12月9日 イエスかはいか
実はこれとは別に日記をつけている。母の容体を医者や訪問看護師に説明するためのもので、あくまで事実だけを箇条書きにしているものだ。全く面白みのないものだが、刻々と変化する病状を覚えておくことはできないので記録しておくと便利だと思った為だ。
「最近はこんな感じです」とそれを看護師さんに見せたところ、感心された。
「まめですねえ、すごいです」
「覚えておくことができないので、記録しておくしかないんです」
当然こちらの日記の存在はバレてはならない。褒められていい気分になっても尻尾は出さない。なるべく感情を表に出さないように努めながら早口で言った。
12月9日、水曜日。曇り。
朝10時頃、「食事ができなくなった時の為に」と食材サンプルを持って訪問看護さんが来てくれた。母は8時から寝通しである。体温や血圧を測ってもらい、胸の音を聞いてもらう。その間もずっと寝ている。
「私、このままだと特にやることがないような……」
と看護師さんが苦笑いしていたが、そんなことはない。こちらは知識がないので色々と教えてもらわないと乗り越えることができないのだ。
薬の時間に起きなかったら、寝る前のフィコンパ錠は夕食の時に飲ませてもいいのか、インスリンを打つタイミングについてなど聞いていたところ、ケアマネージャーから電話がかかってきた。
「1月の毎週末、お父様のショートステイがご利用可能です」
とのこと。すぐさまお願いしたいところであったが、父に承諾を得る必要がある。デイサービスから戻り次第連絡いたしますと電話を切った。もし現場監督時代の長州力くらい攻撃的だったら「よしおさえろ」と即決しているところだ。
「毎週末がお泊まりだと、息子さんは楽になりますね」
看護師さんが後押しをしてくれる。
「一応、父に確認をとってからですけれど」
「もしお父様が拒否したら?」
「その場合は無理矢理にでも行かせます」
看護師さんはケラケラと笑った。
「じゃあ快諾したら?」
「その場合は気分良く送り出します」
笑い続ける看護師さんに説明を続ける。
「誰にでも拒否する権利はあるので。それが現実に反映されるかどうかはまた別です」
ふざけているわけではなく、何がなんでも行ってもらわないと困る。だが一応許可を取る風の問答は必要。実際の言葉にするとこうなる。
「1月は毎週末お泊まりです。母がこんな状態なのでご理解ください」
父は猛烈に嫌がるだろうが、我慢してもらうしかない。家ならわがままし放題、ところがショートステイだとそうは行かない。だから行くのを極度に嫌がるのだ。ネタは上がっている。
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それはそうと、傾眠を続ける母のリズムが読めてきた。うまくそれを利用すればおれも短い休憩を取れる可能性がある。
7時の朝食後、傾眠。かなり深い眠りにつく。
正午ごろに目を覚まし昼食。30分後には目を閉じるが、ここの眠りが浅い。起きたりいびきをかいたりが15時まで。
16時以降、再び深い眠りに。
16時になると父がデイから帰ってくる為、以後は戦場になる。
とすると午前中しか休むタイミングがないのだが、午前中は訪問看護や往診が。痛し痒しとはまさにこのこと。
ただ、このリズムも恐らくは一時的なもので、来週にはもっと眠る時間が長くなることが予想されている。そうなった時の栄養補給をどうするかという最大の問題に、そろそろ真面目に向き合わなくてはならない。
水分だけの点滴なら家でもできるが、カロリーを摂取するようなものであれば療養病院やホスピスでしかできないのだ。
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ちょっと驚くことがあった。デイサービスから戻った父に上記の事情を丁寧に説明した。
「今後どうなるのかわからないので、緊急で病院に運ぶこともあり得る。そうするとアンタの面倒を見ることができない。というかその可能性は極めて高い」
ここまで父は無視を貫いている。大したものだ。敵ながらあっぱれである。
「なので、1月は毎週泊まりに行ってもらいたい」
嫌と言われたなら一月以上入所させるつもりでお願いした。返答は
「わかった」
の一言。一言で済ませやがった。おぼろげながら状況は把握しているのだろうか。そう信じたいところである。
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