第10話 思案
爽やかな朝だ。日が登るのとそう変わらない時間に霧雨のように雨が降ったが、あれは海神様の吹き上げた水なのだろうか。恵の雨を浴び、顔をがしがしと拭く。
「わお、朝からなかなかワイルドなことをしてるね?」
「あぁ、綱嶋さん。おはようございます。」
一番乗りで起きてきたのは綱嶋だった。どうやら朝に強いらしく、浮かべている爽やかな笑顔がひどくまぶしい。
「ってすっごい目の下の隈。寝れなかったのか?」
「考えたいこと多くって。眠れなかったんです。」
「それなら仮眠しなよ。ここじゃうるさいかもだから湖畔とかさ。」
「はぁい、そうします・・・・・・。」
そうして優紀はロボに乗せてもらい、湖畔に戻った。すると、すぐにまた海神様がまた迎えてくれた。
「あら、どうしたの?残ってる子のところに行ったんじゃなかった?」
「うぅ~・・・・・・行ったんですけど、ちょっと・・・・・・とりあえず仮眠と、相談事させてもらえませんか?」
「いいわよ。とりあえずはゆっくり寝なさいな。」
「ありがとう、海神さま。ロボ、よろしくう・・・・・・。」
するとすぐさま、すやすやとした寝息が上がる。ロボはおとなしく布団役に徹していた。
その光景を見つめて、海神は静かに湖面に戻って行った。
○
「・・・・・・んはっ‼」
「うおっ!」
ばちりと目が覚めた。なんだか夢を見ていた気がするが、どうにも思い出せない。布団役にしたうえ驚かせてしまったロボに詫び、まずは海神に話しかける。
「海神さまーっおはよー!」
「おはよう、優紀ちゃん。よく眠れた?」
「はいっそりゃもうばっちり。」
「それで、聞きたいことってなぁに?」
「私に・・・・・・」
「?」
「私に、プレゼンテーションの稽古をつけてください‼」
「「は?」」
しばしの沈黙が下りる。
優紀はふざけているわけでも寝ぼけているわけでも何でもない。営業の経験のない優紀には、今どうしても必要なスキルだった。それについて教えられることは何もないと言われてしまったらそれはそれでいい、意見だけは貰おう……そう意気込んでいる優紀と対照的に、海神とロボはぽかんとして顔を見合わせていた。
「ちょっとまって優紀ちゃん、そのプレ・・・・・・ってなに?」
「プレゼンテーションとは、自らの主張を相手に納得・承諾してもらうため行う説得のことです!」
「あら、なんだか小難しそう。役に立てるかしら?」
なんで私たちなの?村には五人も人がいるのに。と不思議そうに覗き込む海神とロボ。優紀は、真っすぐな瞳で言いきった。
「プレゼンテーションで説得したい相手が、あの人たちだからです!」
「あの五人を説得するって?ユウキ、なに考えてる。」
「そうよぉ、帰るんじゃなかったの?」
「もちろん帰りますよ。・・・・・・全員を連れて!」
でもその前に自分が奏さんに伝える柱も決まってないんですけどねぇ、と溶ける。ほら、三人寄れば文殊の知恵っていうし?手伝ってもらいたいっていうか?とぼそぼそ言っている。
「こんなわけのわからないこと言う奴初めてだな、海神。」
「そうねぇ。ジュ・・・・・・今はロボかしら?」
「そうだな、今はロボだ。」
海神とロボは顔を見合わせ話している。その間に優紀は大学ノートを広げ、シャーペンを手に取った。
「あらそれ便利ね。」
「なにを始めたんだ。」二人してのぞき込んでくる。
「まずはね、私が帰る柱を決めないと。」
そう言って優紀は書き出した。
・帰りたい理由
家族が待っているから・ばあちゃんたちの沢庵食べたいから・歴史まだまだ知りたいこと山のようにある・旅行に行きたい・読みたい本置きっぱなし
・帰らなきゃいけない理由
家族が待ってるから。
「率直に言ってこれなんだけど、帰らなきゃいけない理由っていうのが薄いって言われたしなぁ・・・」これから七十三年分の柱かぁ、と嘆息する。
「そうねぇ・・・・・・なにかやり遂げたい夢は無いの?」
「夢・・・・・・夢ですかぁ・・・・・・。」
「これがやりたい!っていう強い希望があればなにも言われないんでしょう?」
「うぅーん・・・・・・。」
個人の夢。幼い頃思い描いていた夢は、社会に出て無理だと悟り、今医療事務をしている。それを今から叶えたとて、満足するものでもなし。ともすれば、新しい夢を見つける必要があるのだが、優紀個人ではなかなか見つからない。
「どうしたもんかなぁ。」
そう言って頭を抱えたとき、頭上から
「個人じゃなくてもいいんじゃないの?」
と海神の声が降ってきた。
「え?」
「ほら、結婚して子どもを持ちたいとか。周りと協力して会社立ち上げたいとか。周りを巻き込むものとかでもいいと私は思うんだけど、だめかしら?」
「・・・・・・それ、それ、すごくいい!素敵!」
「良かったわぁ!」
にこにことしている海神には恐らく予想が付いていないだろう。優紀はあることがしたい、と強く念じられるものを見つけた。それには、あの二人・・・・・・いや、五人の協力が必要だ。そうして書いた、「帰らなきゃいけない理由」。それは——。
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