第6話 異世界

 私は例の村と思わしきその一角へ恐る恐る近づいた。ロボはこの小さな村の端でおとなしく待っていてくれるらしい。普通の犬のように身体をゆったりと寝そべらせてこちらへ耳を傾けている。


その「住宅」は五つあった。海神さまが言っていた人数と合致する。ここが残る事を選択した人々の村で間違いなさそうだ。…しかし、この住居、どうやって訊ねればいいんだろう?見た感じ布のような柔らかめの素材でできているようにも見えるし、音がなりそうなベル代わりのものも見当たらない。「すいませーん」とかって言ってめくってしまっていいんだろうか。まるで寿司屋だな。大将、やってる?

しかしその他に訊ね方が思いつかない。優紀は仕方なく、声をかけながら入り口を覗く手で行くことにし、まず初めに一番手前の家へ近づく。


「す、すみませーん、誰かいますか?」


返事はないが、何かごそごそという物音がする。どうやら人はいるようだが気がついていないらしい。めくる前にもう一度問いかけてみるか。トラブルは御免だ。


「すみませーん、話を伺いたいのですが。」

「ああ、ああ、ちょっと待って!すぐに開けるから急かさないで!」


怒られてしまった。仕方がなしにその家の前で突っ立っていると、中からとんでもなく整った顔の男性が出てくる。と、その時真ん丸な目をしてこちらを見つめてきた。…なにかついていただろうか?それにしても顔がいい人間に凝視されるとなんとなく気持ちが落ち着かない。どぎまぎしながら聞く。


「あの、なにか付いてます?」顔をぺたぺた触ってみるも何も異常はない。

「いやぁ~、なんかすごいタイプだったもので。僕たち好みが似てるんですね。」

「?・・・どういうことです?」

「あれ、ここに来て容姿が変わったりしませんでした?」


男性が慌て出す。確かに変わったが、好みが似ているとはどういうことだろう。


「顔も身体も変わりましたけど・・・それがなんの関係があるんです?」

「もしかして貴女、ここに来たばかりなんですか?」


どうしよう、全く話が噛み合わない。やばい人だっただろうか。


「あぁ、待って待って、身構えないで!やばい人じゃありませんから!きちんと説明しますから!」


しまった、警戒心が思いっきり顔に出ていたようだ。しかしあの慌てようは一体何なんだろう?

彼は彼で、あぁどうしていつも僕はこうなんだろうとかなんとかいいながら家の中へ入るよう勧めてくる。・・・入っても大丈夫だろうか。もし何かあったらロボ、助けに来てくれるかな。そう思いロボにちらりと目を向けると、行けと促すように鼻を動かした。

ええい、ままよ。意を決して中へ入る。


「あぁ、汚くてゴメンね。ここ座って、ここ。」


薄くて煎餅のようになった座布団に座る。家の中には手製のものと見うけられる様々な物たちが溢れており、男はてきぱきと片付けている。


「それで、説明とは・・・?」

「ああ、そうそう。説明しなきゃいけないんだったよね。まず僕は綱嶋っていうんだ。よろしく。」

「よ、よろしくお願いします・・・。篠崎といいます。」

「それで好みが似てるっていったのはね、ここ来て顔変わったでしょう?それというのも、ここに来ると自動的にその時自分のなりたい顔になるんだって。」


俺もそうだし、他の四人もそう。ゲームみたいだよね!とあっけらかんと綱嶋は言う。な、なんですと・・・。少し気が遠くなり、空を仰ぐ。見えるのは天井だが。


「大丈夫かい?」

「・・・ここの世界の仕組みを教えてくれませんか・・・。」

「ここの世界?いいよー」


説明下手だから上手く説明できるかわかんないけど、よくわからなかったら言ってね、と前置きして綱嶋は語りはじめた。


「ここは、前まで僕らがいた世界と、あの世や天国、極楽浄土と言われるものの中継地点なんだそうだ。死にかけた人間がここにくる。

その中でも帰りたい奴は自分の身体に帰るし、帰りたくなくてとっとと次に行きたいって奴は昇華されて次の生に移る。とどのつまり、ここは生きても死んでもいない奴が、自分の好きなように生きてるっていう異世界さ。そんで、この村には事故に遭った人、階段からおちて植物状態になった人。自殺に失敗して意識不明になってる人。ほかにもいろいろ理由はあるけれど、そんな奴らが暮らしてる。俺もそうだ、酔っ払って階段からおちて植物状態になってるはずだ。」


綱嶋はそんなことをさらりといってのけて、ひとまず優紀が理解できているかを見ている。しかし優紀の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

え、それじゃあ私、帰れるの?でも、たしかに私は事故に遭って・・・それじゃあ植物状態だっていうの?戻っても、今までのように生活できないの?帰りたい想いは未だに優紀の中にあるはずなのに、どうしても恐怖心を拭うことができない。もし戻っても要介護とかだったら。それで家族の負担になるなら。どうしたらいいんだろう。どう判断するべきなんだろう。


「大丈夫か?」


揺さぶられてやっと綱嶋が話しかけているのに気がつく。随分考え込んでしまっていたようだ。


「・・・つなしさん」

「うん?」

「つなしさんは、なんで、ここにのこってるのか、きいてもいいですか?」


                   ○


一方その頃病院では。


「やっぱり優紀ちゃん、まだおきんねぇ・・・どうしたんかねえ・・・」

「そだねぇ・・・お医者様は異常ないっていっとるけどどうしたもんかね・・・」


眠る優紀の枕元で沢庵を握りしめ、祖父母は目を覚ますのを待っていた。ベッドサイドの机には、そうしておかれた沢庵たちが入れ替わり立ち替わりすげ替えられていく。一人来ておいて言ったのを皮切りに、もともとあったのを持ち帰り持ってきた沢庵を供えて帰るというルーティンができていたのだ。

向かいにいる持田くんは、見舞いに持ってくるお花の代わりだと思うようにした。

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