第4話 迷い家

朝の真っすぐな日差しが降り注ぐ。流木の中で眠っていた優紀は、はみ出た膝や腕がぽかぽかと暖まるのを感じて目が覚めた。


「んぅ・・・ううーーしごとぉ・・・」


流木からはいずり出て、砂浜に仰向けに寝そべる。まっすぐな朝日が目にいたい。…ん?仕事?


「じゃないじゃん!まだ天国じゃんここ!」


優紀は吠える。やったー!という雄叫びは森へ湖へとこだましていった。

それにしても、夢じゃなかった。まだバカンスは続いていたのか。嬉しい一方不安に駆られる。本当にここにずっといるのか。本当に自分は死んだのか。それならば外見が変わるのはおかしくないだろうか。ぐるぐると頭の中をめぐる思考を振り払って、ひとまず湖で顔を洗う。


うん、やっぱりあのぱっちりお目目の理想の顔だ。しかし、これからどうしたらいいんだろう。

湖を見ても対岸は見えないし、森は短パンでいくには危険な気がする。とすればこの岸を歩いて調査するしかないのか・・・この、焼け砂のようになった浜辺を、裸足で?いやいやでも森側の日陰を歩けば・・・いや、マダニとか怖いしな。いるのか知らんけど。じゃあもう海べりの波が打ち寄せては引くあの当たりを気をつけて歩いて行くしかないのか・・・?でもそれも貝を踏んで怪我をする恐れが・・・。


どの選択枝を選んでもなかなかリスクが伴ってくる。靴さえあればもう少し探索も楽なのに。ええい、なんでこの私は靴を履いてなかったんだ!とやけくそになり近くの大きめの流木を湖に投げ入れる。と、その時。


「ちょっと!痛いじゃないの、乱暴はやめてくださらない?」


と、声が響く。まさか人がいたのか⁉と周りを見渡すもどこにも人影など見つけられない。仕方ない、姿が見えないのでは声をかけるしかない。


「す、すみません!お怪我はありませんか?どこにいらっしゃいますか!」

「どこって・・・あなたの目の前よ。」


声の主はそう言った。しかし目前には湖面だけ。どういう事だろう?と首をひねっていると目の前の湖面がざざあと持ち上がり…双頭の蛇へと姿を変えた。


「・・・・・・・・・・・・。」

「なぁに、可愛いお口開けっ放しにしちゃって。」

「・・・・・・・・・・・・。」ぺちんぺちんぺちん

「あなた、大丈夫?気を確かにして。」


無心で頬を叩いていた。だって・・・まさか、そんなの信じられる?目の前に突然、海神さまが!

「すみません、ひどく驚いてしまって。」

「あらそうなの?随分荒々しいことをしていたようだけどどうしたのよ。あなた、昨日からいるわよね?朝ごはんは食べた?」


いえ、と答える前にぐうとお腹がなる。


「仕方がないわね。」


少し待っていなさい、そう言って、海神さまは魚や貝を海流に乗せて持ってきてくれた。


「事情があるようだけど、まずは食べなさい。話はそれからよ。」


急いで火を起こし、恵んでもらったものを食す。新鮮なだけあって魚はプリプリのほくほく、立ち上がる香りはとても甘く食欲を掻き立てた。貝も、網焼きのようにして食べる。こちらもプリッつるんっと口の中へダイブしてきて、海の香りをこれでもかと堪能させてくれる。存分に海の幸…海の幸?であっているのかどうかわからないが堪能した。

そうして食べ終わった頃、ふと気になっていたことを尋ねる。


「ねえ、海神さま。」

「ん、なぁに?」

「ここは海で、あなたは海を修める神様であってますか?」

「ええそうね。海というか、随分広い湖なのだけど。」

「あ、やっぱり湖だったんだ・・・あ、それでですね、領分のお魚さんとか貝とか頂いて良かったんでしょうか?」交換できるもの、ないのに・・・と言いよどむ。

「いいのよ、その子たちは湖で問いかけたら快く協力してくれた子たちなの。ひもじい思いをしている子がいるのだけれど、だれか助けてあげられる子はいるー?って探した時にね。だから、あなたがあんまりにも美味しそうに幸せそうに食べてくれるから、あの子たちも満足だと思うわ。」


・・・思ったよりヘビーな話を聞かされてしまった。この気持ち、どうすれば。

とりあえず、食事のことを置いておき海神に聞いてみる。ここで初めて会った話せる人だ。ここで聞かねばどこで聞く。


「あのっ私、一回事故に遭って多分撥ねられたと思うんですけど、それで気がついたらここにいて。顔かたちもかわってるし、だれも見かけないしどうしたらいいのかわからなくて。どうしたら家に帰れますか…?」 

「事故・・・?はねられ・・・?はよくわからないのだけど、何か衝撃を受けてここにいた、顔が変わってた、とそういうことなのね。」

「はい・・・。」優紀は、ここにきてはじめて境遇を話すことができてつい涙が滲んできた。

「それなら大丈夫よ。元に戻る手助けはしてあげられる。」

「あ、ありがとうございます・・・っ!」

「あらあら、泣き虫ちゃんね。」


ついに優紀の涙腺は決壊した。帰れる、帰れるのか——。異界の地へ放り出されて随分不安がっていたことに今更ながら気が付く。

慰めるように擦り寄せてくれる海神さまの頭も気持ちがいい。波が奔流となって渦巻いて、双頭の蛇を形どっているのだ。

その目が優しげにこちらを見る。


「不安でいっぱいだったのね。それじゃ、私はこの湖から動けないけれど、一つ贈り物をしてさしあげましょう」

「贈り物・・・?っ、わ!」


そういうと海神は優紀の足のしたに頭を突っ込んで、高く高く持ち上げる。どこまで伸びるかわからないその身体。必死でしがみつくので精一杯だった。が。


「ほら、よく見てみなさい。ここがあなた辿り着いたところよ。」


目の前に拡がる大自然。この大きな大きな湖の向こうにも幽かに見えた、鬱蒼とした森。勿論、こちらの岸にも森が繁っている。その先には高く突き出した山が見えた。


「ここはね、死後の国じゃないの。只弾き出された人の子が迷い込む・・・なんだったかしら、そうそう迷い家のようなものね。」


前に来てくれた子が教えてくれたのよ、と海神はいう。優紀はぽそりと呟く。


「迷い家・・・広すぎない?」

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