第5話 ウォータースライダーともふもふと沢庵
海神に「迷い家」の全景を見せてもらったその時、優紀は気がついた。
あれ、迷い家って、食べ物食べたら帰れないんじゃなかったっけ、と。そこで慌てて海神の頭を叩いて聞く。
「ねえ海神さま!さっき私お魚とか食べさせてもらっちゃったけどもう帰れないの⁉帰さないつもりなの⁉」べしべし
「ねぇ私、もうお母さんたちに会えないの?ばあちゃんたちの沢庵食べれないの⁉」べしべしべし
「聞く、聞くから少し落ち着いてちょうだい。」
海神は困り果てたような声を上げると、高くあげていた首を砂浜まで下げ、優紀をそっと下ろしてくれた。砂浜に降り立った優紀に、海神は聞く。
「ところで、なんでお魚を食べると帰れない、になるのかしら?」
「えっそうじゃないの?迷い家って、そこで出されたものを食べると帰れないって言われてるはず。・・・違うの?」
「特に問題ないわよ。帰りたい子は帰るし、帰りたくない子はここに留まる。それがこの迷い家よ。」
だから貴女はその気持ちのまま帰りたいなら帰ればいいのよ、と諭される。…良かった、帰れるんだ。
初めにここへ来たときのバカンス気分は一夜にして飛んで、帰れるかどうか現実的に考えはじめていた優紀には朗報だった。しかし待てよ、
「ね、ねぇもう一つ聞いていい?」
「もちろんよ。なに?」
「帰りたくない子は留まるって言ってたけど、ここに何人かいるの?」
「ええそうね、確か今・・・五人位いたかしら。」
「そんなに⁉じゃあ、村みたいなのをつくって生活してるの?」
「うーん・・・そこまでは私はちょっとわからないわね。気になるなら森に詳しいのを呼んであげるけど、どう?」
「よろしくお願いします!」
すると海神はびゅうと水を吹き上げ、迷い家に霧雨を降らせた。どうやらこれで召集をかけたようだ。あの子が着くまで遊びましょ、とのことで海神にバクリと飲み込んで貰い、海神の喉元を滑り降りるという名付けて「ウォータースラーイダーwadatsumi」を堪能していると、「なにやってんだ」という呆れ声が聞こえてきた。
「遊んでたのよー。それにしても早かったじゃない。珍しいわね。」
「別に、近場だっただけだ。」
そうぶっきらぼうに言う声の主に、優紀の目はくぎ付けになった。すごい、普通の犬より三倍はありそうな体躯の狼だ・・・!あれなら乗れる!と目を輝かせていると、狼がこちらを向く。
「で、迷い込んだのはあんたさんってことか。」
「あっは、はい!篠崎優紀と申しますっ!」うわぁ毛がふかふかだぁ
「ユウキ、ねぇ。で、どこへ連れてって欲しいんだ。」
「ここに留まってる子たちのところですって。」
「あのコロニーに?物好きだな、ちゃちゃっと帰っちまえばいいだろうが。」
「す、すみません、少し話を聞いてみたいんです。」
「あー・・・わかった。じゃあとりあえず乗れ。すぐ出るぞ。」
「は、はい!」
狼はおすわりの状態で待ってくれている。海神にお礼を言って、ふわふわな狼に抱き着く。
「狼さん、あなた何て呼べばいい?」
「なんとでも。好きなように呼べ。」
相変わらずそっけない。優紀はうーんと少し悩んで、ある物語を思い出し、こう言った。
「じゃあ・・・ロボ。」
「ロボ?なんじゃそら。」
「ロボは、向こうでの狼の王様の名前なの。」
「狼王ロボ・・・気に入った、ロボと呼べ!」
「アイアイサー!」
そうして優紀とロボは湖畔を出発した。海神は再び水面に戻り、湖には静寂が訪れる。
○
「ところで、沢庵がどうこうって話が聞こえてきたんだがそれは美味いのか?」
ロボは早足で歩きながら話す。
「沢庵?美味しいよ。じいちゃんばあちゃんのは特に!」
「へぇ。子どものときから食べてたのか?」
「ううん、高校上がってからだから・・・十年前?くらいからかな、食べはじめたの。それまで沢庵一切食べなかった。」
「ヘェ、そりゃなんでまた。」
「そこ聞いちゃう~?」
「聞いちゃうー。」おお、案外ノリがいい。
「えっとねぇ、それまでお漬物ぜーんぶしょっぱくて抵抗あって、せっかくじいちゃんばあちゃんが作ってくれたものも食べれなくて申し訳なかったんだ。そんで、丁度その十年前くらいかな。歴史を学んで土方歳三を知ったの。
その人調べてたらカッコよくて大好きになっちゃって、今じゃもう大ファン!それで、その人が沢庵大好きでさ。土方さんが好きっていうんなら試してみようって一口食べたら、とんでもなく美味しくてびっくりした!食べれた時のじいちゃんばあちゃんの嬉しそうな顔も忘れられなくて、それ以来大好物だし私にとっては大事な食べ物なの。」
「ヘェ。ヒジカタってのはすげえなぁ。想い人か?」
「土方さんはね、もう亡くなってるよ・・・。」
「そりゃ悪いことを聞いたな。」
「私が生まれるより前に亡くなってるからいいよ。」
そんな沢庵&土方歳三談義をしていたら、いつの間にか着いたようだ。森の少し開けた空間に、かまくらを縦に引き伸ばしたかのような住宅が五つ設けられている。
「俺は一応まだここにいるから、意思が決まったら言ってくれ。」
「うん、わかった。ありがとうロボ。」
わっしわっしとロボをなでくりまわし、かまくらへ向かう。いざ、真実を確かめるとき——!
○
一方そのころ病院では。
「ええと・・・優紀さんのお母様?大丈夫ですか?」恩田先生が聞く。
「ええ、大丈夫です。事故当日から数えて三日目、今だ目を覚まさないけど、辛抱強く待ちます。この子はきっと頑張ってくれるから・・・。」握りしめているものを持ち直す。
「ええ、そうですね・・・。何も異常がないのに目を覚まさず、原因もわからないとは・・・私の力不足です、申し訳ございません。」
「いえっそんな、すぐ目覚めるかもしれませんし・・・!」ぎゅうと手を握り閉めている。
「とにかく、あまり気落ちなさらないよう」
「はい・・・。あぁ、もう時間ですね。私は今日はこれで・・・。」
そういい、母親が握りしめていた使い切りタイプの沢庵(ジッ○ロック入り)を丁寧にベッドサイドへ置き、席を立つ。
恩田は見送りに母親とともに病室を出た。
只ひとり、持田くんだけは沢庵をお守りがわりにする風習について考えを巡らせていた。
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