12月11日 邪悪な笑み

 12月11日、金曜日。曇り。


 全く目を覚ます気配がない母を見て、往診の先生が言った。


「てんかん発作のリスクを抑える為に就寝前のお薬を出したのですが、傾眠が強すぎるかもしれません」


 それは感じていた。何しろずっと眠っている。今朝までは食事の時に目を覚ましてたが、今日の昼は眠り続けている。結果的にてんかんのリスクは回避しているのだ。

 だがあくまでリスクを減らすだけであり、根本的な治療はなにもない。さらにかえって傾眠が脳の働きを防いでしまっているという側面もあるらしい。


 結果、薬の量を減らすという折衷案に収まった。もしかしたら傾眠から回復すればもう少し話せるようになるかもしれない、もしかしたら意思が通じるようになるかもしれない、という点に期待したのだ。

 あくまでもしかしたら、レベルの話らしいが。


 リスクが高くなるのは仕方がない。けれどこのまま眠り続けていると、すぐに食事も取れなくなるだろう。そうなったらもう家ではできることがない。カロリー補給用のゼリーでさえ嚥下することはできないのである。


 その他、糖尿病系の薬を減らしたり色々と指示を書いてもらった処方箋を持って、早足で薬局へ。このタイミングだけは母から目を離すことになる。その不安が足取りに現れるのだ。


 15分ほどで家に戻ると、やはり母は眠っていた。何事もなくて良かったと思うべきか、傾眠を憂うべきか。


 ずっと眠っていられると困るのが、一つはうんこ掃除である。掃除をするにはどうしても横向きになってもらう必要があるのだが、背中を押して支えた時点で両手が塞がってしまう。無理やり肩を使って押さえたりする方法もあるのかもしれないが、空いているのが利き手でないと考えると地獄が予想される。いや、地獄確定。

 背中にクッションを入れるという方法はどうか。もうそこまで行ったらヘルパーが来た時、一緒にやった方が早い。


 もう一つの困ったことが痰の絡み。喉から異音が発生したら口を開いて痰を取り除かなくてはならないのだが、吐かせるのが極めて難しい。口元まで出してくれれば手で取るのだが、眠っているので自分の意思で吐き出すことはできない。窒息の恐れが高まるのでどうにかしたいところではあるが、「ひどくなったら訪問看護を呼ぶ」以外にできることはなさそうだ。


 先ほど、訪問入浴が終わった。今までに比べると意識は少しだけあるようだ。また、入浴前にうんこを片付けてもらったのでちょうどよかった。色々ちょうどよかった。入浴後に看護師が体温を測っている時に「うんこ出てましたか」と聞くあたり、我ながら非常に小物くさい言動である。


「少し出てましたね」


 という返答に対し、邪悪な暗い笑みを浮かべながらおれは頭を下げたのだった。

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