日本昔ばなし盛り
11月5日、木曜日。間もなく父が帰ってくる。大変ゆううつ。絶望と言い換えても違和感なし。
2日の月曜日から母のうんこが出ていなかった。訪問看護師に相談し、浣腸を打つことにした。正しくは打ってもらうことにした。
ケツをチェックすると、「あー、詰まってますね」状態らしい。確かにおれのケツ拭きスキルは上達した。「異世界チート介護士のケツ拭きスキル無双がパーティを追い出され魔王に詰められ全滅状態でハーレムに助けを求めてきたがゴブリンでもう遅い」状態である。
あったりまえだが自分でも何を言っているのかわかっていない。わかるようにお話しすると、「ケツは拭ける。綺麗にできる。だが中を確認する術&技術はない」のだ。
いずれ母の発作が起きた時、座薬は打てるようになっておかねばならないのだが、詰まってます状態のうんこに浣腸を突き立てる度胸がない。その為早急に練習しなければならないのだが、現状を理解しつつも今回はお願いした。ビビったのである。
正直にビビったことをお話しすると、看護師は全く意に介さない様子でこう言ってくれた。
「けど、大便の掃除をやられているだけで、すごいですよ」
「わいもそう思います。むはー」
褒められ一瞬で有頂天を極める。
「だいたいの方は、私たちが大便のお掃除を始めると席を外されますし」
理解したくなる思いもあるが、どちらかというと疑問の方が大きい。うんこ掃除の時に席を外すという精神的退却は屈辱ではないのか。「いざという時、私は逃げます」と宣伝しているようなものではないのか。訪問看護が忙しかったらどうするつもりか。
いろいろ聞きたいことはあったが、訪問看護は忙しい。迷惑にならないよう手伝いの準備をしながら宣言した。
「うんこくらいでケツをまくることはしません。私は父の血を継いでしまったようです」
「と言われますと」
「あの男、母のうんこ掃除見ながらおごそかに食事してました」
これには看護師もしばらくゲラゲラと笑っていた。この人はよく笑ってくれる。
いざ、浣腸。昨日、恥ずかしい思いをして持ち帰ってきたお得なギガサイズ浣腸が早速封印を解かれる。ぶすりといき、ぐわっという母のうめきが狭いリビングに響いた。だが今はまだ何も始まっていない。浣腸を打ってから10分ほど腹部のマッサージ。
「どうですか、出てきそうですか?」
「出てきそうな、出る。出そうな、出る出た」
少しだけ出ている。丸三日分ではない。看護師さんは人差し指を母のケツに突っ込み、うんこを掻き出し始めた。
よほど痛いのか、母が悲鳴を上げる。看護師さんが呼吸を促す。おれも呼びかけた。
「ゆっくり息を吐いてください。痛いね〜。ごめんね〜」
「お母さん、呼吸、呼吸。呼吸をしよう」
読みかけの「鬼滅の刃」の影響丸出しで呼吸に系統をつけるとすれば、これは間違いなく糞の呼吸である。刀を振ればうんこが飛び散るのであるから、鬼も一目散に逃げる無敵の呼吸だ。
「痛いね〜。もう少し……。もうやめたほうがいいかな……」
「がんばれ。呼吸、呼吸。息を吐いてー」
一区切りがついたようだ。確認すると、どんぶり一杯分くらいの山盛りのうんこがどっさりと。それはもうどっさりと。看護師さんに感謝を伝える。
「私たちは慣れてますから大丈夫ですけど、息子さんは手伝ってくださらないで良かったんですよ?」
とのことだが、いざと言う時の為にもっと慣れないといけない。本当はやり方を教わりながらやるべきだったのだが、怖気ついたのだ。
「いえ、無理なさらず、私たちを呼んでください。その為の訪問看護ですよ」
しかし今後も頻繁に便秘が起き、週に一度浣腸を打つようだとあまりよくない。あの痛がりようでは寿命が縮む恐れがある。その為、酸化マグネシウムを処方してもらい、うんこを柔らかくする作戦を採用した。
父が戻ってくるタイミングの14時に一度、さらに17時30分に一度。まだ浣腸の効果が続いているのか、しっかりと排便している。まずは一安心。
17時30分は父の夕食時でもある。わざとぶつけているわけではない。本人がこの時間でないとかんしゃくを起こすのだ。
今回も例によってうんこ掃除の横で食事を進める父を見ながら、そろそろ「老人ホーム姥捨山」に置いてこようかと本気で考えた。
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