第9話 タイムリミット
優紀は、ロボにもたれかかって夜を迎えた。この世界は外で寝ようと思っても寒くなく、寧ろ都会では見られない綺麗な星空が拡がり柔らかく草木が生い茂る・・・・・・まさしく、「桃源郷」だった。奏や綱嶋に、眠るなら家の一角を貸すと言ってもらえたのだけれど、考え事をしたくて、一人になりたくて、今こうしている。
「ごめんね、ロボ。背もたれと布団代わりにしちゃって。」
「それは構わない。眠れるか?」
「ううん、……もう少しだけ考え事をしていたい。」
「・・・・・・あまり気に病むな。好きなようにすれば良い。ただし、早めに結論を出すことだ。」
ロボは優しいなぁ、と思いつつぐしゃぐしゃ撫でる。しかし、なぜこうもこの狼は優紀がもとの世界へ帰る時間を気にかけるのだろう。まさか、タイムリミットでもあるんだろうか。
「ねぇロボ。」
「うん?」
「ロボが急かすのって、なんかタイムリミットみたいなのでもあるの?」
「タイムリミット・・・・・・というのとはまた少し違う。ただ、早く決めないと後で後悔するだろうとふんでのことだ。」
「後悔する?私が?」
思う存分悩めるなら逆に後悔せずに済みそうなものなのだが、と不思議に思う。それを察知したのか、ロボはいう。
「ここにいる人間は、何らかの原因で植物状態だと、そう聞いただろう。」
「うん。」
「つまり、ユウキ、お前はまだ生きている。体も無事で。すぐにでも起きられる状態とみていい。それなのに起きないともなれば、向こうでどういう判断がなされるか想像して見ろ。ユウキの生きている時代、どういう判断がされる?それによって何が起きる?それを防ぐにはどうしたらいいかを。」
「・・・・・・!」
優紀はぞわりと鳥肌が立った。確か道徳の授業で習った気がする。外国の事例だが・・・・・・植物状態になって、以前の本人の意思によって、あるいは意識がないのに別人になって行くように思えてならないと家族が栄養補給などの措置を止め、尊厳死という選択をとったという事例・・・・・・まさか、でも、そんなのすぐにやるはずない、私の家族に限って、そんなこと。そんな選択をするなど、自分の家族で想像すらしたくなかった。きっと目を覚ますのを信じて待っていてくれるはずだ。いつまでも、ずっと。
・・・・・・でも待てよ。何かが引っ掛かる。何かを見落としている気がする。
感情的になりかけていた自分を抑え、冷静に物事をさらってゆく。まず第一に、自分は元の場所へ帰る。それは大前提だ。・・・・・・例え、ここが奏のいうような桃源郷だったとしても。そのためには奏が納得できるような、どんな暴風に揉まれようとも生きていける支柱を探し出さねば帰れない。
多分、無理矢理帰ることもできるがそれでは後悔する。あんなに話をしてくれた奏や綱嶋に挨拶もできないまま去るわけには行かないからだ。そのためのタイムリミットは、……仮に、最長三ヶ月としよう。それまでに決めなければならない。この先百まで生きるとして、残り七十三年を生きていくための柱を。
「ねえロボ。知っていたらでいいんだけど、教えてほしいことがあるんだ。」
「なんだ?」
「ここの世界と、向こうの世界って時間の流れは同じなの?」
ここが重要だった。ごくりと唾を飲む。もし同じならここに三ヶ月滞在できる。ただこちらの方が早く流れるのであれば猶予はどれだけになるだろうか。もし遅いのであればありがたいことなのだけれども。
「向こうとここの時間の流れは、だいたい三分の二ほど違う。」
「・・・・・・それって、どっちが早くてどっちが遅いの?」
「こっちが早くて、向こうが遅い。だから体感時間ほどは向こうは時間が進んでいないはずだ。」
「・・・・・・そっかぁ、ありがとロボ。」
よかった、こちらの方が遅いんだ。ひとまずは安心できる要素が加わった。
とすれば、二日目が終わろうとしている自分は一日半が過ぎたあたりかな。一年ほどといっていた奏さんは、九ヶ月・・・・・・。
そこで優紀は引っ掛かった。「植物状態」というのは体が無事で、栄養補給などの助けを受けて病院に入院しているはずなんだ。つまり、ここの五人には、その間ずっと治療費を納めて帰りを待っている人がいることになる!
思わず、ロボから体を起こす。
「どうした、ユウキ。」
「ロボ。私やることがみつかったよ。」
「そうか。じゃあ明日の朝起きたら挨拶して出発だな。」
「違うの。・・・・・・ここにいる五人、全員説得して戻らせてみせる。柱を見つけさせてみせる。なんとしても、連れ戻す。」
「ユウキ・・・・・・?」
「ロボ、紙とペン、無い?」
「無くとも、ここは望めば手に入る桃源郷。念じて見ろ。」
「・・・・・・?」
優紀は必死で様々な紙とペンを思い描く。家にあったルーズリーフ、いつも使っているボールペン。大学ノートにシャープペン。万年筆に一筆箋。うんうんと唸っていると、ロボが言う。
「・・・・・・ユウキ、出し過ぎだ。」
「え?」
目の前に、思い描いた紙とペンがそれぞれ落ちていた。しかも何度も反芻していたせいでルーズリーフとボールペンのセットは五セットもあるし、大学ノートとシャープペン、万年筆と一筆箋はそれぞれ四セットもある。
「ほ、ほんとだぁ・・・・・・。」
売るほど出た紙とペンを前に、空を仰いだ。
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