので、会えるように待ち合わせを取り決めておいたのだった。それに縋るような奏に皆が力強く頷いたのをみて、満足そうな笑みを湛えて——奏は溶けた。


その余韻に浸ってしまわぬよう、声を上げる。

「次、は、綱嶋さんですね!」


「そうだなぁ。」


そう言って、奏の進んだあたりまで足取り軽く進む。やはりそこでとまり、こちらを振りかえっていう。


「皆、楽しかったよ。ありがとうな。俺も、また向こうで会えるの楽しみにしてるから。」


綱嶋はそんじゃな、と軽く手を挙げ、水の中へ消えていった。あっさりとした別れだが、実に綱嶋らしい。たしかにしんみりと別れる人でもない印象があった。

次は、甲子だ。甲子ももう心の整理をつけているのか、ずんずん進む。しかし一つ思い出したことがあったようで、途中「なぁ」と振り返って問う。


「どうしました?」

「・・・・・・もし、もしなんだけど。確実じゃないけど。もしできたらさ、……集まる時子ども連れてっていい?」


ぼそりと呟く。それには三人で顔を見合わせて笑ってしまった。——ダメなわけが無い!せーので声を揃えて返事した。


「「「いいともー!」」」


甲子は、それ、懐かしいなぁ!と笑いながら溜水へ帰って行った。水の向こうの、家族のもとへ。

次は、宮地だ。宮地は歩を進める前に、朝見と優紀へ向かって言う。


「優紀さん、私をここから連れ出してくれてありがとう。忘れていた夢を思い出させてくれて、ありがとう。朝見くん、今までの生活、楽しかった。ありがとう。また向こうで元気に会いましょうね。」

そう、微笑んで行った。もう、後ろは振り向かずに。


「ああ、次は僕かぁ。」

空を見上げて、朝見は何かを呟いていたが、それは聞き取れなかった。顔を合わせた時には既に見知った朝見の顔で、「それじゃあ、今までありがとう。じゃあ、またね!」そう言って足取り軽やかに去って行った。


これで残るは、優紀一人。

「・・・・・・ロボ。」

「うん?」

「短い間だったけど、ありがとね。海神様にも伝えておいてくれる?」

「請け負った。」

「あと一つ、お願いがあるの。」

「なんだ?」

「・・・・・・もし、もしまたここに人が来て、戻るかどうか迷っていたら。あのノートを見せてあげてくれない?」

「・・・・・・わかった。」


あの大学ノートには、それぞれが優紀へ送ったメッセージの後ろに、今後来るであろう人へ向けてメッセージを書いておいたのだ。少し長くなってしまったのだが、読んでくれることを祈ろう。

なんせここには十分の時間があるのだ。読んで一考する時間くらいいつか取ってくれるだろう。


「じゃあね、とっても楽しかった。ありがとう、ロボ。大好きだよ。」

フン、と鼻を鳴らす音が聞こえる。それに笑って、



「バカンスはもう終わり!社畜優紀——行きますっ!」



気合いの一声をかけて、優紀は溜水へ飛び込んだ——……。

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