11月25日 白い壺

 11月25日、水曜日。雨のち晴れ。段々と冷えてきた。気づけばもう11月も終わりに近いのだから当然なのだ。今までが暖かすぎただけである。


 土曜日から父がショートステイで一週間いなくなる。一週間後帰ってきた時、小さめの白い壺にトランスフォームしていれば、それはまたそれで日記がはかどる。今や父よりもこの日記の方がおれにとって遥かに大事なのである。こういうのを本末転倒と言う。


「父が壺になって帰ってきた。振るとカラカラ乾いた音がする」


 エッジの効いた出だしから様々な責任をめぐる序盤、血縁者を巻き込んだドタバタとした中盤までたやすく想像することができた。終盤の場面はやはり石柱が数多く立っている場面になるだろう。蚊取り線香からもくもくと上がる煙。夏なら、蚊、落ちまくり。


 公開する日記だとさすがに不謹慎であるが、小説としては抜群の題材ではなかろうか。


 だが現実逃避をする前にやることがある。金曜日は往診があるので、父は一日中家にいる。往診後に処方箋をもらい、薬局に届けてショートの準備をする。シャツが何枚ズボンが何枚と書いていくのだが、それよりも面倒なのが薬品の整理である。


 朝は2種類のインスリン注射に加え、血糖値測定。この血糖値測定が色々とネックになっており、備品の仕分けがゆううつなのだ。頭いっぱいいっぱいなのである。現に先ほど、デイサービスから帰ってきた父を出迎えながらスタッフに「明日は往診なのでデイには行きません」と伝えてしまった。脳みそ完全にハッピーサースデイ。



 最近、買い物が減った。普段は近所のネットスーパーを利用して肉や野菜を買っているのだが、母の入院と共にその回数が極度に減った。おかげで冷蔵庫はガラガラ、豆腐や納豆がキンキンによく冷える。

 代わりに兄に頼んで弁当類を買ってきてもらうようになった。要するに手を抜いて抜いて抜きまくっているのだが、これはあくまで母が入院している間だけのことであり、やむなしの所業であると自分に言い訳をしている。毎日朝昼晩の献立を考える世のお母さん方は偉大だなあ。


 母繋がりで昨日のことを。発送したみかんが届いたという電話が母の友人からあった。こちらのお宅からはじゃがいもを頂いている。40キロのうちの10キロ。


「お母さんいる?」と聞かれたので現状を説明。この方は15年以上前、母がくも膜下出血で入院した時にわざわざ札幌からお見舞いに来てくれた。なので最大限の気遣いを忍ばせながら慎重にお話しした。


「色々大変だろうけど頑張ってね」


 と言われ、必ず母が退院したら電話しますのでと伝えた。

 電話を切った後に気づいた。

 じゃがいものお礼を言っていない。こちらの報告だけで済ませてしまった。なんて失礼な。

 今、その翌日の17時。お礼の電話をかけなければならないのだけど、母ではなくせがれが電話をしてきたら相手はどう思うだろう。心臓に悪いのではないかとか考えている時点で失礼なのだろうか。

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