12月1日 ゴミ集積所のコロビ老婆
12月1日、火曜日。晴れ。寒いが天気は良いので洗濯物を干してしまおう。
色々捨てるものがあったので、ゴミ収集場所へ。今回はガラスとせともの。市役所のホームページで確認したので、間違いなく今日が収集日だ。
公園横のゴミ捨てエリアへ、ガラスの漬物瓶を静かに置く。母が使っていたものだがもう不要だ。続いてせとものをそっと廃棄。その時、ゴミ収集場の向かいの家から老婆の声が響いた。
「今日はゴミを捨てる日じゃありません! 持って帰ってください!!」
窓から老婆が顔だけ出して金切り声を上げている。たまに犬が壁の穴から顔を覗かせていることがあるが、そんな感じだった。可愛いかそうでないかの違いしかない。
「今日、12月1日は、不燃ゴミの日です」
と聞こえやすいようにゆっくりと返答。なぜか不快とか不愉快という気はしない。むしろそういう人がいることに安心すら覚える。
「今日はゴミを捨てる日じゃありません!」
「12月1日ですよ。ご確認お願いします」
「ちょっと待ってなさい!」
しばらくして、おばあさんは家から笑顔で出てきた。
「ごめんなさいね。もう12月だったのね。不燃ごみだわ」
「そうなんです、もう12月なんです。早いですよね」
おれも笑顔で対応。寒さでこわばっているが、怒っているのではないということが伝わればいい。
そこへ一台の軽自動車が。運転席から降りてきた女は、トランクから取り出した古紙を置き去りにしようとした。
「今日は資源ゴミじゃないわよ!」
おばあさん激怒。自分の家の前が汚されるようなものだから、それは理解できる。
女は舌打ちしそうな顔で言い返した。
「今日は資源ゴミの日です」
「違うよ、不燃ゴミだよ。古紙は出ない」
ガハハと笑いながらエントリー、おれ。だが女は更に言い返す。
「さっきホームページで見たから」
「おれもさっき見てたから」
「だいたいアンタどこから捨てに来てるのよ!」
おばあさん、右へ左へ自由自在に怒りの砲弾を打ち分ける。その様はまるでロッテ時代の落合博満のようだ。
「アンタのとこでは資源かもしれないけど! うちの前のここは! 今日は不燃ゴミなのよ!」
まあ、アンタさっきまでゴミは出ない日って決めつけてましたけどね。けど「手のひら返しやがってババア」とか「ゴミ集積所のコロビ老婆」とか思ってはならない。
女は舌打ちをして古紙を車に戻した。
「何その舌打ちは! 悪いのはアンタでしょ!」
今や相手の一挙一動にすぐさま対応する怒りの最強バッターと化したおばあさんは、女の舌打ちをも真正面に打ち返す。ほぼほぼ無敵状態。最初は笑顔で謝ってきたが、一度怒ると手を付けられないダイナマイトグランマになるようだ。
「そういえばあなたは熊沢さんだったかしら?」
「いえ、桑原です」
「そうそう。桑原さんみたいにこの辺の人なら、ちゃんと決められた日に捨ててくれるのよ」
おいアンタさっきは。まあいい。
「お父さんにはお世話になってね。お元気?」
「ええ、まあ、元気です」
寒いし、長引くとめんどくさそうなので適当に答える。今日は母のシャバ飯を作るので色々と忙しいのだ。兄は兄でなにか高級そうなものを買ってくると言って仕事へ向かった。
昨晩、兄と改めて会話をした。
まず、どうにかしたいという感情だけでどうにかなるのなら、脳腫瘍による死亡者はいない。
経過で言うと、5月の時点で摘出はほぼ不可能だった。その為の放射線治療だったが、効果は得られなかった。
そしてこれが重要なのかもしれないが、腫瘍が大きくなるスピードがあまりにも早すぎた。それだけは地元の主治医も隣の市のT病院の医者も口を揃えて言っている。
それでもなお納得できないというのであれば、主治医の話を聞きに外来へ行ってくれ。おれはもう絶望的な感情や話に見切りをつけて、母の穏やかな最期に備えたいんだ。
そういったことを、なるべく静かな声で説明した。
「そうか、わかった。けどな……」
それでも兄は、実に残念かつ意外といった表情で楽観的な意見を口にする。
「お母さんの家系は長生きだから、今回も乗り切れると思ったんだけどなあ……」
母の兄は肺ガンで亡くなっている。母もまた大腸ガンからの脳腫瘍で苦しめられている。もはや我が家はガンの家系であると認識を改めなければならないのだ。もしかしたら腫瘍のスピードが早すぎたというのも、それに関連しているのかもしれない。
「そういう考えは、もうやめよう」
無意味だ、とまでは言わなかったがそれに近い。言わなかった理由は声を大きくしたくなかったからだ。
とりあえず退院した明日の夕方からヘルパーが来てくれることになった。これからまた、何事もなく暮らしてもらえるように祈るしかない。
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