浣腸魔神バブーの放浪

 昨日はくそばしらがたしゅうろうが見参。今日のタイトルは浣腸魔神バブー。おれはどこへ向かっているのか。何を失いながら生きているのか。いろいろ大丈夫か。


 11月4日、水曜日。晴れ。明日の木曜日は父が帰ってきてしまう。気が滅入る。ブタクサのせいか、一昨日あたりからやたらと鼻が出る。


 一昨日、往診の医者から渡された処方箋を朝イチで兄に持っていってもらう。母がいる以上こちらもおいそれと外出するわけにはいかないので、兄をうまくコントロールするのが介護ものとしての手腕の見せ所である。

 だが兄は普段、両親の薬を頼みに薬局に行ったり救急車に乗ったりヘルパーを迎えたりということがない。家にいないのだから当然だ。その為、一からものごとを教える必要がある。


「薬局に着いたら処方箋を元気よく叩きつけながら『おくすりください!』と言いなさい。それから母の保険証とお薬手帳は忘れないように、それぞれの手で一枚ずつ持って常にバンザイ。お箸を持つ手に持っているのが大事な保険証というものです。行くのはあの角のひだまり薬局ですよ、血溜まりではないですからね。もし分からないことがあったら『わかりません。おうちに聞いてください』と言うのですよ」


 こんな具合に丁寧に教える。実際に何も知らないので、「帰ってきたら保険証を真っ先に返しなさい」と言わないとどこかにやる恐れがある。バカにしているわけではなく、本当にそうなのだ。


 痙攣を止める座薬がなかなか手に入らないらしく、薬の仕上がりを告げる電話が鳴ったのは17時前だった。いつもここの薬局には無理をお願いしている。すみませんという思いでいっぱいである。母の食事前の慌ただしい時間だったが、急いでもらったのでこちらも急ぐ。ちょうど兄が帰ってきたので母のことを任せ、薬局へ向かった。


 家を出てすぐ、紙袋を忘れたことに気づいた。言い訳すると慌ただしかったからだ。現に薬局へ着くまでの間、仕事の電話をしながら歩いていた。忙しいおれカッケーアピールである。

 なんにせよ急いでいたので紙袋を取りに戻る気はなかった。


 今回処方されたのは体に塗るワセリン、痙攣止めと便秘用の座薬、それから浣腸。


 ……浣腸ってけっこう大きいんですね。普段意識して見たことないから知らなかったけど、レモンくらいの大きさの球体にエシャレットが生えているような、お得なギガサイズなんですね。なんかもっとかわいらしいものだとばかり思ってました。ラッキョウくらいかと……。


 なんでも、座薬を打つ時にうんこが詰まっていると効果が発揮されないらしい。座薬を打つ前はうんこをするか浣腸をする必要があるそうだ。

 しかし、てんかんの大発作が起きている時に浣腸を打ってうんこを片付け、改めて座薬を入れるほどのガッツがおれにあるのだろうか。しかも座薬は人差し指の根本までぶち込まなければならない。あまりの難易度の高さに不安を覚える。


 薬局の人から「袋はお持ちでないですね」と聞かれ、初めて自分が犯したミスに気づいた。そ、そうか、おれは今からお得なギガサイズ浣腸丸出しで帰るのか。


「ありません。ですが大丈夫です。なるべく人目につかない道で帰りますので」


 鼻声でそう伝えた。やはり何かのアレルギー反応だ。薬局へ向かう時にマスクをしたので全然アレルギーの元を防げていない。


 礼を述べ、うつむき気味に薬局を退出。なるべく人通りの少ない道を選ぶ。一旦家から遠ざかるが仕方がない。幸いなことに17時。もう暗くなってきている。早足で道を歩く。


 鼻が止まらない。けど両手がふさがっているのでどうすることもできない。マスクの中がやたらと湿っている。無理に鼻だけで呼吸するものだから、マスクがバフバフとへこんだり膨らんだりしているのを感じる。


 駅へ向かう方に帰る家はある。だがそちらは視線の向かい風が強い。人の数が多いのだ。何も怪しくないように、駅とは反対側へ歩かなければならない。

 急がなくては。早足になるにつれ鼻が出る。先程はバフバフ状態だったがもはやバブー、バブーだ。

 胸に浣腸を抱き、暗い道、細い道を通り続け、おれは黄昏時に放浪する浣腸魔神バブーとなり都市伝説を振りまきながら家路を急ぐのだった。

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